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0522 将来を言語化してみた


最近ものすごく悩んでました。

「このままでいいのか。」


映像クリエイターとして独立して約1年半年。
短くも色んな経験させてもらった。
でも、業界でいうとまだ産毛生えたレベルのもんよね。

もっと大きな現場もあるやろうし、一人でできることの限界も感じた。さらなるレベルに到達するにはとてつもない努力と勉強も必要やなぁって。

要するに、この業界では飛び抜けて活躍することはできやんなと思った。
すごい人なんて見渡せば星の数ほどいてるし、新世代もどんどん出てくる中、広告として映像を作る上では自分に勝ち目ないと思った。

いま、和歌山では自己ブランディングとかもあって、まだ優位な立ち位置にはいてるつもりやけど、そんなもん10年先も空いてるイスじゃないしね。
絶えず変化していく中で、どう適応してその一歩先をいけるか考え続けなあかん。


まあ本当に、自分の限界が早くも見えたって感じ。


でもその反面、
俺にしか出来へんことってなんやろ?
勝ち続けられる自分の強みを活かす場所はなんやろ?

って考え続けた。

そしてようやく見つけて、それを言語化することができるようになりました。


「想い出や体験としての記憶を保存する」

やっぱり俺はこれに尽きるなーと思った。
結局、カメラの価値と始めたきっかけもここが原点ってことを忘れかけてた。

これからは広告としての映像じゃなく、一個人が重宝するための映像が伸びてくると思ってます。
ただこれはデータ的な根拠とかはないんやけど、単純に俺の独自偏見の考えかも。

でも、同じような考えの人をずーーっと探しててようやく見つけた。
その人はより言語化できてて、その言葉をお借りすると、


よりパーソナライズされていく広告映像は、映像美や構成・予算感とかではなく、視認性。
一目でわかるテロップの出し方や、認知力のあるインフルエンサーたちによる宣伝などがスマホの画面では伝わりやすい。
膨大な予算をかけて作る映像たちはもはや自己満の世界になり、CGやVFXの発達によりますます差別化が難しくなる。

一部抜粋やけど、今業界のトップに君臨してる人たちはどんどん食べれなくなってきている。

じゃあどんな映像が良いの??

そう、俺がやりたい「想い」が詰まってる映像なんです。


①広告映像
・テレビCM
・WEB広告
・SNS広告
など

②想いの映像
・ウエディング前撮り
・七五三
・イベント映像
・ドキュメンタリー
など


俺は②のジャンルの中で、もっと日常にフォーカスしたものを作っていきたい!
それは「家族」です。


母親1人に育てられた男3兄弟の長男の最近の悩みは、「もっと家族同士仲良くしたらよかったなぁ」など。
仲悪いわけじゃないけど、そんなに会話するわけでもなく。

彼女と同棲するようになって、改めてあの日常が懐かしくもあり、永遠に記憶に閉じ込めておきたいなーって思ったのがきっかけの一つ。

もう一つは、親にありがとう!とか感謝の気持ちを伝えるのって、歳と比例して伝えたい気持ちも強まり、恥ずかしさも増す気がする。

それを動画を通して伝えることが目的で、それがきっかけで全ての家族関係が良くなればいいなぁとか思ったり。


そんなこんなでやっていきたい本当の映像と、届けるべき価値が明確になりました。

これからはどんなものをどうやって届けるのかを熟考して、今やってる大きな仕事が終わり次第全力で取り組みたいと思います。


日々更新される気持ちを整理するためにも、このnoteを活用していきます。

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