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ブートストラップバイブレーション

ボイスドラマ企画に応募した↑を一部書き直したやつです

M1

(ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。

「お線香みたいだね」
「そんな良いものじゃないと思いますよ。クソみたいな青空、見向きもされない屋上、ゴミ同然のタバコです」

 『灰になっていく』
 『安い火にタバコを当てる』
 『ライターをカチる』

「これがサンプリング」
「はあ、なるほど」
「その通り! このマイクから! このサンプラーに! 録った音は全て私の思い通りというわけ。ピッチも順番もタイミングも、実物なしで出し放題。火、付け放題の燃やし放題」
「そういうものだということは知っています。実際に見るのは初めてですけど」
「付け放題、燃やし放題。あっ、でもそうか、消える音はないのか。燃え尽きる瞬間も録らないと。一本ってどのくらいで終わるの?」
「計ったことはないので分かりませんが、放っといて四、五分ぐらいですね」
「それは長い。気付いたら消えてそう。でも燃えてて臭いうちは近付きたくないから、ギリギリを見極めないと」
「そうですね」
「風強いけど消えない?」
「昨日は大丈夫でした」

 『安い火にタバコを当てる』

「これの逆再生で行けないかな。厳しいか。どっちにしろ使い方がまだ分かってないんだけど」
「何を目指して行ける行けない言っているんですか?」

 『灰になっていく』

「これ結構消えた音っぽくない? どう思う?」
「知らねえです。この音何に使うんですか? 脅迫とか、学校に通報するとか?」
「えっ、困るよ。お昼我慢してようやく買ったのに、没収されちゃうじゃん」
「あんたが私をチクるんですよ。そんなおもちゃを持ち込むのと放課後の屋上でタバコふかすのは意味が違うでしょ。こっちは没収じゃ済みませんよ」
「確かに」
「確かにじゃなくて。こっちは校則どころか法律を破ってるんですよ。ダサいこと言わせないでください」
「うん。でも音だけじゃ証拠にならないし。何の音か知らないまま聞いたって、何のこっちゃ分からないし」
「それはそうでしょうけど、上級生が新入生をチクれば教師はチェックするじゃないですか」
「無理だね。初対面で名前も知らないから」
「……教師に言われて現場を押さえに来た、とかじゃないんですか」
「何それ。かっこよ」
「……録音は証拠のためで」
「だから、それならせめて映像でやるしょ。盗撮とか」
「……そういう感じですか。なるほど。分かりました」
「はい、じゃあ、お名前をお願いします」
「見逃してくれる流れだったじゃないですか」
「録りまーす、どうぞ」
「小熊静歌です」
「──はい。ちょっと待ってね」

 『オグマ・シヅカです』

「オッケー。偽名?」
「普通に本名ですが」
「マジか。破滅型だね」
「音だけじゃ証拠になりませんから」
「ふーん」

 『灰になっていく』

「でも吸い殻は残るよ。これは証拠になるかも」
「何のことですか? 吸ってませんから吸い殻にはなりませんよね。殻も燃やしきればただの灰です。風に乗って、あとは透明になる」
「常習殺人犯みたいなオリジナルロジックだ。怖くなってきた」
「常習は言い過ぎです。昨日始めたことなのでまだ二本目ですし。箱にあと七本もある。ところで先輩のお名前は?」
「この流れで聞かれると普通に怖い」
「ちゃんと録って下さいね」
「はい。三好一です」

 『ミヨシ・ヒイです』

「よく普通に名乗りましたね」
「まあ、フェアプレーの精神?」
「体育会系ですか。嫌う理由がどんどん増えます」
「理不尽。でも部活は入ってないからセーフ」
「あー」
「何のアー?」
「いや、お顔の輪郭などを見れば分かるなって」
「表現が悪化した」

(地の底で怪物が唸るような音)

 『地の底で怪物が唸るような音』

「えっ、お腹空いてる? さすが一年、まだまだ成長期だね」
「手間の掛かった嘘。鳴ったのは先輩のお腹です」
「普段はすぐ帰って適当に食べるんだけどね。今日はほら、絡まれちゃったから」
「あんたがいつの間にか付いてきてたんですよ。覚えてませんか」
「変な子が屋上に上がって行くのを見てたら、閉まってるはずの扉を開けたから、つい」
「誰もいないと思ったんですよ。私が不用心だったんですかね」
「まあまあ、そう自分を責めずに。ああ、そんなに落ち込まないで」
「誰か別の人が見えてるんですか?」

(鞄を開く)

「お弁当を差し上げます。口止め料として」

(地の底で怪物が唸るような音)

「神? でも悪いよ」

 『地の底で怪物が唸るような音』

「そのリピートはおかしい。私はお昼に食べましたから、遠慮せずにどうぞ。親が二人分作るんです。上手く処理できないみたいで」
「複雑な事情がありそう! ありがとういただきます」
「はい。捨てるのも不快ですが食べきれないので、こちらも助かります」
「んー、人の家の味」
「世間って、思ったこと全部言わない方が良いらしいですよ」


M2

(塩気で軋んだドアが開く)

「口止め料もらいに来たよ! あっあっ、もう燃してる! なんで待てないの!」
「昨日録ったから良いじゃないですか」
「それもそうか」

 『地の底で怪物が唸るような音』

「ボタン押して催促するヤツがありますか」
「そんな都合良く鳴らないし。でもほら、心は込もってるから」
「その態度のどこに?」

(鞄を開く)

「というか今日も来るなんて聞いてませんよ。今日もいるとは言ってもないです」
「でもあと七本あるって言ってたでしょ。それに実際、お弁当は残しておいてくれたんだもんね。この子ったら優しく育って、まあ」
「弁当はどっちにしろ処分に困ってるんですよ。全方位を都合良く解釈するんじゃない」

 『チャイム』
 『椅子を引く』『椅子を引く』『椅子を引く』『机が揺れる』『戸を開く』

「よし、昼休みの気分になってきた。いただきまーす」
「え、怖い。何かの儀式ですか? 自己催眠?」
「シヅカちゃんお弁当は? 授業中に食べたの?」
「お昼にいただきましたよ。私の現実ではもう放課後なので」
「おー、相対性理論だね」
「誰も光速に近付いちゃいませんよ」
「校則から遠ざかってるもんね! うまい!」
「黙れ」

 『「はい」』

「今の私の声じゃないですか。いつの間に録ったんだ」

 『「私が不用心だったんですかね」』

「ムカつく上に空しくなるので自分で喋って下さい。あと質問に答えろ」
「実はマイクがもう一本ありまして、そっちは昨日もずっと回してました」
「盗聴じゃねえか。盗撮は否定しておいてこれですか」
「そんなにタイミングよく録れないから……」

 『「ごめん」』

「こっちは私の声。頭を下げて家で録りました」
「絶対にその口から聞きたかった」

 『「ハイ」』
 『「ワタシガブヨウジンダッタンデスカネ」』

「これはハイピッチ」
「ここまでコケにされることあるんだ」


M3

(ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。

 『金属同士が細かく何度もぶつかる音』

「ビビった。なんの音ですかそれ」
「んー? 火災報知器だね」
「鳴らしたんですか? このために? クソバカじゃないですか」
「やらないよ、シヅカちゃんじゃないんだから。目覚まし時計の音を録って、ちょちょっとイジって作りました。本物だと思ったでしょ? 私は天才なのかも知れない」
「はあ、そういう遊び方もあるんですか。誰がクソバカだ?」
「胸に手を当てて考えて欲しい」
「なんで買ったんですか、そのおもちゃ」
「お、聞いちゃう? ついに聞いちゃう? うんうん、気になってたよね」
「基本うざいなこの人」
「いやまあ、なんでって言うほどのことはないんだけどね。卒業する前に残しておこうと思って。女子高生を取り巻く、日常の環境音を」
「ニッチな素材。でも売れそうですね」
「販売の予定はない。私ね、学校楽しいの。毎日。友だちも少しはいるし、それとは別に見てて面白い連中もいるし。でも人間って、何でも忘れるでしょ。どんなに楽しい放課後も、綺麗に決まったロングシュートも、次の瞬間から、むしろその瞬間にもどんどん薄れていく。それは人間の生理として仕方のないことだし、それで思い出の価値が下がる訳でもないんだけど、やっぱり消えちゃうのは嫌だなって思ったの。だから、録音」

 『オグマ・シヅカです』
 『ミヨシ・ヒイです』

「たとえばこれを聞いたら、初めて会った日のことを思い出すでしょ」
「一昨日なので忘れる方が難しいですが」
「今日はね。でも一年後、十年後、百年後は? 難しいはずの忘れることが、いつかは絶対に起こるんだよ。だから。消える記憶は制御できないけど、身体の外に取っ掛かりがあれば、あとからでも思い出せる──かもしれない」
「ロマンチックですね」
「そうかな。むしろリアリスティックのつもりだけど。脳みそに期待しないって言って、裏から操ろうとしてるわけだから」
「でもそれならマイクとスマホだけで良いですよね。サンプラーっていうと、ちょっと調べただけですけど、作曲なんかに使うみたいですが」
「今日は詰めてくるじゃん。ま、でもそう。ここだけの話、興味はあるよ」
「そういう学校に行くとか?」
「その辺りが難しい話、気軽には周りに言えない話になるわけですな。面白そうって思ったのもつい最近で、準備も何もしてないし。とはいえ他にやりたい勉強もないし。でも歩く不祥事と絡んでるし」
「なるほど。素材にするなら火災報知器も生音が良いと」
「一理ある。共謀者になっちゃうのでやめて欲しい」
「校舎内の聞きにくい音だと、あとは……スプリンクラーとか、あ、窓も割りたいですよね。聞いてみたい。きっと需要があります」
「学生生活最後の一年が」


M4

(ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。

 『金属同士が細かく何度もぶつかる音』

「こう聞くとやっぱり実物は違うね」

 『枝分かれした水流が上から下に落ちる音』
 『薄く硬質な静物が質量の衝突を受け、割れる』

「もう来ないと思っていました」
「人間関係はそう甘くないということだよ小熊クン。無事を確かめないとこっちの気が済まなかった、というのもあるけど。パトカー来てたし、いよいよしょっぴかれたかって。余罪も出まくりかなって」
「そういうヘマはしません。どう見てもセンサーの誤作動ですし、仮に調べられても外部からの悪戯的な攻撃──に見えるようにしてあります」
「だから君は悪くないとでも? 迷惑する人は居るでしょ」
「大人のことはどうでも良いです。命を預かってる癖に、古いシステムを放置している方が悪い」
「減らず口は可愛くない。あと大人だけじゃなくて生徒も水を被ってるからね。私も」
「くたくたのジャージ、意外と似合ってますよ。自宅って感じです」
「あんたもじゃ」
「もし、仮に、万が一、何かの手違いで私が睨まれたとしても、先輩にご迷惑が掛かることはありません。クラスで浮いている一人が勝手にやった、なんてありがちな話になりますから」
「そのときは黙って見送れって? 私の良心はどうなるのよ」
「んー、なるほど。そこは計画から漏れていました」
「バーカ。無計画社会不適合一直線女」
「まあでも、捕まりませんから。大丈夫です」
「クソバカ。もう来ないと思ってたなら、どうして今日はタバコを燃やしてなかったの?」
「それも言われてみればという観点です。先輩を見るまで火を付けることも忘れていました。責任は感じていましたが、こんなことが償いになると思うほどズレてはいません。本当にただ、思い付かなかっただけです」
「責任は感じていましたが?」
「人力サンプリングやめてください。自問自答はこっちのテンポでやります」
「いいから」
「押しが雑だな」
「責任は感じていましたが。いましたが? どうして?」
「それは、まあ、当然じゃないですか。窓の音は別の機会で考えていたのに、三年の誰かが驚いて割ったと聞きましたから」

 『薄く硬質な静物が質量の衝突を受け、割れる』

「しかもそれがまさかの私っていうね。見てこの吊ってる腕。どう思った?」
「やっぱりな、と。そんな気はしていました」
「驚け!」
「ここで怒鳴るんですか。救急車は来なかったから大した怪我じゃないはずとか、肘で割るなんて冷静だなとか、よくビックリしたで通ったなとか、色々考えてたんですよ。リアクションを取る余力がなかったんです」
「せめて君の先輩が窓を割った理由を考えていて欲しかった」
「それは分かりますよ。生音の緊張感は確かに格別ですからね」
「やっぱり突き出そうかな。この自供は証拠になるし」
「良いですよ。私は先輩を売りません」
「その態度がムカつくって話ね」

(手間取りながら包帯を解く)

「読みの正しさは認めるよ。破片が二の腕を掠めただけだから、大げさに吊るような怪我じゃない。我ながら上手くできた。保健室では、そっとしておかないと跡になるかもって言われたけど」
「それが脅しに──私の弱みになると? ちょっと自信過剰じゃないですか」
「傷つくことを言うね。誰かのおかげでもう傷ついているというのに。生涯残ってしまう傷が」

(テープとガーゼを一気に剥がす)

「いっ痛」
「分かりました。ごめんなさい」
「見てこれ。開閉する。グロ」
「やめなさい。イカれてんのか」
「グロいの苦手?」
「好きな方がイカレてますよ。平気な奴もバカです」

(ガーゼを押し当て、テープを貼り直す)
(スムーズに包帯を巻き直す)

「私にどうしろと。自首すれば良いですか」
「バレないんでしょ。じゃあそういうのはいいよ。罰は私が与えます。差し当たっては、ご飯を食べさせて貰おうかな」
「なんで利き腕でやったんですか」
「だから利き腕でやったのかも」


M5-M6

(ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。

「何か面白い音は録れましたか」
「火災報知器とスプリンクラーの中で窓を割るより? そう簡単には集まらないって。腕もこうだし。この辺くらいかな」

 『厚みのあるプラスチックが衝突、飛散する』

「暴力ということしか分からない」
「隣の子がタブレットを叩き割った音だね」
「クラスの治安終わってるんですか?」
「三年だからねえ。さすがにそろそろ私から聞いて良いと思うから、もし気が乗らなかったら答えてくれなくても良いことを、一旦聞くんだけどさ」
「タバコですか。雨乞いです」
「あっさり。私の入念な予防線は一体」
「確かにグダグダ話されていましたね。それに比べて私の方は、先輩の意図を読み切った鮮やかな回答でした。──雨乞いです」
「自力で繰り返さなくていいから。自信が凄いな」
「共感呪術って聞いたことありますか? 古代から世界中で見られる行為なので、直接は知らなくてもピンと来るかも知れません。呪術という言葉は概ね、人為的に制御できないつまり神の領域にある自然現象なんかを人間の手で引き起こす超自然行為を指しますよね。共感呪術はその類型の一つとして呼称されているものです。もちろん例は多岐に渡りますが、分類の特徴は望まれる現象を儀式そのものが模倣することにあります。雨乞いで言えば、たとえば水に浸した木の枝を高く掲げながら振ることで──」
「うおー、なんか講義が始まっている。早過ぎて手厚すぎる。先輩全然追いついてない」
「──そうですよね。私の言うことなんて、信じられるわけがない。全部忘れて下さい」
「ウソウソ、共感の雨。オーケー。完全に理解しています」
「ですよね。日常においては神の司る領域である降雨という現象を、人間の手で再現することで、あたかも制御しているような構造を作る──解釈は様々に考えられますが、これが共感呪術の一面とされています。農業や牧畜、人の営みに直結する雨乞いは世界各地で特に多くの手法が観測されていて、その類例の一つが雲を再現することです。つまり何かを燃やして──」
「煙を立てる。そのためのタバコ」
「良い理解です」
「やったー」
「理屈で言えば焚き火でも熾す方が煙も盛大に出るわけですが、それでは当然目を引きますから、少なくとも学校では難しい。そこまでは目立たず、個人が持ち込めるもので、さらに行動に非日常性があれば呪術としてなお良い。その答え、というわけです」
「折り返し地点までは納得した、と思いたい。これがオマジナイというのは飲み込もう。手掛かりもない状態よりは過ごしやすいよ。この学校が特別雨が少ないなんて印象もないけれど、それも一旦置こう。シヅカちゃんは雨を呼んでいる、オーケー。で、その目的は?」

 立ち上がり歩く。(ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。

「さて」
「いやいやいや、今のは?」
「追い雨乞いです」
「追い雨乞い! そういうのもあるんだ。一日一本じゃないの?」
「なんですかそのルール、知らない。話の腰を折らないで」
「厳しい」
「目的でしたよね。どのぐらい降ると思いますか?」
「好奇心からの犯行」
「あ、すみません。そういうことではなくて、話の流れとしての質問です。仮に雨乞いが成立したとして、どの程度の範囲に、どの程度の降雨量があると先輩は考えますか」
「ええー、実例を知らないからなんとも言えないけど……。因果関係とさっきのロジックを前提に認めるなら、現象を制御下に置いた人次第だよね。コントロールできるなら。つまり雨は、望まれる場所に望まれる量が降る」
「先輩の理性を変な話に付き合わせるの、楽しいですよ」
「変という自覚はあるんだ。久しぶりの安心材料」
「私が望むのはすごい雨です。めっちゃすごい雨」
「めっちゃ」
「めっちゃ。大きな雨粒が大量に、幕が覆うように降って、視界が真っ白になって、手を伸ばせば指先も見えない雨。屋根と窓を叩きつづける音で人の声も、私自身の頭の雑音も聞こえなくなる雨。気圧なんか900hPaぐらいになって、家に帰るどころか身動きもできないような雨。感覚が物量に圧倒されて、入力が大きすぎて停止するような雨。何も出来ないし何も考えられない、外の世界だけじゃなく身体も頭も制圧されるような雨です」
「大災害だ」
「しかし罪には問われない。そこが気に入っています。よそと違ってこの国に呪術を裁く法はなくて、私は我が身の可愛い小悪党ですから」
「でも私は困るし、話を聞いたからには怒るよ。君はまた人に迷惑を掛ける。何も聞こえないのは特に良くない」
「耳に頼りすぎですよ。そばにいる先輩がそんな考えだから、始めてから今日まで一度も降らないんでしょうね」
「こっちが責められるんだ。意外。でも本当に動けないくらい降ったら、雨の量もコントロールできなくなるよね」
「……あっ」


M7

(ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。

「今日も降らないねえ。大雨どころかにわか雨もない。五月で一週間しっかり降らないって、もはや珍しいでしょ。雨乞い逆効果?」
「あ、その話は無しで。嘘なんです。言い忘れていました」
「急ハンドル」

 『「私が望むのはすごい雨です。めっちゃすごい雨」』

「やめてください。忘れてください」
「ふふっ、いまさらそんな照れなくても。私しか知らないんだからさ」
「あのタバコ──最初は九本あったタバコですが、実は一本だけ爆弾が仕込まれてるんです。入れたのは私ですが、どれなのかは私にも分かりません。分かりませんでした」
「話進めちゃうんだ。え、全然意外な言葉出てきたけど」
「正確には感熱式のセンサーですね。爆弾自体は校舎の中に仕掛けてあって、それを起動するための装置が入っています」
「絶対に爆弾って言ってる。やば。あと何本だっけ?」
「箱に残っているのがラストワンです。最後の一本まで当たらなかった。先輩は引きが強い。本当は話すつもりもなかったんですが」
「じゃ、雨乞いの話は何だったの? 結構好きだったのに」
「すみません。変わっていると思われたくて咄嗟に嘘をつきました」
「格好悪い告白。いやまあ、そういうことにしたいならそれは良いけど、今の話の方が変じゃない?」
「かも知れません。とはいえあの場でこんな話をしても信じられなかったと思うんです」
「それは、まあ、うん。今も全然驚いてるし」
「不安になりますよね。でも大丈夫です。爆弾は校舎の二階、二年の教室に仕掛けたので、先輩に実害はありません。黒板の裏に隠せる量ですから起爆しても教室が荒れるくらいで、校舎が崩れるようなスペクタクルは起こりませんし、屋上にいれば一瞬の地震としか感じないはずです。放課後とはいえ間の悪い怪我人は出るかも知れませんが」
「へえ」
「もちろん痕跡はありません。製造も設置も私一人で慎重にやりました。今回はさすがに事故には出来ないので、警察向けに非実在の犯人も用意してあります」
「ふうん。シヅカちゃんは賢いね」

 『金属同士が細かく何度もぶつかる音』
 『枝分かれした水流が上から下に落ちる音』
 『薄く硬質な静物が質量の衝突を受け、割れる』

「先輩、ひょっとしなくても引いてますか」
「げんなりだね。自覚があるならやめなよ。面白がれるラインぶっちぎってるし、反応に困る」
「雨乞いとは違いますか」
「違うね。全然違う。お呪いなら現実味が薄いし、自然現象に縋っちゃうところに可愛げがあった。爆弾は全部が逆。ただ乱暴なだけ」
「仰るとおりです。先輩は正しい。そんな人が近くにいたから、最後まで当たらなかったのかも知れません」
「また人を魔除けみたいに」
「誉めてるんですよ。でもそれも今日までです。所詮は不確定な呪術と違って、爆破は面白みのないただの暴力。明日は学校来ちゃダメですからね」
「──本当にあるの?」
「ずっとそう言っています。やっと伝わりましたか」
「そっか、そっか」

 『灰になっていく』

「じゃ、行こっか」
「自首ですか? なるほど、それも良い形ですね」
「いや、爆弾とやらを解除しに。二年の教室ね。案内して」
「正気ですか。こんなやつ見捨てて下さいよ」
「やだ」


M8

(ライターをカチる。安い火にタバコを当てる。灰になっていく)その音から遠ざかる。

「最後の一本だし、せっかくだから吸っちゃう?」
「一、途中に不燃物があるので実用は難しいと思います。二、最後にせっかくだから、で余計なことをするのがとても素人臭くて非常にダサいです」
「うおー、ボロクソに言われている。絶対私の方が善良な市民なのに」
「ところでせっかくなので気になっていたことを聞くんですが」
「私は素人を責めないよ」
「曲は出来たんですか?」
「うるさいなこれだから素人は。何も分かっちゃいないくせに簡単に言いやがってよお」
「質問を変えます。今日のお弁当、どうですか。最初と比べて味が良くなっていませんか」
「え、どうだろう。味覚を再生する装置は持ってないから……。ごめん、変わってない気がする。分からない」
「そうですか。回答ありがとうございました」
「さすがに答え合わせは欲しいですけど?」
「私が作りました。というか実のところ、昨日から私でした。親が家を出たので」
「手料理の嬉しさとそれどころじゃなさで心が裂けそう」
「ふふ、うっかりですよね。卒業したら私が出るつもりだったんですが、先を越されちゃいました」
「その明るさはむしろ心配になるよ」
「大丈夫ですよ。生活費は貰ってますし、連絡も取れていますから」
「だからってお弁当は無駄な負担でしょ。もうやめなよ。やめて良いし、やめて欲しい。早く言ってくれれば良かったのに」
「罰なのに? 口止め料でしたっけ。録ってましたよね?」
「いまさら冗談を言質にするな、バカ。それとも謝って撤回しようか? それで気が済むなら望むところだけど」
「こちらこそ冗談です、すみません。手間だったことは否定しませんが、先輩が食べると思えば作るのも楽しかったですし、むしろ気晴らしになって、ありがたかったんですよ」
「そういうこと言うんだ。先輩は気持ちも頭もぐちゃぐちゃだよ」
「ざまあ見ろですね。タバコは使い切りました。雨乞いも爆発も起こらないまま、入手ルートが出て行ってしまった。気晴らしだったお弁当作りも取り上げられた。3/4が先輩のせい。最後に関しては、先輩ならそう言うだろうなと分かった上での種明かしでしたが。とにかく私には、もう屋上に来る理由が無い。結局、最初に疑ったとおりでしたね。先輩のせいで、私の悪事は無意味になってしまいました」
「そうだね。いよいよ私と遊ぶしかない」
「──優しさにも、ふてぶてしさにも、やっぱり他に友だち居ないんだな、とも取れる発言ですね」
「返事は?」
「マイクを切るなら言ってあげます」

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