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幻と踊っている/降幡 愛 3rd Live Tour 愛はハイテンション


「降幡 愛 3rd Live Tour 愛はハイテンション」東京公演を見ました。

 会場の東京キネマ倶楽部はJR鶯谷駅からラブホにビビり飲み屋を躱しキャバクラを脇目に徒歩1分。変わった名前と変わった立地のライブ会場は、元グランドキャバレーという来歴で変わった文脈を形成している。玄関を隠すように伸びる車道は立体交差になっていて、凌雲橋という大げさな名前のその陸橋は、十三本の線路を跨いで上野に接続する。
 ライブの終演後、僕はその夜道を歩いていた。
 進む先には寛永寺の霊園とミュージアム立ち並ぶ上野恩賜公園。振り返れば歓楽街の看板。静と動、死と生、保存と解消、高尚と猥雑を直結するその橋の下で、東京キネマ倶楽部は確実に、鶯谷/動/生/解消/猥雑の側に立っている。

 特異なステージに押し負けない特異なライブだった。熱い頭を外気にさらして反芻せずにはいられない。この二時間の僕はどう考えても、別世界を見ていた。いや、確かに僕は客席にいた。毎回コンセプトを練り上げて表現する降幡さんの、これまで以上に凝りに凝ったライブを見たのだった。

 開幕は「-Proportion- Ⅲ」。未発表未配信の完全新曲であり、現状では聞き返す手段もない。予習も心構えもできなかった観客を差し置いて、降幡さんとダンサーがいきなりの全力で歌い踊る。それで良い、それでこそ降幡 愛だと強く思う。好きな人が好きな形を貫いているという実感。人体にこれ以上の喜びを感じる機能はない。

 続く前半は「Memories of Romance in Driving」からカバー曲の連続。往年の華美な洋装を蘇らせた会場が、カバー曲を含め「80年代の楽曲に並べて違和感のないサウンド」を志向する降幡さんの音楽と噛み合い、今日この時を待っていたように輝く。観客を不格好に踊らせる。良いライブだと確信できる。本当に来てよかった。この空間が永遠に続けば良い。

 夜空の星を根こそぎ集めたように煌びやかな降幡さんが、幕間の闇の中ですら、目の前で歌い踊っている気がした。

 最高のライブ。確かにそうだ。素敵な会場、大好きな音楽、尊敬できるアーティストたちの素晴らしいパフォーマンス。心の底から絶対に肯定できる。しかしそれだけとは思われない。このライブには何か、狂おしく切実で、生き急ぐように刹那的な出力がある。二度と見られないライブだ。愚にも付かない考えすらよぎる。

 ライブの中盤、シークレットゲストとして、韓国出身のDJ兼プロデューサー、Night Tempoが登場。降幡とは共作がありプライベートでも親交が深く、ちょくちょく来日している人物なので、ビッグサプライズには違いないが全くの意外ということでもない。驚きよりは友情への感謝と感慨、そして披露曲への期待が強く浮かぶ。Night Tempoの美声がコールするタイトルはもちろん共作の「Be with You feat. Ai Furihata」。空気が変わる。素人の耳にも「80年代楽曲のカバー」と「2022年10月の新曲」は違って聞こえる。

 この最高のクラブチューンがグランドキャバレーで演奏されることはない。気持ちよく揺れる視覚と聴覚のギャップに僕は何度か頷いた。この切なさは、つまりそういうことらしかった。

「Be with You feat. Ai Furihata」が営業中のグランドキャバレーで掛かることはない。存在する時代が重ならないのだから当然で、事実そんなことは起こらなかった。それは降幡さんのオリジナル楽曲、そしてリアレンジされたカバー曲も同じだ。東京最後のキャバレーは2018年に閉店した(東京キャバレー文化の終焉/ROADSIDERS' weekly)。70年代から衰退したキャバレーに80'sが流れることはあったとしても、またこのステージがどれほど親和していても、2020年に始動した降幡 愛がキャバレーの命運に間に合わなかった事実は変わらない。

 仮に、今夜この場所で歌うのがキャバレー文化の中で生きた人物であれば、それは史実の再演か、いつかあった夜の続きという意味になったはずだ。しかし降幡 愛は違う。そのものになることは志向してもいないように思える。舞台上でも使用されたライブグッズ「フリ扇」のモチーフ、ジュリアナ東京の営業は1991年から94年。「ハイテンション」という和製英語にいたっては由来も時期も不確かなものだ(80年代のライブハウスが由来という説はある)。
 降幡 愛が生み出したものはあくまでも、発生しなかったグランドキャバレー/80年代の景色であり、それ以上の混沌だった。

 つまり「愛はハイテンション」は、現実が到達しなかったパラレルワールドを呼び出しているのだった。どれほどハイテンションでも切なくなるしかない。それは今夜この舞台からしか観測できない別世界の、ほんの一瞬で消える断片だった。

 なぜこんな手の込んだことをするのか。なぜこんなことが出来るのか。答えは出ている。降幡さんは常に「好きでやっている」と表明し、作品で表現してきた。愛はハイテンション。

 ライブの後半、降幡さんのオリジナル楽曲が一気に増える。当然どれも2020年以降の曲で、それでもどこか懐かしく聞こえる。2022年、降幡さんは前出の「Be with You feat. Ai Furihata」以外に新曲を発表しなかった。一年という空白すら取り込む恐ろしい演出。
 アップテンポの連続からスローテンポのパートがあり、アンコールは再びアップテンポで駆け抜ける。曲調を際立てる鮮やかなコントラスト。歌声の熱量に導かれるまま、会場のテンションが乱高下する。

 そして「CITY」が始まる。降幡 愛デビュー曲にして屈指のハイテンションな楽曲は、いつからかライブを締めくくる恒例の一曲になった。終わりを意識させる力はアンコールの様式そのものよりも強い。時間が燃え尽きる。

 閉幕。午後八時。
 会場の外の鶯谷はようやく動き出した様子だった。街から遠のく凌雲橋も暗い道ではなかったが、橋の下に延びる十三本の線路はもっと強く煌々と照らされていた。交差した道は次の駅でまた交わることになっている。

 降幡 愛の活動は三年目に突入した。「-Proportion- Ⅲ」はすでに見え始めている。ソロアーティスト降幡 愛が次に立つ大舞台は2023年1月27日のリスアニ!LIVE 2023 EXTRA STAGE。初めての日本武道館です。

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