ありがとうと言われたい女の子
ありがとうは魔法の言葉だ。
これはその魔法に取り付かれた、一人の女性のお話です。
彼女の家庭は夫婦喧嘩が耐えない家庭だった。
そんな時でも、彼女が手伝いや弟の面倒を見たりした時は、両親は笑顔で、「ありがとう」と言ってくれた。
彼女は「ありがとう」は、人も自分も笑顔にできる、最高の魔法の言葉だと思った。
彼女はそれから
両親や周りの人が喜ぶようなことをしようと、いつも何かできることを探している子になった。
学校に行くようになっても、彼女は常に周りに気を配り、ありがとうと言われることなら、なんでもした。
人がやりたいということは、すぐに人に譲ってしまい、宿題の答えも、わからない問題も、誰にでも教えてあげた。
年齢が上がってくると、そんな彼女を利用する悪い友達も現れるようになった。
嫌な仕事を彼女に押し付けて、ありがとうと言って彼女を喜ばせたり、彼女の持ち物を欲しがったりした。
彼女は、知らないうちに無理をするようになり、体調壊がちになった。
心配した友達が彼女に言った。
あなたは人を喜ばせるだけじゃなくて、自分がやりたい事はないの?
彼女は考えてみたが、頭に浮かぶのは、
誰かを喜ばせること。
誰かにありがとう、と言ってもらえること
しか思い浮かばなかった。
そんな彼女に周りの大人や友達は自分の夢や目標を持て、と言った。
彼女はいくら考えても、その答えが見つからず、途方に暮れてしまった。
じゃあ好きな事はないの?
好きなこと…
それさえも、彼女は自分で頭に思い浮かべる事ができなかった。
彼女はもう、ありがとうと言われることだけが、幸せで、生き甲斐になってしまっていたのだ。
また、大きくなるに連れて、色々なシチュエーションで
「ありがとう」ではなく「すみません」
と言われることが多くなった。
落としたゴミを拾って走って行って届けても、
お年寄りに席を譲っても、
彼らはありがとう、ではなくすみません、と言った。
どうして謝るんだろう。
彼らは何も悪い事はしてないのに。
私だって責めてるわけじゃないのに。
彼女は訳がわからなくなった。
彼女はある日、大好きな祖母のもとに行って相談した。
私はどうしたらいいかわからない。
私はただ単に人にありがとうって言ってもらう事が幸せでやっているだけなのに、どうしてそれじゃいけないの?
祖母は言った。
人を喜ばせる事は素晴らしいことよ。
でも人を喜ばせるために無理をしたり我慢したりばかりしていたらダメ。
それに何でもかんでも、やってあげるのがいいってわけでもないのよ。
無理に、何か探すのではなく、気がついたときに、その人に必要だと思った手助けをすればいいと思うの。
ただ、自分が楽しんでやるんだったら、それは人にあれこれ言われることじゃないとも思うわ。
とにかく、自分を大事にすることも忘れちゃいけない。
自分を犠牲にして何かしてもらっても、申し訳ない気持ちで、やってもらった人も心の底からありがとうって気持ちになれないでしょう?
それから、自分も時にはありがとうと言う側の人間になることも必要なんじゃないかしら。
だってあなたは、ありがとうって言われたら嬉しいでしょう?
きっと周りのみんなもそうだと思うのよ。
ありがとうを言ったり言われたりしながら、人間関係はできているんだと思う。
それさえ間違わなければ、あなたはやりたいようにやればいいわ。
それから、やりたいこととか、夢なんて、人に言われて無理に見つけようと思っても、見つかるものじゃない。
いろんなことを学び、体験するうちにやりたいことが見つかるものよ。
あなたが人を喜ばせたいなら、喜ばせるときにどんなことをしたか考えてみたらいいんじゃないかしら。
そうしているうちに、やりたいことが見つかるかもしれないわよ。
人を喜ばせたいなら、人を喜ばせる仕事につけばいいんだから。
あなたは、あなたのままでいればいいのよ。
周りの人は、いろんなことを言っても、おばあちゃんはあなたの味方だからね。
彼女は、祖母ににとびきりの笑顔で
ありがとう
と、言った。
祖母は嬉しそうに微笑んだ。
♯シロクマ文芸部
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