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忘れ得ぬ夜空-根室本線・布部駅

 うらさみしい鉄路だった。根室本線の富良野・新得間81キロ余。2016年の台風で被害を受けてからは新得寄りがバスによる代行輸送に変わり、富良野から東鹿越までが盲腸線のような形で残された。それも、今年3月のダイヤ改正で廃止になった。間にあった小駅たちを、今、改めて思う。


 「僕らがこれから暮らすところは 富良野から20キロも奥へ入った麓郷という過疎の村で…」
 幼い吉岡秀隆さん演じる純がこう紹介し、とんでもない秘境を想像していたものだから、初めて訪れたときは随分あっさりしているな、と感じたっけ。富良野の市街地からまっすぐに伸びた線路の突き当たりにある布部駅は、テレビドラマ「北の国から」の第1話で主人公の黒坂一家が降り立った場所だ。富良野の隣駅で、所要時間は7分足らず。そばには、脚本・倉本聰氏の筆による木製の碑も立つ。

 その麓郷地区の開発を目的に、昭和初期に開業した。駅舎には「北の国から」撮影中の写真などが飾られ、聖地巡礼する同作のファンもしばしば見かけた。「鉄道のことは分からないけど、いい場所ですね」なんて会話を交わすこともあり、いぶし銀が並ぶ富良野〜新得の中間駅では幾寅駅と並んで「観光地」然とした駅でもあった。

 ドラマ効果を差し引いても、余りあるほどのポテンシャルがこの地にはあったとつくづく思う。鋭く浮かぶ夕張連山と、ホーム上の大銀杏。駅を出てほどなくして渡る空知川の清流。ターミナルから10分足らずで出会える車窓は、どれも目を見張るものだった。どうにか活用できなかったのか。テツ目線では、残された側線や横を向いたままの信号機たちが、強いペーソスを想起した。

 ある冬に、思い立って麓郷の民宿に泊まったことがある。夜、風呂を上がったその足で外に出てみた。見上げれば、純をして「空中全部が、降るような星」。目を凝らせばダイヤモンド・ダストが舞っている。自分の呼吸の音が気になるくらい、静かな世界だった。その景色を、2度見たことはない。

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