〈練習問題①〉文はうきうきと 答1

※『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』(フィルムアート社)の課題用に書いたものです。

 昔むかし、神さまがいろいろな生きものを創る仕事をしていたころの話です。新しい島ができたので、そこに暮らす生きものたちを、神さまはたくさん創りました。あまりにたくさん創ったので、神さまはちょっと疲れてしまいました。

 その頃、まだ「神さま」と呼ばれる存在はひとりだけで、神さまには友だちがいませんでした。友だちがいないということは、つらいことや悲しいことがあったときに慰めてくれる存在がいなければ、うれしいことや楽しいことがあったときに、その喜びを分かち合える存在もいないということです。

 神さまが創った新しい島に暮らす生きものたちは、とても仲良しでした。雨がふって寒い日には、お団子のように丸まってくっつき、それぞれの体温でお互いを温めあいました。お天気の良い日にはみんなで並んで座って両手をあげ、お腹に太陽の光を当てて体を温めていました。そのときの気持ち良さそうな顔といったら、このうえなく幸せそうでした。

 そんな生きものたちの様子を空の上から見ていた神さまは「なんだかいいな、うらやましいな。なんでぼくはひとりなんだろう?」と思い、神さまは自分が淋しさを感じていることに気がつきました。そこで神さまは「よし、ぼくもぼくだけの仲間を創ろう」と思いました。

 最初に神さまが創った仲間は、自分を分身させた仲間でした。「分身」とは、ひとつの体がふたつに分かれることです。でも、この一番目の仲間は考えることや、することも神さまと同じなので、お互いに話していても「なんだか、ひとりごとを言っているみたいだなあ」と神さまは思いました。

 そこで次に神さまが創った仲間は、自分を分身させつつも、自分とはあべこべのことをする仲間でした。「あべこべ」とは、自分とは反対ということです。二番目の仲間と過ごしはじめたばかりの頃は、神さまは仲間のことを面白いなと思っていました。でも、神さまが良かれと思って何か——たとえば、島の生きものたちが暮らしやすいように、昼間の時間と夜の時間を半分ずつにするとか——をしようとするたびに「いや、それは良くない」と二番目の仲間は言い、神さまのすることなすことをけなすようになりました。二番目の仲間に何か言われるたびに神さまは悲しくなり、「なんだか、ひとりのままのほうが良かったなあ」と思いました。

 ふと神さまが島のほうを見下ろすと、ある生きものがいました。この生きものは、同じ仲間の群れから離れたところにいて、群れを見ながら淋しそうに指をしゃぶっています。「この生きものは、どうしたのだろう?」と神さまは思い、指をしゃぶっている生きものをしばらく空から眺めることにしました。

 この指をしゃぶっている生きものは、どうやら他の仲間と比べるとちょっとだけ体の動きが遅く、そのせいで仲間はずれにされているようでした。仲間はずれにされるたびに群れから離れ、淋しさを紛らわすために指をしゃぶってばかりいるので、その生きもののあごの形はすっかりゆがんでしまっています。「この生きものが抱えている気持ちは、ぼくが抱えている気持ちと同じものじゃないだろうか」と、神さまは思いました。

 つづけて眺めていると、指をしゃぶっていた生きものは、仲間から食べ物を分け与えてもらえず、どんどん痩せてしまいました。神さまは、この生きものの寿命がもう長くないことに気がつきました。「このままひとりきりで死なせてしまうのは、なんだか悲しいな」と思った神さまは、さっと島まで降り、生きものを胸に抱えるやいなや、さっと空に戻り、生きものを三番目の仲間にして一緒に暮らしはじめました。

 この三番目の仲間は言葉を持たないので、神さまは自分の気持ちを伝えるのに最初は苦労していました。また、暮らしかたも神さまとはまったく違うので、神さまは自分の暮らしのかたちを変えなくてはいけませんでした。一緒に暮らしはじめたころ、神さまは「なんで空に連れてきてしまったのだろう」と思うこともありました。

 でも、一緒の暮らしをつづけていくうちに、神さまと三番目の仲間は、だんだんとお互いの思うことが分かるようになり、だんだんと仲良くなりました。

 ある日、指しゃぶりの生きものと並んで座り、お腹に太陽の光をあてているとき、神さまは三番目の仲間に「ぽかぽかしていて、気持ちいいね」と話しかけました。三番目の仲間は言葉を返しませんが、神さまのほうを向きながら、ゆっくりと目を閉じました。神さまには、生きものがほほえんでいるようにも見えて、なんだかうれしい気持ちになりました。

 そして神さまは「もし自分と似た姿かたちの生きものを創ることになったら、この三番目の仲間みたいに、同じ言葉を持っていなくても側に寄り添ってくれる仲間も創ろう」と心に決めました。

 私たちニンゲンにイヌやネコといった、同じ言葉を持たないけれど人生の相棒ともいえる仲間がいるのは、神さまに三番目の仲間がいたおかげなのです。

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三番目の仲間は、日本モンキーセンターに暮らしている、ワオキツネザルのチャツネさんをモデルにしました。