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雨に憂たえば(1)-肥薩線2024/06

 「川へいがなかや梅雨(ながし)ゃはあがらん」──。薩摩地方に伝わることわざだという。「川へい」は川で溺れた人。川で犠牲者が出なければ梅雨は明けない、という意だ。物々しいなと思いつつ、新聞か何かで読んだこの言葉を反芻しながら雨に濡れた窓ガラスを睨みつけていた。朝一番の飛行機で鹿児島空港に降り立ったにも関わらず、「雷の影響で地上係員が外に出られない」といって30分近く機内に閉じ込められた、6月下旬の朝のこと。


 空港から嘉例川駅まで行き、明治末期に建てられた木造駅舎と肥薩線を絡めて撮ろうという魂胆だった。しかし、前日に発生した線状降水帯の影響で肥薩線はおろか、県内の全路線が止まっていた。外を見やれば、空が丸ごと落ちてくるような雨。ため息が漏れる。

 日田彦山線、久大本線…。九州の鉄路はたびたび豪雨に苦しむ。肥薩線も八代・吉松間が2020年の大雨で大きな被害を受け、八代から人吉まではつい最近復旧が決定したものの、そこから南の区間は存廃議論が今も続く。今回は何も起きなければいいけど…とひどく気を揉んだ。とりあえず、動けるうちに市街地を目指すこととしよう。

 隼人駅に着く頃には雨は上がり、日も差し始めていた。駅員さんに再開予定を尋ねると「5時くらいには動くかもしれません」。幾分心が軽くなった。鹿児島本線も止まっていて、構内には10人ほどが取り残されていたが、都心部と違って窓口に詰め寄る客も、不安げに動き回る客もいない。一同、泰然と列車を待っていた。中学生くらいの男の子と駅員さんが「定期券を更新したいんですが」「本当は窓口が閉まっている時間だけど、暇だからいいですよ」なんて会話をしている。憂いることないさ、と言われた気がした。

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