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目で音で 鉄道の妙を大鐵に見た

 普通列車を乗り継ぎ、新金谷駅のホームに降り立つと、ぱっと記憶がよみがえった。大井川鐵道には何度か乗ったことがある。社名の「鐵」が旧字体なのは、常用体を使うと「金を失う」と書いてしまい縁起が悪いから…と、SLの車掌さんに教えてもらったのは中学生のときだったか。およそ10年振りの訪問は、SLではなく、当時は見向きもしなかった古い客車と、電気機関車を追いかけるためだ。

 期間限定で、大井川鐵道の大井川本線に「普通客レ」が復活した。普通とは普通列車、客レとは客車列車の略。狭義の客車は、機関車に牽引されて動く、モーターのない車両のことで、近年では観光用のSL列車などでしか見かける機会はない。それを、各駅に停まる普通列車に充当する。さらに引っ張るのは旧型の電気機関車…なんとテツ心をくすぐる企画だろうか。

 大井川本線を特徴づけるのは、山間部を走る門出駅から北の線区だ。トンネルを避け、高度を上げる道路に対し、鉄路は大井川を丹念に沿う。それゆえ水害も多く、2022年には台風により土砂崩れや洗掘の被害に遭い、家山駅から千頭駅までの20キロ余の区間は現在も不通である。車社会の静岡の、過疎化激しい山奥を走る大井川鐵道は、もとより採算が厳しい。今回の普通客レも、単なるファンサービスではなく、集客による増収を狙った側面も当然あるだろう。

 とはいえ、残った金谷・家山駅の17キロも、魅力あふれる区間であることに変わりはない。途中にある神尾駅は、大井川と断崖に挟まれた沿線有数の秘境駅として知られる。何もないのが秘境駅の魅力…とはよく言うが、厳密には異なり、そこには必ず鉄道がある。レールの続く先に生活があるという事実が、我々に代えがたい安心感を与えるのだ。

 普通客レの車内ではカメラだけでなく、録音機を持ったマニアも散見した。耳をすませば、発車合図の笛の音、低く唸る機関車のモーター、がちゃがちゃと音を立てる客車の連結器…。なるほど、「客レ」は音が良い。同志にならい、私も目をつむってみる。


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