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腐った酒の色。1

京都置屋生まれの26歳元バンドマンとわたしは
学部の友人に呼び出された飲み屋で出会った。

彼は 花屋と 商社と飲食店を 掛け持ちしながら
カフェの開業資金を貯めていた。

その飲食店で 同じ学部のわたしの友人と知り合い
今夜の運びとなったのだ。


初対面のその日、彼はわたしをこっぴどく馬鹿にした。その清々しいまでの こきおとされ方は衝撃だった。

あの時もう わたしは彼を好きになったのだと思う。


21歳のわたしは、そんな男に滅法弱かった。
そういうインパクトが好きだった。
そのうえ、誰になんと酷いことを言われようとも
屁でもない。それは自信のようで、違う。
孤独の力がそうさせた。そのくせ、ものすごく生命力に満ちていて、そこにだけは自信があった。


もし今出会っていたら、クソ生意気なヤツだ
わたしもこき下ろしたか、無理やり言うことを
聞かせてやろうと思ったかもしれない。


彼もそうだったのか、
とにかく執拗に その後も そういうことはあった。


大学では週3回のディベートにハマっていた
わたしは 彼にかかると 噛みついた噛み跡さえ
綺麗に容易くひっくり返され 、面食らった。

倒されても倒されても起き上がり
そんなひっくり返し方は反則だ と更に噛み付いた。彼は笑っていた。


久しぶりの正体不明の高い崖に燃えるも
掴んだ岩は いとも簡単に剥がされてしまう。

なのに わたしが滑落し 顔色を変えると
煙草を持っていない方の手で 易々と救ってみせた。

女のような手で わたしの頭を撫でて笑った。


その難攻不落さと 指のきれいな手のせいで
わたしはあっけなく恋に落ちた。



付き合おうとか、付き合ってとかいう言葉もなく
気がついたときには 布団の中で彼を待つのが
普通になっていた。


日付が変わる時刻になると、彼はやってくる。

花 と 汗 と 油の匂いがした。

胸に うずまる頭を 抱きしめれば
盛大に紅い花は 散らされ
月が白くなる頃に かれは姿を消す。


明け方、わたしは彼が遅刻するよう
いつも半分本気で悪戯をけしかけた。

その水甕を名残惜しげに振り切る彼は
いつもの通り健全な朝日の中に
いってしまうのだけど

うしろ髪を引かれる寝癖のついたままの後頭部に
次の約束を見つけては 満たされて寝た。


不安があるほど、わたしは安心した。
不安のない安心などは信じない。


わたしはこの関係に、いたく満足していた。


彼がその間柄を 本当は どうおもっていたかは
この恋の終わり頃に知ったのだった。

。さん。よん。