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十兵衛裏七番勝負 あらすじ

 第一夜 根来衆

 元和9年(1623年)。柳生十兵衛三厳は征夷大将軍に就任したばかりの徳川家光を暗殺。実の父である将軍家兵法指南役・柳生但馬守宗矩を発狂せしめる。
 江戸を脱した十兵衛は中央道を西進。しかし追っ手が掛からず、関所すら難なく通過できることに気付き、疑問の中で足を緩める。道中滞りなく小牧から名神に接続、いよいよ京まで至るが、事件は庶民の噂話にも上がっていなかった。
 混乱する十兵衛は旅籠でようやく襲撃を受ける。相手はみすぼらしい半農集団。殺意は確かだが、実力は素人に毛が生えた程度で連携も取れていない。あらかた殺してみれば、その正体は老人ばかりだった。
 息の残った一人が十兵衛に明かす。自分たちは先だって柳生の襲撃を受けた根来衆の生き残りであり、紀伊藩主・徳川頼宣から集落の再興と引き換えに十兵衛の誅伐を依頼されたと。指導者を失った根来衆の暴走を詫び、老人は息絶えた。
 十兵衛は推理する。頼宣は徳川家康の十男。目的は子を残さなかった家光亡き後の徳川幕府での発言力増加か、あるいは自ら後継になろうとしているのか。その大義名文として自分の首を欲しているのか。
 十兵衛は権力闘争に明け暮れる徳川の血統と、自身の配下ではなく窮乏した根来衆を送り込んだ無情に怒り、紀伊国和歌山城で頼宣を殺害する。

 第二夜 烏丸少将文麿

 征夷大将軍・徳川家光紀伊藩主・徳川頼宣を立て続けに殺害した柳生十兵衛。だが二つの事件はやはり噂にも上がらない。あるいは全て幻覚なのか、では根来衆はどうなったのかと煩悶し、十兵衛は熊野山中を彷徨う。その前に一人の麻呂が現れる。
 烏帽子、白粉、お歯黒、狩衣、豪奢な太刀、他者を見下し続けた目、不遜不敵な笑み――その姿間違いなく、烏丸少将文麿。十兵衛の弟、左門友矩を殺害し、十兵衛が復讐に切り捨てた剣豪公卿。
 亡霊か、幻か。烏丸少将文麿と再び切り結ぶ十兵衛。だが一度は勝った烏丸少将文麿を打ち倒すことができない。いくら切りつけても、何カ所を刺しても、首を落としても高笑いで立ち上がる烏丸少将文麿。
 死なない相手と殺し合っても甲斐がない。つまり死者に惑わされても甲斐がない。世間はどうあれ家光と頼宣は死んだのだ。そう得心した十兵衛は熊野の霊樹を切り倒し、烏丸少将文麿を下敷きにして立ち去る。

 第三夜 同門

 追っ手が来るならば戦って死ねばよし、来ないのならば花鳥風月を友に余生を過ごすもよし。十兵衛は平静を取り戻し、帰郷の途を行く。目指すは大和国柳生庄。しかし集落を目前にして、従兄弟であり新陰流の同門柳生兵庫助利厳が立ちはだかる。
 兵庫助は尾張藩主・徳川義直の兵法指南。十兵衛は刺客と疑い警戒するが、兵庫助は刀を置き対話を持ちかける。三十歳離れた兵庫助とは縁類といえど面識がなかったが、その気さくな振る舞いに十兵衛も心を許し、二人は打ち捨てられた山寺で酒を飲み交わす。
 兵庫助はやはり義直から十兵衛誅伐の命は受けたと明かす。しかし遂行する気はなく、だからこそ単身で十兵衛を訪ねたのだと。曰く、柳生庄にはすでに義直の配下が潜んでおり、住民を人質に十兵衛を降伏させる算段である。兵庫助から義直への忠誠は堅いが、度し難い。ゆえに逃げろ、と。
 十兵衛からすれば、顔も知らない住民に人質の価値はない。追っ手は殺せるだけ殺して、死ぬときに死ぬだけだと十兵衛が言うと、兵庫助はそれでこそ柳生十兵衛だと哄笑し、助勢を申し出る。
 明け方、二人は柳生庄を奇襲。混乱に乗じて立ち上がった住民と共に尾張軍を殺戮する。
 あらかた殺し終えた二人の柳生新陰流は、誰に邪魔されることもなく斬り合う。十兵衛は兵庫助に打ち勝ち、その髷を切り落とす。尾張国名古屋城に乗り込み徳川義直も殺す。

 第四夜 宮本武蔵

 十兵衛は播磨国明石で一人の男と対峙していた。六十戦無敗、二天一流、宮本武蔵。天命がいつ果てるか分からない今、せっかくならばと申し込んだ決闘だった。
 二人は前日に歓談していた。武蔵が伺候している姫路藩主・本多忠刻から聞く限り、江戸城には徳川家光の姿があり、政務は諸事滞りなく進んでいるという。
 訳が分からない。あるいは亡霊は自分の方なのか。だがそうでないとすれば――十兵衛の脳裏に宗矩の冷たい笑みがよぎる。あの男の策謀が続いているのか。
 可能性に気付いた十兵衛は武蔵との立ち会いを放棄し、江戸を目指す。

 第五夜 岐阜場所

 一路東進する十兵衛。途中、美濃国の小さな村で一人の大男と出会う。男は人としてのタガが外れたような怪力で村人を助け、捨て様と呼ばれ慕われていた。村人によれば、捨て様は数日前に半死半生の状態で川のほとりに漂着したばかりであり、動けるようになった今も記憶を失っているのだという。十兵衛は不憫に思うが当人に暗い様子はなく、二人は一昼夜相撲に明け暮れるなど意気投合する。
 折から村に野武士集団が現れる。二人は村民と手を携え村を守るが、ぶちのめした後でよくよく聞けば相手は野武士などではなく、飛騨高山藩金森家の侍だった。
 金森家は幕府から蟄居に処された殿様を預かっていたが、つい先日、その殿様が柳生十兵衛を討ち取って江戸に入ると言って姿を消したため、身柄を捜索していたという。そして捨て様こそ、その殿様、松平忠輝に違いないと。
 話を聞いた捨て様は十兵衛に相撲を持ちかける。「俺が勝ったら、俺はお前の首を獲って、松なんとかになる。お前が勝ったら、俺はこのまま捨て様として生きて死ぬ。殺したいなら殺していけ」
 十兵衛は捨て様との取り組みを内無双で制し、村を去る。

 第六夜 保土ケ谷野球場

 十兵衛は新東名を猛進。武蔵国と相模国の国境、保土ケ谷まで進出する。そこでは最後の徳川御三家、水戸藩主・徳川頼房が砦を築き待ち構えていた。砦の名は、保土ケ谷野球場。うっかりダイヤモンドに立ち入った十兵衛は、希代のプレイングマネージャー頼房率いる水戸軍との野球対決に応じることになる。
 スタメン九人だけでなくリリーフ代打代走守備固めと、ベンチも充実する水戸軍に対して、十兵衛軍は一人。コイントスの末に十兵衛は先攻を得たが、それでもホームランを打ち続ける以外に試合を継続する手段はない。塁に出れば次の打者がいなくなり、敗れる。まして時は1623年、負荷を掛けて爆破すべき装置もなく、勝機は万に一つもないかに見えた。グラウンドに援軍が現れるまでは。
 美濃の怪力、捨て様(元高田藩75万石藩主・松平忠輝)。
 六十戦無敗一無効試合、二天一流、宮本武蔵。
 恥辱の極限を知った怒れる落ち武者、柳生兵庫助利厳。
 不死の剣豪公卿、烏丸少将文麿。

 十兵衛と会わせてこれで五人。塁を埋めても攻撃を続けられる。守備は内野がいれば十分。プレイボール。十兵衛軍はラフプレーの連発で水戸軍の全選手を破壊し、試合は一回裏コールドとなった。
 十兵衛はホームベース後方でタックルを受け続けた頼房を尋問。頼房は十兵衛の予想通り、宗矩は江戸城にいると答える。だが幕政の中枢ではなく、地下に幽閉されているという。

 最終夜 柳生の血

 江戸城地下座敷牢に辿り着いた十兵衛が見たものは、鎖で拘束された囚人だった。囚人は被せられた頭巾の下で念仏のような何事かを呟き続けている。顔は見えずとも、柳生の血は臭いで分かる。まして囚人には右手が無かった。
 宗矩はやはり狂っている。十兵衛は確信し、困惑する。そこに宗矩と並ぶ家光股肱の臣、松平信綱と春日局が現れる。
 二人は十兵衛を攻撃するどころか謝意を口にする。柳生但馬守宗矩は発狂の果てで天啓に到達し、家光が存命する世界線について語るようになったと。徳川幕府はその予言に従うことで大政奉還まで三百年の安泰を得るのだと。家光を切ることでその引き金を引き、不確定要素であった御三家を片付けてくれた十兵衛には、どれほどの報奨を出しても足りないと。
 十兵衛は身を翻し春日局を刺殺するが、信綱はそれでも動揺しない。家光と同様に代役を用意するまでだと言う信綱。十兵衛は信綱をも切り捨て、その腰から刀を抜き、宗矩の左手に持たせる。
 せめて侍として死なせてやろう。そう念じ斬り付ける十兵衛。宗矩は左の刀で受け流し、右の小刀で十兵衛の腹を刺した。
 宗矩が頭巾を外す。現れたのは柳生宗矩の三男、十兵衛最後の弟、柳生又十郎宗冬。又十郎は隠していた両手を現し十兵衛と切り結び、その最中、宗矩は天守にいると明言する。そして十兵衛に一太刀を浴びせた時点で満足してしまったと言い、不意に自らの喉を掻き切る。
 十兵衛は江戸城を駆け上がり、ついに柳生但馬守宗矩を見つけ出す。目を閉じ座敷に腰を下ろす宗矩は、やはり何事かを延々と唱え続け、その周囲では大勢の筆記役が発言を記録している。まさしく、宗矩という機構が予言を口述しているかのように。
 もはや加減はならない。十兵衛は脇差しを抜き宗矩に投げつける。宗矩は刀を抜くように右腕を振ったが、その手に刀は無く、その手さえも無かった。
「2023年――」脇差しは宗矩の額に突き刺さり、眉間と予言が途切れる。筆記役たちは十兵衛にも宗矩の死体にもまるで構わず、書物の片付けを始める。十兵衛が一人を斬り伏せても、集団の動きは止まらない。そうなることを知っていたかのように。全て定められた台本に従うように。十兵衛は江戸城を去る。 【終】

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