砂の下の世界 2
いつもと違う様子に、嫌な予感を覚えた私は、恐る恐る、木戸の外から家の中を伺った。
気づけば辺りはすっかり暗くなっている。
その時家の中から、怒鳴るような、罵るような声が聞こえた。
ガチャーン
何かが割れる音
小さい子供のすすり泣くような声が聞こえる。
妹の声だ
私はしばらくその場を動けないでいた。
心臓がバクバクしていた。
家の中からの激しい声は、長く続いた。
そんな中、二人の女の子、私と姉が、
静かに玄関のドアを開けて出てくるのが見えた。
私はそのあとをつけた。
行き先は知っていたけれど、黙って付いて行った。
二人は四〜五十分くらい夜道を歩いて海まで行った。
二人は泣いていた。
声をかけたかった。
胸がさり裂けそうだった。
このときのふたりは、絶望の中にいたのだ。
真っ黒い、墨のような海に飲み込まれそうな二人に、近寄ろうとした時、足元の砂が目に入った。
あっと思ったら、私は元の砂場の跡地にいた。
脳裏には、あのブラックホールのような海が焼き付いていた。
歯車が狂い出したのは、あの頃からだった…
私は砂場の跡地に背を向けて、振り返ることなく立ち去った。
その後私は、ずいぶん長い間、その砂場の跡地に行くことはなかった。
行くのが怖かった。
ところが何年か経ったある時、ふと思い出し、砂場の跡地に来た。
横にはスコップが投げ出されている。
あれからどうなったのか‥
私は無意識に掘り出した。
サクッ サクッ サクッ サクッ
ポカッと開いた先には、きれいな水と、数は少ないようだけど、元気に泳ぐ魚たち。
よかった。
魚たちは生きていた。
私は目が滲んでその魚たちをよく見ることができなかった。
そのまま水辺に落ちて行った私が、魚たちを眺めながら歩いていると
「ねえねえ、お母さん」
それは小さな男の子…息子でした。
息子はバケツに、泳いでいる魚をすくって
「この魚、なんて魚なの?」
とあどけない顔で私を見上げた。
慌てて目を擦り、
「タナゴだね」
と答えた。
よく見ると、そこにいるのは、私と子供たちが昔採った魚たちや、サワガニだった。
この魚たちもちゃんと生きていた。
すると反対側から
「ねえねえ、お母さん、見て見て!」
幼い娘が指をさした先は、クヌギ林。
「カブトムシやクワガタがいっぱいいるよ!」
子供たちと一緒にたくさん採ったり、育てたりしたカブトムシやクワガタ。
虫かごの中で生まれた蝶たちも、元気に飛び回っていた。
ねえねえお母さん…
子供たちに手を引かれて進んだ先は、昔住んでいた団地だった。
かすかに波の音が聞こえる。
団地内の公園に来ると、
「ねえねえお母さん。
ずっとぶら下がっていられるよ!
娘が大好きだったうんていに、ブラブラぶら下がっている。
「ねえねえ、お母さん。
大きな山作ったから、トンネル掘ろうよ!」
振り返ると、砂場で微笑む息子。
あっと思ったら、私は、砂場の跡地に戻っていた。
その後私は、砂場の跡地にはいっていない。
そこにいかなくても、目を瞑ると、
子供たちのあどけない笑顔と共に
ねえねえお母さん
ねえねえお母さん
という声が聞こえて来るから。
昔実家の横を流れていた小川は、今は道路の下。
魚をたくさん採った川は、水が濁り、水草もほとんどなく、真っ黒い大量の鯉がいるだけ。
でも、砂場の下では、今でもきっと美しい澄んだ水の中を、たくさんの魚たちがすいすい泳いでいるだろう。
私がもっともっと歳をとって、
天に召される頃になったら、
又その美しい煌めく水の中を泳ぐさかなたちに会いにくるような気がしています。
終わり