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降幡愛さんのライブがマジでよかった話

Billboard LIVE YOKOHAMA で、降幡愛スペシャルライブ「Ai Furihata "Trip to ORIGIN"」を見ました。

会場からJR桜木町駅までの帰路、川の向こうの巨大観覧車が時刻を知らせる。20:59。夜空の下限に浮かぶ、無機質に輪を掛けた数字の電光が、世界を祝福しているように見えた。良い夜でしたね。言われるまでもない。いや、そんな言葉では足りない。僕が見た光景は、そんな穏やかなものではなかった。一人で参加したライブからの帰り道だというのに、僕は少しの寂しさすら感じていなかった。


「Ai Furihata ''Trip to ORIGIN''」は声優 降幡愛さんによる初の単独ライブです。2020年6月突然のアーティストデビュー&楽曲「CITY」発表、7月には開催が告知され、11月に至り有観客での開催と、針の穴に弾丸を通すようなスピード感で実現しました。まずはめでたい。

何しろ様々なイベントが中止・変更を余儀なくされている情勢です。いくらなんでも前のめりなギャンブルスタートだったと言えばまあその通りなんですが、勢いだけの蛮勇ということではもちろんなく。降幡愛さんが所属するレーベル「Purple One Star」は、新設とはいえランティスという巨大な後ろ盾を持っていますし、降幡愛さん自身すでに声優として広く認知されている方です。中止の可能性も込みで種々のリソースに元手があり、注力する意義もあった。降幡愛さんがAqoursの一員として、アジアツアー、LA公演、東京ドーム公演などタフなライブを経験してきたこともその一つです。個人名義のアーティストとしては新人でも、"ライブ筋力"はすでに鍛え抜かれていた。リリースから一貫する電撃的攻勢は、様々な要因が噛み合って実現したものでした。

そんな前提の元に発表された楽曲が「CITY」です。

今はいつなんだ??? 個人的にはソロアーティストデビュー以前から降幡愛さんの活動が好きで、広義にレトロな嗜好も存じ上げていたのですが、突然この曲が配信されたときは笑いました。笑うしかできなかった。今聞いても笑います。あまりに本気すぎる。

勝算というと大仰ですが、これまで演じられていた役柄とのギャップを狙った、ということもあるでしょう。いわゆるシティポップが国外で人気を博していることも、一つ後押しになったのではないかと思います。このあたりlo-fi hip hopの流行とも繋がっている感じですが、全然詳しくないので突っ込まないでください。

韓国を中心に活躍する日本人シンガー YUKIKAの「SOUL LADY」


台湾の超人気歌手 9m88による「プラスティック・ラブ(竹内まりや)」のカヴァー


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どうやら来ているのだ、シティポップ。いろいろあるけど好きが認められやすい時代。ありがとう多様性。「本人が全曲作詞」「会議の最初期に企画書と詞を持ち込んだ」「詞先で本間昭光氏が作曲」という経緯も完全にどうかしています。ここにも本人の嗜好と世間の流れという噛み合いがあった。吹いている、風が。

のこさんによるアルバムレビュー。ためになります

そのような流れがあっての「Ai Furihata ''Trip to ORIGIN''」も、必然と言うべきか、やはり手の込んだ戦略と噛み合いに溢れたライブでした。

今現在、有観客で行われるライブにはもろもろの制約が敷かれています。観客のマスク着用、発声禁止、座席間隔のための人数制限、必然的チケット価格の高騰。是非はさておいても楽しみ方が抑え込まれていることは確かで、なのにアーティスト側は客を入れても入れなくても赤字、なんて話も流れてきます。そうした状況で「Ai Furihata ''Trip to ORIGIN''」が選択した会場がBillboard LIVE YOKOHAMA。こんな感じ。

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格式。収容人数はおそらく200人未満で、新レーベル第一弾人気声優の初単独ライブ! と思えば極小です。ステージは2Fで自分は3F席にいましたが、それでもマジで近かった。目の動きが見えました。異常というか異質。ライブやイベントの同時生配信が定着したからこその割り切った戦法でしょう。ここが肝です。「Ai Furihata ''Trip to ORIGIN''」は明らかに、以前までの楽しみ方を制限される現地でそれでも特別な体験を、と徹底的に指向されたライブでした。

会場の雰囲気と距離感だけの話ではないのです。何しろ「Ai Furihata ''Trip to ORIGIN''」は行動を制限された観客に対して、さらに「青色を取り入れたスマートカジュアルで来い」というドレスコードを課していました。

これ一見するとただ面倒なんですが、実際やってみるとライブに参加する手段が減った会場でも一体感を形成できる、素晴らしいアイデアでした。スマートカジュアルという(少なくとも男性は)ジャケットを着ておけばどうとでもなる案配も絶妙です。優しさと全体的な見栄えのバランスを両立。会場暑かったので脱ぎましたが。物販に青いハンカチを置いていたこともかしこい。まんまと買いました。

会場限定コラボドリンクも素敵で、やはり一体感演出の一助となっていました。そこそこいい年であろう大人達が、揃って可愛いカクテルを飲んでいる姿、なかなかに乙。そう今回飲食可だったんですよ。Billboard LIVE YOKOHAMAのレストラン機能をしっかり活用したわけです。

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そしてライブです。「CITY」を含むアルバム「Moonrise」の収録曲は80年代Jpopというコンセプトもあってか、観客の声が入る前提というより手拍子で乗る曲が多く、これも時勢に適合していました。

しかも全編生バンド。元々の楽曲が大部分打ち込みで作られていることも合わせて、(特殊な例ではないにしても)これもまた特別な体験の演出です。いや理屈抜きにこのアップテンポなバンドアレンジがマジで……最高でした……マジで……。

演奏曲は降幡愛さんの持ち歌だけではなく、事前リクエストのカバー曲もありました。披露されたのは竹内まりやさんの「プラスティック・ラブ」と杏里さんの「悲しみがとまらない」。二曲とも降幡愛さんの幅が広い歌声に合っていましたし、確実に初見でも乗りやすい選曲です。っていうかどっちも江口信夫さんのドラムがマジでキメッキメで、プロはヤバい!!! となりました。プロはヤバい。

曲としては他に新曲が二曲あったことも、未来への期待を抱かせてくれて嬉しかったです。

演奏された新曲「パープルアイシャドウ」。本気だ

本当に素晴らしいライブ、壮大かつ凝縮された素晴らしい演出でした。鑑賞できて本当に良かったです。


それはそうだ。確かに、綿密かつ大胆に手の込んだプロフェッショナルなライブだった。一つ一つの要素が魅力的で、総合演出として噛み合っていて、戦略はステージの外、ライブの過去未来にまで及び、時勢すら味方に付ける運もあった。その中心に降幡愛さんがいることと、周囲のやっていき感が何より嬉しかったのだ。

だがあの場には、それ以上の何かがあった。意図のある演出を越えた何か。ライブへの満足という次元を超えた、一人歩く帰り道に寂しさを抱かせない何かが。

観客の少なさと大人しさのおかげで疎外感や居辛さを抱かずに済んだ、という面はある。限られた現地参加者の一人に偶然なれたことへの勝手な優越感もある。強がりもある。一人でライブを見ている気がしなかったのは、事実として左右に観客がいることが久しぶりだったからだ。だがそれだけではやはり足りない。

会場は降幡愛の好きとこだわりで充満していた。彼女が良いと感じるものを、素直に良いと感じられる空間だった。それはもちろん出演者とスタッフ個々の努力、楽曲の素晴らしさあってのこと。しかも彼女は自身のラジオや配信番組、プロモーション稼働の中で、「私はこういうものが好き」「今度のライブは凄いです」と胸を張って語ってきた。だからこそ、こちらもその価値と意味を少しは捉えることができた。楽しいという感情を正面から受け取るだけではなく、同じ方向を向いて楽しむことができた。価値観の共有、文化の伝播は、ライブが始まるまでに成されていた。「Trip to ORIGIN」。原点に至る旅。

そうか。僕は、ステージで歌う降幡愛さんを見ながら、場を楽しむ降幡愛さんが観客として存在するように感じていたのだ。隣に、とまでは言わずとも、あのそう離れることもない客席のどこかに。人が努力して作り上げた、好きを分かち合うためのライブが、寂しい旅になるはずなどなかった。

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