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腐った酒の色。2

いちのつづき

彼とわたしは、3つ目の季節を超えられなかった。

彼と1つ目の季節を超えるころ
部屋で夕食を取っていると
彼女と別れた、と聞かされた。

彼女いたの、と驚くよりもまず
そりゃそうだろうとおもった。


その一言にそんなに影響力はなかった。
わたしは変わらず まっすぐに幼い。

ただ、そんな不安定など どうでもよくなるほど
彼は最初の時よりも 強く たしかに
わたしを苛めるようになっていた。

わたしはそのたびに、安心した。


車の中でも 酒の席でも ベッドの上ですらも
彼の言葉と 疲れた首元と きれいな指に 煽られ
昼も夜も わたしは ろうそくの炎のようだった。

しなるように見せておいて、そのじつ
彼を見下ろす光景こそ わたしの目的であった。

眼下の人の中に燃える 子どものような欲を
わたしは真っ直ぐに正面から嗤い嘲り、挑んだ。


言葉の約束よりも、心と体の確かさを信じ
それらを じぶんのものにしないと気が済まない

その自覚は いつもわたしの中で
仄暗く目障りなのに 消えない。

わたしを支配するとき 彼らの欲は歪に揺らいだ。


欲は醜くければ醜いほど 有用だ。


その揺らぎがたまらない。
なんなら、揺らぎだけを置いていってほしい。
揺らぎを食べるために彼らの側にいる気さえした。

そういう恋愛が、ほとんどだったかもしれない。


じぶんの中にある汚れた揺らぎやエゴと同じものを
恋人の中に見つけては悦ぶのだ。
汚いのは、じぶんだけじゃない
相手がエゴを出さなければ、わたしも出すことができないほど、臆病だった。醜さを求めた。


わたしはもう どこかが おかしい


11歳で最初に欲情した相手が親友だったときから、その自覚は芽吹いた。5年をかけて、芽は大きな蕾になった。20歳になる前には、もう無視できないことを諦めた。そして花が開くまでのモラトリアムを、執行日を祈るように過ごしていた。


わたしこそ身勝手で愛を知らない
エゴだらけの人間だとは、だれにも言えない。


みんなが普通に教室で話す恋愛とわたしの恋愛は
なにかが決定的に違っていて
表面的に話を合わせることさえキツかった。

性と恋はわたしにとっては欲そのもの。
2つはセットだ。
あの最初の恋愛の刷り込みの威力は凄まじい。


欲の前では、教室やファストフードで騒ぐ
浮気だの 遠距離だの 贈り物だのは
本番のための準備物のようにさえ、感じていた。


人はじぶんのものになど 決してならない。
追い求めない恋など 恋じゃない。
そうおもっていた。


わたしの性と恋は 自分を慰めるエゴだ という
どうしようもない自覚のせいで 孤独感は強かった。


みんなの温かな明るい恋は
次第にいつかになるもので、
わたしは一足先に闇に行ってしまい
段取りを無視してしまったのだろう。

だからいつか
みんなこっちに来るのだと思って待っていたけど
一向に 落ちてこない


相手の中に性欲だとか嫉妬だとかを
見つけては安心することが、ないのだろうか。


ああ、本当にいよいよマズイ。
黙って餌を運ぶ雄を
最後に食べるつもりで生かす 昆虫と わたしに
そう差はないのだ。

そんなことは ほんとうに誰にもいえない。


言わずに、しかし 虎視眈々と エゴの摂取を
やめられないのを、彼には見透かされていた。


「あなた、バカなん?」


そんなことだれも言わなかったから。
たぶん泣きたかった。すごくうれしかった
だれにも この恋を説明なんてできない。
どんなに大事なのか。わたしにとっての恋が。
わからなくていい、と頑なに殻に篭った。



彼もそうとう変わり者だった。

それまでに見たことのあるエゴの中でも
ピカイチだとさえおもった。
似てる。この人、わたしと。


彼女がいても平気でわたしの家に来て
気乗りしなければ一切メールの返信もしない。

気分を害すれば、笑顔のまま帰った。

通り名がいくつかあって
その場所ごとに違う名前で呼ばれていて
それを隠すこともしなかった。

誰にでも優しいのに、わかっていて助けない。

正体不明だけど話せば楽しい。

みんなが、変わってるヤツ、と口を揃えた。

悪いことはわたしだけに教えてくれた。
みんなには、内緒。


わたしは彼のそんなところに救われた


こんなに 心底から 安心して
すべてを曝け出せることが、
この世にあるとは 思ってもなかった。

わたしのもつ 人の悪さの 最低ラインを
彼は嗤ってくれるのだ。
その、同じ人の悪さで。

初めて自由になり 初めて家から出た気がした。
あの家族は ここまでは 追いかけて来られない。
あの地元も あの空気も 昼間の時間も
だれもわたしを見つけられないだろう。




彼の落とし方と救い方の 落差はひどかった。

喧嘩を売られ プライドをズタボロにされ
なんでそこまで、おかしい、と
悲しくて怒り泣いたのも、初めてだった。

わたしに優しくすることを
人に強制したい
と思ったのも 初めてだった。
そしてキスひとつで 容易く満たされる。

その繰り返しのおかげで
慰めを甘え乞うという行為を、ようやく覚えた。


優しくしてほしい。と、言える。

じぶんの中に そんなじぶんがいたことを
わたしは初めて知った。
わたしの中にもあったのだ。そんな感情が。


頑丈なタマゴの殻を 割られ
隠していた 柔らかい気持ちを露出する。
それは 体を重ねるよりもずっと ずっと ずっと
勇気のいることだった。わたしには。

一生、隠して生きねばならない という絶望は
粉々に砕かれていった。

それを半強制的に やらされるのだ。

その蜜の味たるや。



わたしは隠してきた 沢山の感情の種を
彼の ヒタヒタのスポンジの上に ばら撒いた。

彼は 出てきたばかりの新芽の
下手くそな伸び方を 嗤い
その真新しい柔らかな茎を 愛でたり
眉をひそめたりしたが
どんなに醜い芽であっても
捨てるよう進言することはなかった


あなたやっぱ、ばかじゃないの?と言って
そのままにさせてくれた。

土が見えないくらい ところ構わず芽を出し
彼の前に晒す喜びに 震えながら
どこまでも広いスポンジの上を 跳ね回った。

うれしい。ここは、どんな姿でも、いい。


あのひどい畑の様を見ても可愛いと言った彼は
いま思ってもやはり、優しいとおもう。
彼もまた 同じ自由で 優しい土だった。

わたしは 彼の土が どんな匂いのときも
その前に全面降伏し 畏敬の念を 胸に抱いた。
存分に エゴを堪能させてもらいながら、
その彼のエゴを 愛でた。


彼の心の底にはわたしと同じタールがあった。


そのタールがどんな姿でも、
そのタールこそがスポンジとなり
わたしを受け入れてくれているのだから
それを守らないわけにはいかない。

ともに堕ちていくことを怖れないと、
わたしは笑った。


それほど わたしだけのスポンジは 甘美だった。


昼間どこにいても、そのスポンジを想うだけで
クドイ甘さが 体の奥で広がり、飢えた。


もっと、もっと。もっと!


わたしの目は爛々と濡れていただろう。
彼はわたしの目を見つめ返す。同じ目をして。
でも、時折黒目が揺らぐのを 見ないふりをした。

見ないようにしていたことが、たくさんある。

いち。さん。よん。


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