かいてどうにかするしかない__2_

1.物語の力

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15歳のわたしは地元の進学校に通った。
その前の春に、苦くて濃厚な初恋を終わらせていた。
その後味のせいなのか、まともな高校生にはなれなかった。

高1の夏休みは、親に内緒のコンビニのアルバイトで作ったお金と、親の知らないプリペイドの携帯電話にすくわれた。
夜の密だけを吸う夜光虫のように過ごした。
その甘さに慣れた体には、9月の残暑はよけいに堪えた。

2学期にはいってすぐの学年テストで、誇らしげに先生から名前を呼ばれたことで、免罪符を手に入れた気になった。理数科を押しのけて普通科が上位に入ったそうだ。
その瞬間、かろうじて残っていた学業へのストッパーも振り切ってしまったのだ。中学時代の貯金があってよかった。
残金がゼロになるまでは、わたしは自由ということでしょ?


クラスでは陸上部の子が、帰宅後にマラソンをする話に目を剥いた。
問題集をもとめて 放課後に本屋に行く約束にも
車の音が聞こえるほど 静かな授業や
野球部のしつこい応援練習の、すべてに なじめなかった。


ある朝、意地悪な独身の数学教師に 出席を取ってもらえなくなった。

抗議にいくと、髪が明るい生徒はこのクラスに居ないことにしていると、男はニタニタ告げた。目線はスカートの丈をむいている。

青春に逆襲する大人にも興味が失せてしまった。
そんな大人ばかり、もう見飽きていて、新しい大人がどこにもいない。
あの田舎から離れれば新しい世界があるとおもっていたのに。
世界は、なんて、つまらないんだ。


その日、学校を早帰りした地元のバス停で、中学の同級生に会った。


最初にアサミに会ったとき、彼女は夏服を着ていた。
あかいチェックのスカートと白シャツにリボン。
隣駅の商業高校の制服は、紺色のハイソックスがとても似合う。
わたしの紺と白の2色の制服なんて、一つもおもしろくない。

たしか、そんな話を最初にしたとおもう。


アサミは友人の友人で、中学ではあまり話したことがない。
しかし、変な時間にバスを待つ同級生との距離は 一気に縮まった。

携帯の番号を交換したわたしたちは、すぐに一緒に遊ぶようになった。


あれ以来 アサミが制服を着ているところは見なかった。

友人伝手に、アサミはまもなく高校を中退したと聞いた。
イジメられクラス中から無視されていたそうだ。
そんなところ行く必要はない。
アサミは人目を惹く驚くような美人だった。
アサミに制服は似合わなかった。そこにきっと子どもっぽい女たちは嫉妬したのだ。抜き出たオンナを遠巻きにしたのだろう。その幼稚な保身のために。

アサミはわたしにその話はしなかった。
もう知っているのだと思っていたのだろうか。
依然、制服を脱がないわたしに 話せないと思ったのかもしれない。

アサミはそういうところが、繊細で人一倍やさしい。


わたしたちはお互いのことを聞こうとしなかった。
だけど夜中によく電話をして、約束をしては飲み屋で話し、会計の時間になると誰かを呼びつけた。2人で宵越しの酒が飲めるのなら、誰が来てもよかった。
もうどの顔も覚えていない。


アサミと2人で居られるときまでが、遊びの時間で、終わればただ義務が待っている。
それが終わらないと、また2人きりになれない。
朝、再開を果たしたわたしたちは、顔を見合わせて笑って、疲れ切って寝た。

たまに、アサミが彼氏と住んでいるという家にも遊びに行った。
ベッドとテレビとテーブル以外、何もない男の部屋には、アサミの食器のひとつもなかった。
一瞬、知らない人の部屋に通されたのかとおもったほどだ。
実は合鍵をくすねて、住人の出かけている間にそこを間借りしていると言われても、不思議じゃなかった。


16歳のときのわたしは、そういうことが不思議でもなければ、危険でもないような日々を過ごしていた。

危ない橋を渡っている友人ばかりが、周りに何人もいた。
たまに姿を見せないと思えば、ちょっと箱に入っているそうで不在だとか。
また出てきたはずのに、今度は本当にいなくなっちゃったね、とか。

噂は風が吹くだけで消えてしまう。
そんなことすぐにみんな忘れてしまった。
わたしも、みんなも、記憶喪失で生きていた。

とがり切ったナイフのように、怖いものなんてない風で、だけど本当にマズイものへの嗅覚だけは持っていた。
持っていない子と一緒にいるのは、それだけで危険なのだ。


ある日アサミが真っ青な顔をして話しかけてきた。
共通の友人が、ちょっとマズイ筋の彼氏を裏切っていて、それを彼がかぎつけたらしいという相談だった。
どうやら、今夜現場を押さえると息巻いていると。

「どうしよう、ユウコ、今回はヤバい…」

青くなるアサミを前に、体温が下がり奥歯をかみしめた。
なんて話を仕入れてしまったの。

その男は本当にマズイ。

わたしたちは闇空の下の方で、チャラチャラ遊んでいないといけない。
空に潜むハイエナに、見つかってはいけない。
彼らは姿が見えないマントを纏っていて、掴まえた獲物は逃さない。
真っ黒な闇空からは、時折大きな手が降りてきて、仲間が消えることがあった。捕まったら最後、皮しか残らないか、川に流されて人知れず消えてしまう。

わたしたちは体のいい鴨なのだ。
この世には、本当にマズイ筋という暗い道があるのだ。


じぶんが、その男の彼女だなんて、ユウコは知らなかった。
わたしだって、今知ったのだ。

ああ、聞いていたのに何もしないなんてこと、できるわけないじゃないか。


わたしたちはユウコを奪回すべく、仕事終わりで車を持っている男の子を呼び、3人で007よろしく現場にかけつけた。

鍵のかかっていることを祈ってドアノブを回すと、運悪くドアは空いてしまった。
ああもうぜんぶ、仕方がない。
暗い玄関の向こうには、青白いライトのともる部屋があり、ユウコの聞いたことのない声が微かに響いていた。

何度、後ろを振り返りアサミと顔を合わせたか。わたしも無事では済まないかもしれない。でも今回は、本当にマズイ。恐らく相手の男も知らないはずだ。

知っていたら、あんなマズイ男の彼女とゆうゆうと、今こんな風にベッドで笑っていられるわけがない。わたしは震えながらも声を掛けた。

「ユウコ!かえるよ!」

「るんば・・・?」

その男は怒鳴ることもなく、ユウコをわたしたちに おとなしく帰した。
理由も聞かず、ユウコが1人で服を着るまで、煙草を吸いながら眺めていた。

ああもう、幻滅だ。

ゼッタイに帰った方がいい、ユウコ。
コレどっちも、全然ダメなやつ。
片方を安全に切ってからの方がいい。


帰りの車の中で、今日の事情を聴いて、ユウコは泣いた。

ごめんね、ごめんね、るんば、アサミ。ありがとう。

泣かないでユウコ。
これは、なんの涙なんだろう。
泣きたい理由なんて、わたしたちにはいくらでもあった。
涙の代わりにわたしたちは命を懸けて遊んでいたのだ。

その涙が、ユウコが自分に流す涙であってほしかった。帰ったあとの自分に流す涙はわたしたちと一緒の時に流してほしい。

大丈夫。わたしたちは無事に帰れた。
飲む気になどなれなかったが、飲めるなら、祝杯をあげたい。
そんな気持ちと緊張と吐き気で、4人はその夜、おとなしく帰った。

そしてまた、わたしたちは何もなかったように、遊ぶ約束を繰り返すのだ。


いつの間にか、高1は終わった。
あの時のことは断片的にしか、思い出せない。
ほとんど酔っていたか、二日酔いか、寝ていたのだ。
残る記憶は、インパクトの大きなものだけだった。


あの時までは、アサミはアサミだったとおもう。
バス停で会ったアサミのまま、
化粧をするようになり
露出の多い服を着て
綺麗なカラダを惜しげもなく晒し
わたしは眩しいものを見るような気持ちで
隣に寝っ転がって、漫画の話で盛り上がったりした。

まだ、アサミはアサミを維持していた。まだ。

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