リーチアウト

 機械になった気分。
 私の素直な感想を母は笑った。鼻を鳴らして、目を細めて、私の背中を手のひらで叩いた。
「自惚れはやめておきなさい。何が起きてどう考えて何を言ってみたところで、キミはこの薄い肉と骨と神経の皮袋から離れることもできないんだ。たかが人間の、たかが一個体でしかない。お腹を痛めた私とそこから出てきたキミは、なーんにも変わらないのさ」
 ひどい話だった。慰める気があったのかすら怪しい。理屈っぽくて自分本位、ほんの少しの共感も示さず、子どもの悩みを馬鹿にしていた。言われた瞬間、当時の私ですら呆れたし、改めて考えても理性的な振る舞いとは思えない。あの人が十一歳の私に与えたものは、事実だけだった。

 十年が経った。薄い肉と骨と神経の皮袋は十年分成長して、最近は真上から俯瞰できるようになった。
 ベッドの上の私は横たわったまま動かない。その筋肉すらないように見える。緩い衣服と目に掛かるベールの他、見える素肌は死体のように青白い。
 もう感想はない。
 ベッド脇のアームを起動する。マジックテープの被服を脱がし、白い身体をぬるま湯とタオルで拭う。死体のように硬直した皮袋でも新陳代謝は生きている。適温を維持した室内に置かれても、汗と皮脂、老廃物の排出は止まらない。爪も髪も伸びる。清拭は唯一の日課だった。
 視界の隅にキューランプが浮かんだ。呼び出し。
 こちらの映像が逆流することはない、と念じながら被服を身体に掛け、網膜投影のチャンネルを変える。部屋の映像が消える。

 明るい屋外が見えた。落ちそうなほど深い青空と土色の多い高台の草原、コントラストを見下ろすアングル。観光名所や遺構、モニュメントの一つもない広大でありふれた街外れの緑地の、普通に出歩く人が普通に目にする景色。
 その中央に灰色の円盤があった。
『現場に着きました。教授さん、今よろしいですか』
 男声、と決めつけるには高くて幼い声が枕元のスピーカーに流れた。 【続く】

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