文舵 練習問題① 文はうきうきと

以下引用箇所は全て「文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室(著:アーシュラ・K・ル=グウィン 訳:大久保ゆう 2021年)」本文からです。


問1:一段落~一ページで、声に出して読むための語り<ナラティヴ>の文を書いてみよう。

P31-32

 地面を歩くのは好きだ。歩くためのアスファルトより歩けるだけの土が良い。公園なら遊歩道より芝生、いや木の根のでこぼこ道、神社ならコンクリートの参道より玉砂利を踏んで歩きたい。ザッザッ、ギャリッギャリッ、靴だけじゃなくて地面が鳴る。足跡が目に見えて残る。いびつな接地面で崩れる体勢を構わずに歩き続けて、身体の姿勢制御機能を呼び起こす。普段使わない錆びついた神経にパチパチと電気が通るイメージ。
 小・中の通学路は考え付く限りの回り道をしてきた。未舗装の駐車場、フェンスで囲われた竹山、あの家の裏、この家の脇。飛べる小川は角度を変えて何度も飛んだ。近所はあらかた踏み固めた──踏破した、という言葉もあるらしい──ので、高校は少し離れた市立校を選んだ。電車も嫌いではない。私の意思とは無関係に、ゆら、ゴウッ、グワッと揺れるのが良い。


問2:一段落くらいで、動きのある出来事をひとつ、もしくは強烈な感情(喜び・恐れ・悲しみなど)を抱いている人物をひとり描写してみよう。

P33

 ステージの彼女を見る。空間が要請する振る舞いは同調圧力に違いなく、そう認識してなお抗う気は起こらない。ライブという空間を構成する一装置と化した心に抵抗はない。可逆、会場を塗り潰す光と音のリズムに従順でいることが、この空間に立って在る条件でもある。僕は空気の渦に飲み込まれながら、渦の奔流に溶けている。
 歌声に合わせて唇を動かす。声は出さず、ただ形をなぞる。聞き慣れた歌詞は次の一息にも淀まない。振り付けに合わせて腕を振る。足を踏み換える。身体を揺らす。本物には遙かに及ばない不格好な動きで、そうあるために彼女を見上げる。そうして、薄闇に蠢く二〇〇人の一人になる。とても均一とは呼べない動きはしかし一つのビートが生み出したモノで、前後左右の同類がどうしていようと構わない無関心は、手足の範囲を捉える無意識に似ていた。一個の有機体と化した空間。
 気付けば、僕はその光景を、舞台の上の彼女の目から見ていた。


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