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落語台本「燃える男」

「燃える男」

ここは、この日初出社の新入社員を迎えるとある会社のオフィスでございます。
戸田「斉藤!」
斉藤「なんでしょう?戸田課長」
戸田「今日から来る新入社員、そう、桑野君だっけか。彼、いつ来るんだっけ?」
斉藤「人事部での手続きが終わって十時くらいに来るって聞いてますけど、(腕時計を見て)もう十一時ですね。」
戸田「そうか、、、。しかし、我が営業二課にも久々の新人だな。」
斉藤「ええ、どんな子ですかね。」
戸田「やっぱさ、若い奴はさ、エネルギッシュで、熱い奴がいいよな、、、。」
斉藤「元気ならいいって言うのはどうですかねえ。一見おとなしいけど、心の中は熱いみたいな奴の方が良くないですか?、、、」

桑野「(元気よく)失礼しまーす。このたび営業2課に配属されました、桑野と申します。よろしくおねがいします。」
戸田「お、早速来たな新人、、、(桑野の頭を見て驚いて)あー!!も、も、も、燃えてる!体から火が出てるぞ!誰か、水、水、消せ!」
桑野(落ち着いて冷静)「あ!大丈夫です!(大声で)大丈夫です。安心してください!」
戸田「(驚いて)だ、大丈夫じゃないよ!キミの頭から炎が出てるぞ!」
桑野「、、、、はい。」
戸田「(間を置いて)、、、はい、じゃないよ!気付いてないの?キミの頭から、炎が上がってるよ!頭が燃えているよ!」
桑野「ええ、燃えてますっていうか、燃やしてるんで。」
戸田「(指差して)燃やしてる?」
桑野「まあ、そういうことですね」
戸田「それ、熱くないの!?」
桑野「ええ。、髪の毛は燃えてないんで、、」
戸田「燃えてるよ!炎が頭全体を包んでるよ!」
桑野「いや、燃えてるのは、髪の毛じゃなくて脂(あぶら)なんです。」
戸田「脂?どういうことだ?」
桑野「ええ。アルコールランプで、アルコールが燃えてて、芯が燃えてないのと同じで。」
戸田「そうか、、、っていうか、お前人間だろ!でも脂って、、塗ってんのか?」
桑野「いや、塗ってるんじゃなくて、出てくるって言うか。ボク、頭がすごい脂性で、何もしないと、脂汗が大量に頭から流れて体中がべとべとに。」
戸田「気持ち悪いな!」
桑野「で、火をつけて燃やしていると、ちょうど油が落ちずに具合が良くて。」
戸田「油が落ちないって焼き肉じゃないんだよ!あと、何だよ具合がいいって!それ、消せないのか?」
桑野「二十分くらいは、ハンカチで拭いてれば何とかなるんですけど、それ以上は、、、」
戸田「どうなるんだ?」
桑野「全身油まみれです。例えて言えば、『原油流出事故の被害にあった海鳥』みたいな感じで。」
戸田「ああ、全身真っ黒でドロドロの、、、そんなになっちゃうの!?」
桑野「はい。」
戸田「困ったな、、、あ、それとさ、さっきから、、(顔をしかめて)ちょっと熱いんだよ!」
桑野「あ、色々、すみません(お辞儀)」
戸田「危なっ!頭を近づけるんじゃないよ!」
桑野「あ、すみません、たまにやっちゃうんですよ。でも、これ、火力はとろ火くらいですから。」
戸田「もう少し小さくできない?」
桑野「そうすると消えちゃうんですよ。」
戸田「昔のガスコンロか!だいたい、よく面接通ったね。」
桑野「まあ、面接は二十分くらいだったんで、つけてませんでした。」
戸田「ごまかしたか、、、。でも今日、人事部がよくOKだしたね。」
桑野「ええ、今朝、私の頭について、人事部で緊急会議があって。」
戸田「そりゃ、頭が火吹いてる奴が来たら、人事部も驚くよな。で、どうだったんだ?人事部の見解は?」
桑野「これもキミの個性だ、ということで、全然オッケーでした。」
戸田「どんだけ寛容なんだよ!でも、、、それ危ないんじゃないのか?」
桑野「ええ、その辺もOKです。人事部長も『直ちに影響を及ぼすものではない』と言っておられました。」
戸田「官房長官か!、、ちょっと古いな、、。でもホントに人事部長はオッケーだしたんだな?」
桑野「ええ。」
戸田「ホントに、人事部長が大丈夫って言ったんだな!?」
桑野「はい。」
戸田「そうか、、、(課全体に)みんな!、桑野君を、、、歓迎しよう!」
斉藤「ちょ、ちょっと!か、課長!」
戸田「なんだ、斉藤」
斉藤「歓迎って、この燃えてる頭が、、、OKですか?」
戸田「人事部がOKって言ってるんだよ。それ以上、、、何も言わせるな。」
斉藤「そんな、、、、今、てっきり課長から人事部長に文句言うのかと。」
戸田「人事部に文句?俺はな、何より保身が第一なんだよ!」
斉藤「今、格好悪いこと、すげえ、ハッキリ言いましたね。」
戸田「じゃあ、斉藤が文句言ってるって人事部に言おうか?こんどの異動で小笠原支店行きかな?」
斉藤「それは、、、、(豹変して)いやー、桑野君みたいな新人を待ってたんですよ!」
戸田「変わり身が早いな。」
斉藤「課長に言われたくないですよ。でも、実際、困りませんかね。頭にたいまつみたいなの載せて社内をウロチョロ、、、一人聖火リレー。」
戸田「オリンピック見過ぎだよ。しかし、桑野君、それ、そのままで大丈夫か?」
桑野「はい。これで意外と便利なんですよ、これ。タバコの火も取り放題です。」
戸田「あ、そりゃ便利だな。じゃあ、宴会の時、スルメあぶってもいい?」
 呑気なもんですが、この頭が燃えている桑野君、無事この会社の一員となりましたが、その特徴もあって、仕事も順調にこなしていきまして、、、

戸田「、、、というわけで、今、配付したのが先月の営業成績だ。第1位は文句なしで桑野君だ。よくやった!入社以来半年、常に営業成績1位。素晴らしい!いやあ、桑野君を初めて見た瞬間から、俺は確信していた、、、こいつは出来る!って」
斉藤「よく言うよ。」
戸田「斉藤!聞こえてるぞ~。斉藤、お前5位だぞ。」
斉藤「はあ。」
戸田「お前5年目だろ。新人に大負けして悔しくないのか?」
斉藤「新人って、、、反則ですよ。こんなの勝てっこないし。」
戸田「何でだ?」
斉藤「何でだって、、、頭が燃えてんですよ!このインパクトに勝てませんよ!一緒に営業行っても、みんなコイツしか見てませんし。あとね、定番のギャグって言うんですか、あれむかつくんですよ。」
戸田「定番のギャグ?」
斉藤「そうですよ、例えば挨拶。ほら、桑野、お前やってみろよ、いつものやつ。」
桑野「ハイ。初めまして!燃えてる男、桑野です!」
斉藤「これで笑わない奴がいますか?」
戸田「客席はそれほどでもなかったようだけどな。」
斉藤「いや、、ライブで見ると笑えるんですよ!で、先方が、『いや、噂には聞いてましたが、ホントですねえ』とか言ったら、なんて言うんだっけ?」
桑野「いやいや、噂になってましたか。『火のないところに煙は立たず』ですねって。」
斉藤「ね、課長、なんかむかつくでしょ。上手すぎて。」
戸田「いいじゃないか。営業トークだよ。な、桑野君。」
桑野「まあ、ありがたいんですけど、ここまで頭、頭って言われると、、、。」
戸田「なんか不満なのか?」
桑野「まあ、満足はしてないですよ。だって、みんなボクの頭ばっかり注目して。なんか契約とれてんのも実力じゃないみたいで。」
斉藤「頭燃やしといて、何言ってんだよ!お前の言ってることはなあ、パンツいっちょで出てきた芸人が、『ボク、ネタのクオリティで勝負します!』って言ってるようなもんだよ!このパンツ野郎!」
戸田「まあまあ、斉藤、興奮すんな。成績で負けた八つ当たりみたいだぞ。そんなことより、桑野君、キミに一つ頼みたいことがあって。」
桑野「なんですか?なんか燃やしましょうか?」
戸田「、、、そうじゃないんだ。今度中途採用の新人が入る事になってな。そいつの面倒を見て欲しいんだ。」
桑野「え?でもボク新人ですけど、、、」
戸田「いや、キミを見込んでの頼みなんだ。まあ、会ってもらえれば分かるから。」
桑野「はあ、、、、」
戸田「(入り口方向を振り返って)あ、もう来てる?待ってもらってんのか。そうか、じゃあ入ってもらって。」

新人「失礼しまーす。本日より入社致しました、森本と申します!」
桑野「あーあー!!!燃えてる!頭燃えてる!」
戸田「どうだ、驚いただろう。桑野君、キミ、テレビで先月取材されただろ。この森本君は、テレビでキミの活躍を見て、我が社に入社したそうなんだ。なんでも、脂の量が多いらしくてな、炎もキミより高くて、勢いがいいな。」
桑野「課長、ホントだ、、、俺より火の勢いがいい!しかも青い炎!」
戸田「ああ、脂の質がいいのか、不完全燃焼がなくて炎が青いらしい。きれいだな。」
桑野「きれいって、、、いいんですか?課長!こんなの危なくないですか?」
戸田「キミが言うかね?人事部が安全宣言出してるから大丈夫だ。」
桑野「こんなに炎が高いと、スプリンクラーが作動しますよ!」
戸田「大丈夫。君が採用されてからスプリンクラーは切ってある。」
桑野「逆に危ないな、、、。でも、炎の勢いが強すぎますよ。規則にありませんでしたっけ、頭からの炎は頭上20センチ以内って。」
戸田「ないよ、そんなの!まあ、ごちゃごちゃ言ってないで、桑野君!、早速営業先の挨拶回りだ。新人を連れてってくれ!いいか、頼んだよ!!」

桑野「ただいま戻りました。」
戸田「おう、戻ったか!燃える若者2人組!、で、桑野君、どうだった?新人は?」
桑野「、、、どうだったって、まあ、注目の的ですよ!」
戸田「そうか~、やっぱり森本君の炎は勢いがあるもんな!」
桑野「課長と同じですよ。ええ、行く先々で、いや『炎の勢いが強い!』だの、『青い色がいいね!』だの、注目浴びて、森本も調子に乗っちゃって、、、。」
戸田「いいじゃないか~。営業は相手に覚えてもらうことが第一だからな。」
桑野「そりゃ森本はいいですよ。でも、俺なんか、、、」
戸田「何かあったのか?」
桑野「森本の火の勢いがいいのはいいですよ。でも、コイツのせいで『桑野君、今日、元気がないんじゃない?火の勢いが悪いね?』とか言われちゃって。」
戸田「え?そうじゃないの?」
桑野「課長まで、、、。普段と同じですよ!大体、(隣の森本の火を見上げて)こんなの、どうですかね、ちょっと反則じゃないですか?」
戸田「君が言うかね?」
桑野「いや、こんな青い炎で目立って契約とっても、所詮外見だよりで長続きしないですよ、、、」
戸田「それも、君が言うかね?、、、いいじゃないか何だって。だいたい桑野君、今さっき、余り外見ばかり見られたくないって言ってたばかりだろ。」
桑野「そうですけど、、、なんか、物マネ芸人の方が売れちゃったみたいな気分ですよ。美川憲一の気持ちがよくわかる、、、」
戸田「なんかぶつぶつ言って不服そうだな、、、。おや?桑野君、嫉妬してんじゃないか?」
桑野「し、嫉妬?やめてくださいよ、ボクがコイツに、嫉妬なんて、、、」
戸田「いや、嫉妬してるよ。そうだろ!その証拠に顔が真っ赤だぞ。どんな気持ちだ。」
桑野「ええ、今は、、、顔から火が出る思いです。」
(おわり)

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