見出し画像

デグロームが持つ2つの顔ー速球の投球割合をイニング別に変えることで、打者3巡目に打たれることを防ぐー

現代野球の常識「先発投手の成績は相手打線が3巡目に入ったら悪化する」

現代の野球界では統計的な分析に基づいて様々なことが明らかになっています。その1つが「先発投手の成績は相手打線が3巡目に入ったら悪化する」というものです。これはもはや現代では常識の1つになっていて、そのために先発投手の仕事量は年々減少しています。

どうして「先発投手の成績は相手打線が3巡目に入ったら悪化する」のかについては様々な要因があると思いますが、最大の要因は打者が同じ投手と1日に何度も対戦していると慣れてくるという点はその最たるものでしょう。そのため多くのチームは先発投手のボールに相手打線が慣れる前に投手を変えてしまうのです。

ここまでは当たり前ながら先発投手は1試合で1人しかいないケースを考えてきました。では先発投手が1試合で2人あるいは3人いたら?もちろん先発投手は物理的には1人です。しかしその投手が1試合の中で複数の役割を果たせば1人の身体で複数の先発投手がいるように相手を錯覚させられるのではないでしょうか?

常識を打ち破る存在J・デグローム

ここまでは完全に机上の空論にすぎませんが、驚くべきことに実際にこれをしている(ように見える)投手がいるのです。その選手とは現代MLB最高の投手であるJ・デグローム(NYM)です。デグロームは試合の序盤はクローザーのように、中盤には先発投手になり終盤には再びクローザーに戻るという変化を見せているのです。その結果デグロームは打者1巡目と対戦した時の防御率が1.86にも関わらず、2巡目と3巡目でそれぞれ0.51(!)と0.52(!)にまで下げているのです。

具体的な数字を見てみましょう。次のグラフはデグロームのイニング別の各球種の投球割合を示しています。Baseball Savantのデータに基づいているので、Fastball,Breaking,Offspeedに分かれていますが、それぞれ4シーム・スライダー・チェンジアップに対応しています。

画像1

3回までは速球の比率がいずれも60%を超えているのに対し、4回に入ると急激にその割合が減少していることが分かります。また速球が減少した代わりにスライダーとチェンジアップがそれぞれ増加しています。

そしてこの4回の各球種の投球割合が7回まで続き試合終盤の8回や9回には再び速球の割合が増えていきます。

数字を補足するとデグロームは1回から3回においては66.6%も4シームを投げています。しかし4回から6回においてはそれが48.2%にまで下がるのです。実に18ポイント以上も4シームの投球割合が異なるのです。

一方で1回から3回においてはそれぞれスライダーとチェンジアップを28.9%と4.6%しか投げていませんが、それぞれ4回から6回においては37.7%と13.4%にまで増えます。

つまりデグロームは1回から3回までは球種のほとんどが4シームとスライダーというまるで抑え投手のような投球をしているのです。しかし4回に入ると4シームを減らした先発投手バージョンのデグロームに姿を変えているのです。そして8回や9回まで投げる日には、再び抑え投手バージョンに戻るのです。

デグローム以外の投手は?

ここまでデグロームがイニングによって球種別の投球比率を大きく変えている点を説明してきました。しかし読者の方の中にはある疑問を持たれる人もいるかもしれません。それはイニングが深くなれば投球比率を変えるなんてほかの投手もやっているのではないかというものでしょう。

これは実際に正しくMLBの先発投手全体でみても1回から3回までは58.5%が速球系を投げているのに、4回から6回には53.4%に落ちて変化球の割合が増えています。また2021年のナ・リーグのサイヤング賞を争った投手たちのイニング別速球比率をグラフにしたものが以下になります。

画像2


デグローム以外の投手も4回から6回に速球の割合を減らしていることが分かります。しかしデグロームの速球割合が試合序盤と試合中盤で18ポイントも下がっているのに対し、デグローム以外の投手は10ポイント以内の下落に留まっています。

また7回から9回に速球の割合が増えているのもデグロームとウィーラー(PHI)だけです。そのウィーラーもデグロームほど急激に速球の割合が増えていません。

つまり他の投手も速球の割合を減らすこと自体には取り組んでいるのです。しかしデグロームのように急減している投手はおらず、そこが決定的な違いとなっています。

ちなみに過去3年のデグロームのイニング別速球の割合も見てみましょう。

画像3

2021年は過去2年と比較すると、1回から3回における速球割合がとても高いことが分かります。そのため4回から6回における速球割合が減少するのはいずれの年にも共通していますが、下落幅も最も大きくなっています。このためにより先発投手VerとクローザーVerの差が明確になったともいえます。

今回のまとめ

最後に今回はデグロームのイニング別の投球割合を見てきました。特に印象的だったのは
・1回から3回は抑え投手バージョンで4回から6回は先発投手バージョンになる
・7回から9回は再び抑え投手バージョンに戻る
・デグロームは速球の割合が試合の序盤と中盤で大きく異なる
というところです。

ただし注意が必要なのはこの球種ミックスの変更はデグロームの4シームが速すぎるから可能な側面があります。仮に速球の質が平均的な選手が2021年のデグロームのように65%以上もの速球を投げても、相手打線の打者1巡目であっさり打ち込まれるケースも大いに考えられます。しかしデグロームのように上質な球種をそろえた選手であれば試合中に球種ミックスをうまく変えられれば、いわゆる3巡目に打ち込まれる問題も十分に解決可能なのかもしれません。


Photo BY: All-Pro Reels