新春時代劇スペシャル 発狂頭巾13「頭巾狩り」

御用聞き/吉原
廻り方同心/貝田
商人/九つ屋
用心棒/都知木
無宿人/新吉・太介・吾郎

商人九つ屋の別邸・襖と障子を締め切った座敷(夜)
 蝋燭で明るい座敷。上座で胡坐をかく商人/九つ屋(50代、恰幅の良い男)。下座にいる相手の顔は見えない。謎の男は大きな背中で窮屈そうに正座。刀は持ち込んでいない。
「木曽からの無宿人が見つかりました」
 九つ屋、袂から小判を取り出し、座敷に置く。男、手を伸ばし小判を受け取る。
九つ屋「食いっぱぐれが、英雄になりたがっている訳だ。人数は?」
「三人。しかし賭場での振る舞いなど存外に肝が据わっているそうで。油断は禁物かと」
九つ屋「妙なことを言う。諍いになると決め付けるのか」
 男、無言で障子を見る。その向こうの庭で一人、月を見上げる着流しの浪人。用心棒/都知木(30代、長身の男)。九つ屋、男の視線を追って首を振る。
九つ屋「無知な連中から隕鉄を買い叩いたことは事実だが、バカ大名のおかげでウチが儲け過ぎたこともまた事実だ。私は吝嗇ゆえ、悪党にはなりきれん。金を払えと言うなら応じる。ま、限度はあるが」
「では、あの浪人は」
 九つ屋、力なく笑う。
九つ屋「決まっているだろう。江戸中やつの噂で持ち切りだ。備えるべきは――」
 九つ屋、ゆっくりと下を見る。その胸の中心から生えるように刀が飛び出ている。男、飛びのき、九つ屋の背後を見る。九つ屋の肩越しに、ゆっくりと立ち上がる発狂頭巾(露わになっているのは目元だけ)。

郊外・ススキ野(昼)
 風に揺れる高台のススキ野。不格好に立つ御用聞き/吉原(30代、線の細い男)、石に腰掛ける廻り方同心/貝田(40代、大柄な男)。二人並んで市街を見下ろす。
吉原「ところがさすがは雷電ですよ。右足一本からグッと姿勢を戻して、あとはもう左でグワワっと」
貝田「やっぱすげえな。実際なんで綱張らねえんだろう」
吉原「お、聞いちゃいますかその話。実は」
貝田「待て、やめろ。俺の雷電を汚すな。それより、材木問屋の九つ屋が斬られた。知ってるか?」
吉原「初耳ですね。いつです?」
貝田「昨晩。じゃ、まだ噂は漏れてないのか。時間の問題だろうがな、てめえも口外すんじゃねえぞ」
吉原「馬鹿ですねえ、旦那。こっちは御用聞きですよ。出てない噂は調べようがない。調べられないことは話す意味がない」
貝田「御用聞きなら同心を敬え。吉原てめえ、木曽からの無宿人の話、寄越しただろ、それこそ昨日だ」
吉原「んー、いや、どうすかね。確かに派手な金遣いでしたが、押し込み前の強盗ってより、田舎モンがはしゃいでる風に見えましたよ」
貝田「だが九つ屋は木曽と因縁があった」
吉原「そっちは聞いたことあります。悪どい話をちらほら。なるほど、そういう線ですか」
貝田「と、与力様は仰っておられる、が、俺の読みは――」
 貝田、よっこらせと立ち上がる。吉原、むしろ納得した顔で頷く。
吉原「噂の下手人、発狂頭巾ですか」
貝田「聞けばその頭巾は、どこぞの野伏を梵鐘ごと叩っ切ったそうだ。眉唾もんだが。しかし九つ屋には刀が刺さったままでな、そいつがどうも千子村正らしい。ゴロツキの得物じゃあねえ」
吉原「ああ、そこで忘れたのか。よかった」
貝田「そうだな。だから俺は――ああ?」
 貝田、吉原に振り向く。吉原、懐から布を取り出し、広げて見せる。発狂頭巾。
吉原「俺です。梵鐘を切ったのも、九つ屋を刺したのも、俺です」
 吉原、頭巾を畳み懐に仕舞う。貝田、呆気に取られて動けない。
吉原「じゃあ、そういうワケなんで」
 吉原、すすきに分け入って消える。立ち尽くす貝田。

九つ屋別邸に至る通り(夜)
 人気のない道を駆ける発狂頭巾。その前に貝田が立ち塞がる。発狂頭巾、足を止めずに刀を抜く。貝田、刀を抜き両腕を広げる。
貝田「止まれ! 切り捨てるぞ!」
 発狂頭巾、走りながら刀を八相に構える。
 貝田、発狂頭巾めがけて刀を投擲。躱した発狂頭巾に低く当たり十手で脛を殴打、転がって離脱。発狂頭巾、刀を手放し転倒。貝田、立ち上がり口を拭う。切れた唇から血が垂れる。
貝田「チンピラが。廻り方同心なめてんのか」
 発狂頭巾、立ち上がる事ができず這って進もうとする。貝田、舌打ち。
貝田「やめろバカ。九つ屋ん家じゃ浪人が待ち構えてる。罠だよ、発狂頭巾。てめえが村正を取りに来ると踏んで、首を挙げようって段取りになってんだよ」

商人九つ屋の別邸・門前(同時刻)
 閉ざされた門を通りの角から窺う三人の男。木曽からの無宿人/新吉・太介・吾郎(いずれも20代、筋骨隆々の肢体、腰に短刀)。三人ほぼ同時に大きなため息をつき、その酒臭さに笑い合う。
新吉「てがあるいいよったが、こんじゃったか」
太介「とろくさい。やろうがいのくぞ」
吾郎「ほだら。いこまい、いこまい」
 三人、人通りがない事を確かめ、角を出る。九つ屋の別邸に駆け寄り、塀を難なく跳び越える。
 庭に降り立つ三人を縁側から眺める用心棒/都知木。三人もその姿を認める。

九つ屋別邸に至る通り(同時刻)
 這って進む発狂頭巾。野良猫に追い抜かれる。貝田、頭を掻きながら近付く。
貝田「ホントにイカレてるのか。なんで止まらねえんだ。信じないってか? 頭巾、いや吉原。てめえが九つ屋を殺したとき、俺もその場にいただろうが」

(回想)商人九つ屋の別邸・襖と障子を締め切った座敷(夜)
 貝田、九つ屋に情報を流し小判を受け取る。
 貝田、九つ屋を刺殺する発狂頭巾の見開いた眼と視線を交わす。
 貝田、刀が刺さった九つ屋の死体を挟んで都知木と話し合う。

(戻って)同・九つ屋別邸に至る通り
 発狂頭巾、転がったまま振り返り貝田を見上げる。貝田、その顎を蹴る。発狂頭巾、気絶。
貝田「手間かけさせやがって。クソが」
 貝田、発狂頭巾の頭巾に手をかけ、一気に外す。露わになる男の顔。
 吉原ではない。
貝田「誰だ」

九つ屋別邸・庭(同時刻)
 縁側に座る都知木、庭に立つ新吉・太介・吾郎が向き合う。
都知木「誰だ?」
新吉・太介・吾郎「おらほ、木曽四天王だら!」
 都知木、三人を順に指さす。
都知木「三人では?」
太介「そうましい! うせやれだぼが!」
都知木「分からん。が、分かる。九つ屋に用だろう。奥でお休み中だ」
 都知木、親指で背後の障子を指さす。吾郎、縁側に上がろうとする。
 あちこちの障子が開き、浪人たちが現れる。
都知木「退屈していたところだ。少し遊んでいけ。こっちは――十二神将と少しだな」
 都知木以外の全員、刀を抜く。

九つ屋別邸・門前(同時刻)
 貝田、駆け込んで到着し、膝に手をつき息を整える。邸内から人の叫び声。
貝田「何がどうなってる」
 貝田、門を見る。閉ざされたまま。辺りを見回し、塀に飛びつき無様によじ登る。覗き込もうとするが、邸内に転げ落ちる。

九つ屋別邸・庭(同時刻)
 新吉・太介・吾郎と十人余りの浪人たちの乱闘。数で勝る浪人側に手傷はないが、消極性ゆえに三人も健在。退屈げに眺める都知木。
 貝田の落下音に全員が驚き、手を止め振りむく。貝田、腰をさすり立ち上がる。注目を集めていることに気付き、十手を抜く。
浪人「同心?」
新吉「橘太――でねえ。だれだ」
貝田「てめえらこそ誰だ。何の料簡で喧嘩してやがる。夜中だぞ」
都知木「腐れ同心じゃねえか。検分か? 発狂頭巾はまだ来てないが」
 都知木、浪人たちに目配せをする。浪人たち、ひとまず緊張を解く。貝田、状況をじっと眺め、おもむろに懐から布を取り出す。
 発狂頭巾を月光に掲げる。
貝田「頭巾は――俺が倒した。だから今すぐ解散しろ」
 全員、数秒、沈黙。
新吉「かやせ!」
 新吉・太介・吾郎、貝田に飛び掛かる。貝田、庭を逃げ回る。浪人たち、都知木の顔を見る。
都知木「まあ、そういうことなら奪うしかないんじゃないか。元より俺には払う金もない」
 浪人たち、頷く。
 門がかんぬきごと吹き飛ぶ。亀裂の向こうに発狂頭巾。全員がその姿を見る。
貝田「今度は誰だ?」
都知木「ゴミ同心め、どういう嘘をつきやがる」
新吉「これも橘太でねえ。だれだ」

同・九つ屋別邸・庭
 悪同心/貝田、三人の無宿人、元用心棒/都知木と十人余りの浪人たち、全員が発狂頭巾を見つめる。発狂頭巾、おもむろに門の残骸を跨ぎ、庭に歩いてくる。貝田、その腰の鞘に刀が刺さっていないと気付く。
貝田「全員落ち着け。一度、状況を整理しないか」
 発狂頭巾、最も近くにいた貝田にローキック。貝田、スリップ。いや頭を打ったか立ち上がれない。ダウン。
吾郎「なんなん――」
 発狂頭巾、次に近い吾郎の顔面に右ストレート。吾郎、後退。新吉・太介、発狂頭巾に切りかかる。発狂頭巾、ガードを上げ腕で刀身を弾く。鈍い金属音。着物の下に覗く、鉄籠手。
浪人「きたねえ。具足着ていやがる」
 発狂頭巾、コンビネーションで新吉・太介・吾郎をノックアウト。体を揺らしながら歩き、浪人たちを殴り倒し蹴り倒す。刀を躱すこともしない。特注の当世具足は一分の隙もなく発狂頭巾を守る。
 浪人たち、速やかになぎ倒される。地面に足をついているのは発狂頭巾と都知木の二人だけに。都知木、大小脇差を捨てる。その手には、座敷の九つ屋からようやく引き抜いた千子村正がある。
 都知木、村正を上段に構える。発狂頭巾、その間合いの半歩手前で立ち止まる。
都知木「これを取りに来たんだろう、発狂頭巾。これなら、お前だって殺せる。一攫千金だ」
 発狂頭巾、前に出る。都知木、神速の振り下ろし。発狂頭巾、サイドステップ。都知木、追撃の逆袈裟。発狂頭巾、さらにステップ。甘いダッキングでは仕留められていた。
都知木「当たりたくないか。そこまでイカレてもいないらしいな。だがその重い身なりでいつまで避けられるか」
 都知木、再び上段。発狂頭巾、足を開き腰を落とす。体を縮めるような、前傾。
 立ち合い。
 村正が振り下ろされたとき、発狂頭巾はすでに都知木の腰を捉えていた。その体を軸に膝で滑るように背後に回り、持ち上げ、首から後背に叩き付ける。決まり手、バックドロップ。
 発狂頭巾、村正を拾い鞘に戻す。

郊外・ススキ野(昼)
 風に揺れる高台のススキ野。不格好に立つ御用聞き/吉原、石に腰掛ける廻り方同心/貝田。貝田の額には包帯。二人並んで市街を見下ろす。
貝田「与力に話した。九つ屋と雇われ浪人の金銭問題、ってことで決着だろう。あの三人は、俺が伸した偽頭巾、もう一人の仲間を拾って、もう江戸を出たはずだ。帰るのかは知らんが」
吉原「本物の頭巾は?」
貝田「誰もそんな奴は見てねえよ。今回はな」
 貝田、懐から頭巾を取り出す。吉原、同じく頭巾を取り出す。発狂頭巾が、二枚。
貝田「良いのか、脅すとか殺すとか、口封じしなくて」
吉原「こっちの台詞ですよ。頭大丈夫ですか、旦那」
貝田「俺は正気だろ。俺は」
吉原「そうですね。そう思います」
貝田「てめえに認められてもな」

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