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まきやの歩き方(小説)

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趣味で書いているたわいもない小説(掌・短編、詩)です。ストックがある限り続けます。
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【短編】輪廻紬(りんねつむぎ) 最終話 紡ぎ

初  第一話 少年:山谷 虎ノ助(やまたに とらのすけ/八歳) 前  第四話 後期高年期:田中 ヨシ乃(たなか よしの/八十五歳) 「ひどいものですね」  先生は僕の織り上げた生地を手に取って、いかにも苦々しげにつぶやいた。  怒られているのでも、叱られているのでもない。呆れられているのだ。  先生の頬の筋肉が引きつったり、唇の傾きが少しだけ変わったりしただけで、僕は自分の体がびくっと反応するのを抑えられなかった。  彼女は長い間の僕の『作品』を観察していたが、つ

【短編】輪廻紬(りんねつむぎ) 第四話 後期高年期:田中 ヨシ乃(たなか よしの/八十五歳)

初  第一話 少年:山谷 虎ノ助(やまたに とらのすけ/八歳) 前  第三話 壮年:黒澤 高天(くろさわ たかま/四十八歳)  午前七時半。  その老人ホームでは、スタッフたちにより朝食が用意され、各部屋へと配られていた。  各部屋で、朝から東の陽がよくあたるその一室。入り口の扉には、『田中 ヨシ乃』という名札が挟んであった。  畳敷きの床に敷かれた布団の上で、半身を起こしながら、その老婆は腰元まで掛け布団をかけ、上半身には袖のないペーズリー柄の肩当てを羽織っていた

【短編】輪廻紬(りんねつむぎ) 第三話 壮年:黒澤 高天(くろさわ たかま/四十八歳)

初  第一話 少年:山谷 虎ノ助(やまたに とらのすけ/八歳) 前  第ニ話 青年:堺 珠緒(さかい たまお/二十ニ歳) 「そろそろ出番です。師匠、お願いします」 「はいはい、わかりましたよ」  楽屋の鏡の前で正座していた私は、呼びに来た前座の者に言葉を返した。  白足袋を履いた爪先を伸ばして立ち上がると、膝の上を掌でパンと叩いた。二ツ目になった頃からの、癖になっていた動作だった。  纏うことを許された着物の襟を引っ張り、姿勢を正した。真打ちになって、これが最初の

【短編】輪廻紬(りんねつむぎ) 第ニ話 青年:堺 珠緒(さかい たまお/二十ニ歳)

前  第一話 少年:山谷 虎ノ助(やまたに とらのすけ/八歳)  私は自分で自分の運命を決めた。  だからこうして女ひとりで異国の地に立っているのも、全然偶然とかじゃない。  青年海外協力隊(JICA)には、自らの意志で志願した。派遣先はどこでも良かったけれど、ミャンマーはどうだと言われて、それを快諾した。  ニ年前、成人してすぐに仕事に就いた。いろんな決まりやワダカマリが積み重なって、結局半年も経たないうちに、すぐに職場を去ることになった。  それも自分の意志が招

【短編】輪廻紬(りんねつむぎ) 第一話 少年:山谷 虎ノ助(やまたに とらのすけ/八歳)

交わらない4つの人生。それぞれが懸命に生き、その時を迎えようとする中で、美しい紬(つむぎ)が模様を成していく――。これは人の世を編む物語。 これから始まる4つの人生がどう交わっていくのか? 想像できないラストがあります。不思議な読後感の物語です。  僕はずっと『本の虫』と言われてきた。  学校にも近所にも、友達は全然いない。できたとしても、すぐに喋らなくなっちゃう。  でもそれで、嫌な気持ちになってしまったり、後悔したことなんて、ほとんどないって言い切れる。  学校

「イロガミ」に引き続き

短編「花火」にもファンアートを描いて頂きました。こんな幸運に恵まれるとは思いもよらず、記事を読んではニヘラニヘラしています。 https://note.mu/whoyouknow/n/nce172b90b913

扉絵が降ってきた

私の書いた小説「イロガミ」。もう執筆から半年以上経つのですが、なんとファンアートと紹介記事を頂きました!https://note.mu/whoyouknow/n/nf3f7101ea746 扉絵の素敵さに悶えております。

【短編】スケール 第6話 サイズ

 彼女は何かを迷っているらしく言いあぐねていたが、やがて背を伸ばし潮風の匂いを思い切り吸い込んだ。「ふぅ! 気持ちいい。あのね、先生は生真面目過ぎるんです。これまで測ることも研究も、真摯にやってきました。それは素敵な事なんですけれどね。しかもそれで人生が上手く回っていましたし」 「そうでしょうか。小さい頃はだいぶ周りの子に苛められましたよ?」 「ふふ、それは子供の頃の思い出でしょう? 今となっては些細なことです」 「そんな……当時は気にし過ぎないよう思いこませていました

【短編】スケール 第5話 流木の上で

「え?」 「私、海が見たいんです」  振り返ると、ミーはもう目の前に立っていた。僕の方に手を伸ばし、積み上げた本が倒れるのも気にせず、強引に僕の体を家の外へと引っ張っていく。  部屋から波の音が聞こえるぐらいだから、自宅から海へ出るまではそう遠くなかった。  すぐに僕とミーが靴で踏む地面が、草の生えた土から砂に変わった。やがて僕たちは人の体ほどの流木が何本も転がっている、大西洋のいち海岸線にたどり着いていた。  人は誰もいない。そして時間は夕暮れ時。今日も海の果てに

【短編】スケール 第4話 失職

「顔色が真っ青です。こちらでお休みになって下さい」ミーは動けなくなった僕の腕を肩で支え、ソファまで歩くのを手伝ってくれた。  硬直から開放されたばかりで、体の節々が痛む。立とうとしたが力を入れられず、僕はがっくりと肩を落とした。あの姿勢のまま固まっていのは腕や足だけでなく、精神もだった。夜中眠らなかったせいで、目玉がひりひりと痛んだ。 「助かりました。ありがとう、ミー」僕は目頭を強く押さえて言った。 「確か持病をお持ちではありませんよね? お仕事のし過ぎなんじゃないです

【短編】スケール 第3話 変化の訪れ

 それが15年前になる。もう研究室で勤務していた時間よりも、自宅で仕事を続ける方が長くなっていた。  30歳を超えたミーは、まだ助手として僕のもとで働き続けていた。彼女は自分の都合で休むことは殆どなく、献身的に仕事をこなしてくれた。あまりに働くので、いつ上司に僕のことについて書き連ねたレポートを提出しているのか、未だに分からなかった。 「ミー、君はいつまで助手を続けるつもりなんですか」  仕事中、この話題が気になって質問したことは一度や二度ではなかった。 「さあ、特に

【短編】スケール 第2話 昇進の条件

 大人になった僕は、信念と性格を生かした職業についた。物理学者というやつだ。専門はソフトマター物理学といい、基本的な物理学が少し散歩した所にできた窪地みたいな分野の研究者になった。  両親は僕の選択を歓迎してくれた――他の職業には向いていないからという理由だったとしても、僕にはそれが嬉しかった。  30歳を過ぎた頃、研究所で徹夜して書いたちょっとしたレポートが、組織の上の方で高く評価されたと耳にした。  背景はわからないのだけれどその結果、僕の給料がいきなり2倍近くにな

【短編】スケール 第1話 測り屋

いちばん最近に書いた短編です。物を測る癖を持つ少年レイリーの物語。 「レイリーのお目々には、きっと小さな目盛りが付いているのね」  祖母の言葉を借りると、そうなるらしい。それぐらい僕は小さい頃から、何でも目に見える物を測ってきた。  かなり変わった趣味嗜好だと周囲に思われているのは、重々承知している。ただ自我が芽生えてから今日まで、一貫してやってきた行為だというのは理解して欲しい。その上でやっぱり変だと言われるのなら、もうその人と交わす言葉はない。  周りの子どもたち

【掌編】匂い

君の仕掛けるゲームに、僕はいつも敗けるしかない。 「あなたは匂いがしない人ね」 はじまった 先週とは違うことを 君はまた言う 空気みたいな人ねと 僕を惑わせたばかりなのに どっちつかずの独白 答えはいつもくれなくて 意識はもうテレビの奥 良いも悪いも 僕しだい 君しだい わかってるのに僕は抗えない 僕から君が 君から僕が 見えないところまで歩いていって 僕は僕の匂いを確かめる ほくそ笑む君を想いながら