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中小企業診断士 森健太郎シリーズ⑦小さき者たちのANTHEM※中小企業経営・中小企業政策(前編)
はじめに
この記事は中小企業診断士一次試験合格のため、試験範囲の論点を記憶する目的で執筆した記事です。私は受験前ですので中小企業診断士の資格は取得しておりませんし、登場する人物および会社はすべてフィクションです。
中小企業診断士の有資格者の方や専門分野の知見をお持ちの方がご覧になられていたら、内容の齟齬や間違った理解をしている箇所についてご指摘、ご指南いただけると幸いです。
試験後に時間があれば記事にしたいと思いますが、私は認知特性タイプが言語優位(言語映像型)で文章の読み書きによる記憶や理解を得意としています。ストーリー法とプロテジェ効果を利用した学習の一環として記事を執筆しております。
小さき者の叫び
熊川春樹が「うちなんか全然だめだよ。味噌屋なんか継がずに転職すりゃ良かったわぁ。」と居酒屋で愚痴をこぼし始めたのは21時頃だった。
熊川は森と大学の同期で卒業後に食品メーカーに入社し、営業と商品開発部門を経験した後、35歳の時に実家の熊川味噌本舗に入社した。次期社長となるべく父親の右腕となって経営を担っている。
お互いに仕事が忙しく、2~3年に1回ほどしか顔を合わせていなかったが、偶然に信号待ちで出くわし飲みに行く約束をしたのだった。子供が生まれたばかりの熊川は仕事と子育てに奔走しているようだったが、徐々に将来についての不安を口にするようになった。
「結局さ、中小企業なんて1円パチンコみたいなもんでさ、儲けが少ないギャンブルなんだよ。大企業にいれば会社が潰れて露頭に迷う心配もないし、福利厚生だってしっかりしてる。それに森みたいなコンサルタントに金を払わなくていいしな。」
森はハイボールを飲みながら、熊川を睨んだ。
「俺はまだお前に何も請求してないけどな。それに、あたかも大企業に勤めたことがあるような言い方をするじゃないか。」
「そりゃそうだろ。資本金が2億もあったし、全国のスーパーで販売してる商品を作ってた食品メーカーだぞ?今の会社に比べたら大企業だ。」
「中小企業基本法では、資本金3億円以下または従業員300名以下の製造業、建設業、運輸業の会社は中小企業だ。」
「けっ!そして、そのか弱い中小企業を診断するとかなんとか言って金を巻き上げるのが森の仕事ってわけか。」
レモンサワーを勢いよく流し込んだ熊川がくだをまく。
「日本の中小企業は約360万。企業全体の99.7%が中小企業だ。」
「そうなのか?ほとんど中小企業じゃねぇか!」
「熊川。お前、風邪ひいて内科に行って薬を処方された時に金を巻き上げられたって思うのか?」
「高いなぁと思ってもクレームはつけないよ。自己管理がもっとできればよかったのにとは思うけど。」
長茄子漬を咀嚼しながら森は話を続ける。からしをつけすぎたようだ。
「だよな。医者の仕事のほとんどは診断と処方なんだよ。どんなに小さな自治体だって医院やクリニックは必ずあって、老若男女問わず体の不調は起こる。自分の健康も管理できないのに、会社経営は自分で管理できると思ってるやつばかりだ。お前みたいにな。俺の仕事はそういう経営者を診断して分析して薬を処方することだ。場合によってはメスで腹も開くし、歯だって引っこ抜く。」
「森が企業経営のブラックジャックだってことはよくわかったよ。当然、うちみたいな零細企業には目もくれないんだろうな?」
そういうと熊川は勝手に二人分の飲み物を注文した。
「ブラックジャックが金のない患者を探して歩くと思うか?例えば、売上100億円で従業員が500人の会社と売上10億円で従業員が30人の会社ならどちらが儲かっている?つまり、会社の規模と経営状況はあまり関係ない。大きい会社の方が事業の数も規模も大きいから倒産はしずらいというだけだ。」
「ってことは、うちも売上を伸ばせる可能性があるということだな。」
「その通り。でも何もせずに急に味噌が売れ始めることはない。何かを変える必要はあるかもしれない。中小企業は大企業に比べて物事を変えるスピードが早い。つまり時代や地域の変化に対応しやすいということだ。」
2人は大根おろしを乗せた厚焼き玉子をほうばる。
「っていうけどさ、原材料費も電気代も上がって、採用だってうまくいかない。何から手をつけていいのやら。」
森は赤いキャップの卓上醤油さしを熊川の顔の前に持っていった。
「この醤油の売上を上げるにはどうしたらいいと思う?」
「そりゃお前、品質を上げて、パッケージを変えて、広告を打って、営業をがんばるんだろうが。」
森は小さく溜息をついた。
「熊川の真摯で真面目な姿勢が伝わってくる答えだ。でも、国宝級のアホだな。お前は味噌屋に戻って脳味噌まで発酵したのか?」
熊川は眉間に皺を寄せて森を睨む。
「なんだとぉ?じゃ他にどんな方法があるのか言ってみろよ。」
「差し口の穴の径を広げるんだよ。醤油の出る量が増えて消費量が増えるだろ。」
「そんなことしたら塩分の取り過ぎだろうが。」
「なら減塩にしたらいい。」
「塩分を減らしたら味噌醤油の保存が効かなくなるし、味が落ちる。」
「今時、冷蔵庫のない家庭や飲食店があるか。醤油の味の劣化に気づく一般人がどれくらいるんだ?」
熊川は怪訝な表情を浮かべていた。
「要するにちょっとした工夫を出来るか出来ないかが、中小企業の生き残る道であり、強みでもあるんだ。味噌だって洗濯洗剤のボトルみたいにして、ワンプッシュで計量できるようにすれば若い人だって使いやすい。」
「おっ!それはいい!ちょっとメモする!」
途端に表情が明るくなった熊川を森が制した。
「ちょっと待て。ただのアイデアだし、十分な検討が必要だ。それに、熊川の場合は日本の中小企業について誤解していることがたくさんありそうだ。」
「たしかに知らないことはたくさんあるけど、それを知って何になる?」
「日本の産業を支えている中小企業の現状を知ることで、自分のたちの位置を確認するんだよ。それを知らないとどんな手を打つかが決められない。」
「ちょっと何言ってるか分からないけど、せっかく教えてくれるなら聞いておこうか。ハイボール1杯奢るから。」
「ハイボールと舞茸天ぷらもだ。」
2人は顔を見合わせて笑った。
小さき者の輝き
「ではまず、日本の会社の99.7%を占める中小企業の構成についてざっくりと説明する。中小企業白書の業界の分類は次のような項目になっている。①鉱業、砕石業、砂利採集業 ②建設業 ③製造業 ④電気、ガス、熱供給、水道業 ⑤情報通信業 ⑥運輸業、郵便業 ⑦卸売業、小売業 ⑧金融業、保険業 ⑨不動産業、物品賃貸業 ⑩学術研究、専門・技術サービス業 ⑪宿泊業、飲食サービス業 ⑫生活関連サービス業、娯楽業 ⑬教育、学習支援業 ⑭医療、福祉 ⑮複合サービス業 ⑯サービス業(他に分類されないもの)これらの中には農林水産業と会社以外の法人は含まれていない。」
「どれも生活に必要な業種ばかりだな。これだけの産業を中小企業が支えているのか…。」
「そうだ。この業種の中で事業者の数が一番多いのは小売業だ。順位で言うと、小売業⇒宿泊業、飲食サービス業⇒建設業⇒製造業となる。」
「小売業ってスーパーとかホームセンターなんかの店舗ってことだろ?そんなにたくさん数があるんだな。」
「中小企業の中でも、常時使用する従業員が20名以下の法人を小規模企業者と言うんだが、小規模企業は約300万ある。全体の約8割強だ。小規模企業の中でも、小売業⇒宿泊業、飲食サービス業⇒建設業⇒生活関連サービス業⇒娯楽業となる。商店や飲食店は小さい事業者がやっているケースが多いんだろうな。」
熊川は腕を組んで考えを巡らせた。
「全体の8割強がうちと同じ小規模企業者とはなぁ。意外だった。従業員20人以下の小さな事業者が日本を支えているんだな。」
「今のデータは会社の数だが、中小企業で働く人の割合もかなり高い。例えば中小企業の従業員は約3200万人で、全体の68.8%にもなる。小規模企業の従業員数は約1000万人で全体の22.3%に相当する。」
舞茸の天ぷらに塩をパラパラとかけながら森は話をつづけた。
「小規模企業者を含めた中小企業、さっき紹介した業種に当たる企業のことだが、2012、2014、2016年の企業数は全体的に減少している。一部の業種は2012と2016を比較して増加している。例えば医療・福祉や電気・ガス・熱供給・水道業だ。」
「医療・福祉の企業数の増加は少子高齢化対策によるものなのか。電気・ガス・水道は太陽光やバイオマス発電なんかの新エネルギーを供給する事業者が増えたということなのか…。」
「2012年から一貫して減少しているのは、「鉱業、採石業、砂利採取業」、「建設業」、「製造業」、「運輸業、郵便業」、「小売業」、「金融 業、保険業」、「不動産業、物品賃貸業」、「生活関連サービス業、娯楽業」、「サ ービス業(他に分類されないもの)」だ。」
「人口が減れば、物は売れなくなるから製造業や小売業の数は減少する。それに保険や不動産や娯楽も少なくなっていくということか…。」
「そんなところだろうな。ちなみに、中小企業の中で小規模企業者の割合が一番多いのは建設業だ。従業員数で一貫して増加しているのは中小企業、小規模企業者ともに電気・ガス・水道だ。」
熊川が焼酎のグラスを指でかき混ぜながら考えていた。
「でもさ、中小企業の数が減っているとは言っても、新しく事業を始める人だって当然いるわけだろ?結構前から起業起業ってあちこちで聞くじゃん。」
「たしかにその通りだ。この30年ほどで年功序列や終身雇用の文化は過去の遺物となった。因果関係の有無は分からないが、世界のトップに君臨する日本企業もいなくなってしまった。それ故に、GAFAMのような新しい事業を生み出そうと日本政府は躍起になっている。しかし、かなり前から廃業率が開業率を上回っている。これを開廃業率の逆転現象という。」
「かなり前からって…。一体いつからなんだ?その逆転現象は?」
「開廃業率が最も早く逆転したのは小売業だ。それが1981~1985年の話。その後1989年からは全体的に開業率を廃業率が上回っている。」
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「1981年って…俺たちが生まれる前から小売業はそんな状態だったのか。」
森は水を一口飲んだ。
「俺らが子供の頃、新しいスーパーやデパートがどんどん出来ただろ?その代わりに八百屋や魚屋がどんどん廃業していったということなんだろうな。」
「なるほどね。個人商店が淘汰されていったというわけか…。中小企業の数が減少しているということは当然、売上なんかも減ってきているんだよな?」
「それがだな。非一次産業の売上高は2011~2013~2015年の間に一貫して増加している。小規模企業者も同じく増加しているんだ。」
「なんだって?企業数は減っているのに売上高は増加しているのは何故なんだ?羽振りのいい業界があるのか?」
「2015年の業種別の売上高のランキングは「卸売業」⇒「製造業」⇒「建設業」 ⇒「小売業」だ。卸売業というのは分かりやすく言うと商社のことだ。三菱商事や三井物産や伊藤忠商事と言えば分かるか。海外からの輸入が増えた事やコンビニエンスストアの増加が卸売業の売上高を押し上げているんじゃないかと想像するが、実際のところはよく分からない。」
「それじゃ、中小企業の売上高と言ってもかなりの額になるということか?」
「その通り。2015年の中小企業の売上高は約630兆円。小規模企業の売上高は約136兆円で、 全売上高に占める割合は中小企業が44.1%、小規模企業が9.5%。小規模企業者の売上高は従業員数と同じく建設業が一番高い。」
「630兆円?会社の99.7%も中小企業なんだからそのくらいの売上があっても不思議はないな。でも、企業数の割合は高いけど、売上高の比率は半分くらいしかないのか…。」
森はハイボールのお代わりを注文して、にやりと笑った。
「脳味噌までは発酵してなかったみたいだな熊川。県別に見た総従業員数(働いている人)の割合では愛知県の中小企業の従業員比率が70・8%に対して東京都が41・3%だ。小規模企業者についても愛知県が19・8%、東京都が8・8%だ。」
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「意外だな。愛知県民はほとんどトヨタで働いているんだと思ってた。」
「だよな。トヨタの関連会社の中小企業というのもたくさん存在するんだろう。東京に至っては約半数が大企業で働いている。大企業が多く集まっていることも要因の一つだし、大企業と言っても正社員だけではなくパートやグループ会社なんかに務めている人も多いんだろう。売上高の他に産業別付加価値額という指標もある。これは、ある産業で生まれた新たな価値を金額で表したものだ。」
「新しく生み出した価値か。産業別付加価値額の構成はどうなってんだ?」
「2015年の中小企業の付加価値額は約135兆円、小規模企業の付加価値額は約36 兆円で、全付加価値額に占める割合は中小企業が52.9%、小規模企業が14.0%だ。」
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熊川は目を丸くして驚いた。
「すげーじゃねぇか!中小企業と小規模企業者で全体の7割近い付加価値額を生み出してるってことだろ?中小企業は捨てたもんじゃねぇな!」
「中小企業の事を誤解してたろ。熊川の会社だってその一端を担っているんだ。ちなみに、中小企業の2015年における付加価値額は、多い順に、「製造業」⇒「卸売業」⇒「建設業」⇒「小売業」、小規模企業者は「建設業」⇒「製造業」⇒「不動産業、物品賃貸業」⇒「小売業」だ。」
「小規模企業者は売上高のランキングと顔ぶれが変わらないが、中小企業は売上高と付加価値額が連動しているわけじゃないんだな。」
「これも確かな事は言えないが、製造業においての家電製品や自動車の付加価値が高いということなんだろう。近年じゃ半導体なんかも肝いりの産業になっているし。企業数は減っても日本のお家芸は顕在ということかな。」
小さき者のものさし
「しかし、中小企業なんて言われ方をされると、なんか馬鹿にされたような気がするけど、全然そんなことなかったな。」
「そうだよな。俺も診断士の勉強をして、いろんな企業を見て初めて知る実態や実状がたくさんあった。ちなみに、熊川も自分の会社の経営に少しは関わっているんだろうけど、中小企業には業種別の経営指標があるんだ。」
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「この中で、特に注視しなければいけないのは、売上高経常利益率、自己資本比率、付加価値比率だ。」
熊川は森のタブレットを覗き込んで目を細めた。
「こうやって見ると、製造業は売上高経常利益率も自己資本比率も付加価値比率も高いし、3業種の中ではトップだな…。」
「これは実績じゃなくて経営指標だから、製造業に対しての期待値が高いということなんじゃないかな。付加価値比率で見ると宿泊・飲食サービス業が1番だな。」
「なるほどな。どんな根拠でこの経営指標が決められているかは分からないけど、中小企業は国の施策や政策と関わりが深いし、中小企業の平均的な業績が国に影響するということか…。」
森はタブレットで違うデータを映し出した。
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「これは金融機関別中小企業向け貸出残高の6年分だ。何か気が付くか?」
「民間金融機関も政府系金融機関もここ5年で貸出残高が増えている…?しかも、民間金融機関だけでも56兆円も増えてる!」
「貸出金額の総合計では63兆円も増えている。つまり、銀行が中小企業に金を貸しているんだ。」
「さっき、中小企業の売上の合計が630兆円って言ってなかったか?だとしたら、業界全体で売上の1割が貸出による借金ってことか…。」
「それがいいのか悪いのかは分からん。しかし、さっきも言ったが、中小企業の売上高自体は増加傾向にある。国や銀行が中小企業に融資や貸付を増やすのも妥当だと言えるかも知れない。」
「なぁ、もっと中小企業のことを教えてくれよ。自分の会社の変化の原因が分かりそうな気がするんだ。」
森は熊川の方を向き、ハイボールのグラスをコンコンと指で叩いた。
「分かったよ…。すみませ~ん!ハイボール2つ!」
小さき者の傾き
「では、中小企業の動向をいろんな指標と角度から見ていこう。熊川、ここ数年で日本に起こった大きな出来事と言えば?」
「そりゃお前、仙台育英の甲子園優勝だろうが。」
森はハイボールのグラスを置いて天を仰いだ。
「聞いた俺が馬鹿だった。それじゃない。もっと企業や個人の生活を覆すような出来事。新型コロナウィルスだ。お前の大喜利に付き合ってられんので正解を言った。」
「コロナか…。あれによっていろんな経済の動きが止まったし、県外に行けば白い目で見られた…。県外ナンバーの車に乗ってるだけで差別されるみたいな。「私は宮城県民です」ってステッカーもあったしな。」
「2019年に中国の武漢から発生したと言われるCOVID-19は、瞬く間に世界に伝染してパンデミックとなった。感染を防ぐために人の流れは断絶され様々な生産や物流が止まった。コロナ禍の損失は一言で表すことはできない。しかし、2022年の調査では実質GDP成長率は前年比1.0%増となり、コロナ禍のマイナスがやっとプラスに転じ始めたんだ。」
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「回復していると言っても、2020年のマイナスから考えるとやっと元通りになったくらいか。」
「そうとも言える。疫病だけでなく、中小企業は様々な環境変動に対応していかないといけない。コロナ禍で打撃が大きかった業種は宿泊・外食サービス業だ。たとえば、外食業において、消費支出のデータを用いて確認す ると、居酒屋は感染症流行前と比べて依然として厳しい状況にあるが、喫茶 店・カフェとともに、徐々にその消費水準を回復させている。」
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「また、宿泊業においては2022年以降、ビジネスホテルの客室稼働率が最も高 ったが、直近ではシティホテルの客室稼働率が最も高くなるなど、宿泊施設 によって足下の状況が異なっている。」
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「直近だと、外国からのインバウンドの後押ししてるんだろうな。」
「それもあるだろうけど、内需は堅調に伸びているんだ。次にこれを見てくれ。」
森はタブレットでグラフを映し出した。
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「こうして見ると、額の大きさの差はあるけど、上げ下げの傾向は大企業も中小企業も変わらないんだな。」
「そうだな。グラフでもコロナ禍の売上減が徐々に改善していることが分かる。ちなみに、こっちは経常利益の推移だ。」
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グラフを見た熊川は眉間に皺を寄せて考えた。
「売上高の推移に波があるのに経常利益は横ばいか…。しかも中小企業は直近の22年で少し減少してるな…。ん?この2009年の大きくへっこんでいる年は何があったんだ?」
「リーマンショックだよ。俺たちが就職した次の年だ。あの時は世の中がてんやわんやだった。」
「リーマンショックもコロナ禍も、うちの会社や他の中小企業はいろんな努力をして乗り越えてきたんだな…。入社したてのサラリーマンじゃそんな事情は分からなかった。」
「この先も予期せぬ環境の変化は必ず起こる。その時に舵取りをどう判断していくかが中小企業が生き抜くためのファクターだ。念のため、設備投資のグラフも見てみよう。」
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「設備投資の横ばいなのか…。なぁなぁ、金融機関からの貸出総額はここ5年でかなり増えているんじゃなかったか?それなのに設備投資をしていないということなのか?」
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「いや、決してそんなことはない。上のグラフを見ても生産能力の向上や省力化、情報化に対する投資の比率は増えてきている。」
「じゃ、なんで設備投資の合計金額は横ばいなんだよ?」
「省力化や情報化を推進するのも設備投資だということだ。システム開発やPCの導入とかな。次に倒産件数を見ていく。」
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「なるほどな。けど、コロナ禍から回復しているとは言え、2022年の倒産件数が上がっているのは時間差で影響が出ているという事なんだろうな。」
「そういうことになる。、2023年2月28日時点で、新型コロナウイルス関連の破たん(負債 1,000万円以上)は累計5,337件(倒産5,142件、弁護士一任・準備中195件) となっている。破たん件数は、2021年2月以降、毎月100件を超える水準で 判明し、2022年9月以降は毎月200件以上が判明している。2023年2月に は、2020年2月以降最多の249件が判明した。」
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「月間で200件?そんなに…。」
「外をうろついているだけで白い目で見られるような風潮だった。居酒屋やカフェに行くことなどもってのほかだろう。そのくらい外食産業は俺たちにとって必要な業種だったってことだ。ちなみに、東京商工リサーチの「休廃業・解散企業」動向調査によると、2022年 の休廃業・解散件数は49,625件で、前年比11.8%増。また、 帝国データバンクの全国企業「休廃業・解散」動向調査によると、2022年の 休廃業・解散件数は53,426件で、前年比2.3%減だ。」
![](https://assets.st-note.com/img/1718593015328-wWpmPeZhcj.png)
「待て待て、なんで同じ指標なのに会社によって件数が違うんだ?」
「それはだな。東京商工リサーチと帝国データバンクで休廃業・解散の定義が異なるからだ。例えば東京商工リサーチの休廃業は「特段の手続きを取らず、資産が負債を上回る資産超過状態で事業を停止すること」とあるが、帝国データバンクは「倒産(法的整備)によるものを除き、特段の手段を取らずに企業活動が停止した状態」とある。」
「つまり、東京商工リサーチのデータは真っ当に手続きをして休廃業や解散をした会社ってことか。ってことは、やっぱり休廃業が増えてるってことだな。」
2人は黙って目の前の空間を見つめた。中小企業のおかれる状況を目の当たりにして、それぞれ思うところがあった。
「生き残っている中小企業だって万全ではない。企業の経営状況に連動して雇用の状況も動いている。完全失業率は2009年中頃をピークに長期的に低下傾向で推移してきたが、2020年に入る と上昇傾向に転じ、その後は再び低下傾向で推移している。また、「正規の職員・従業員」の雇用者数は2015 年から毎年前年から増加しているが、2022年においては増加幅が大きく縮小 している。一方で、「非正規の職員・従業員」の雇用者数は2020年に大きく減少し、2021年も引き続き前年から減少したものの、2022年には増加に転 じている。」
![](https://assets.st-note.com/img/1718593781750-wQVe5enwrf.png?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1718603716270-sKTCzmXOB2.png?width=1200)
「う~ん。これはどういいうことなんだ。非正規がほとんどで、正社員の雇用が減っているということなのか…?」
熊川は腕組みをして思案した。
「下の図は前年差の推移だ。例えば、正社員の雇用が前年比で0だということ前年と同数の雇用はあるということだ。増えてはいないけどな。」
「ということは、2020年に非正規雇用の前年差がマイナスになっているということは、コロナ禍の影響で飲食店のアルバイトやパートの職が無くなった影響ということか…。」
「大きな要因はそれだろうな。ただ、設備投資のグラフでもあったように、省力化や情報化への投資で人間の仕事自体が少なくっている傾向はわずかながにある。人手不足への対応方法を確認すると、「正社員の採用」や「パートタイマー など有期雇用社員の採用」といった人材採用の強化のほか、「業務プロセスの 見直しによる業務効率化」「社員の能力開発による生産性向上」「IT化等設備投 資による生産性向上」が多く、人手不足に対して省力化投資等を通じた生産性向上に取り組むことで対応する企業も一定数見られるんだ。」
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「このグラフを見る限りでは、まだまだ人手に頼らざるを得ない企業がほとんどだな。」
「だが、問題はこれだけではない。」
「えぇ?まだあんのかよ?」
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「国内企業物価指数は2020年12月から、消費者物価指数は2021 年1月から上昇に転じた。また、足下のそれぞれの物価指数の推移を見ると、 国内企業物価指数が消費者物価指数の変化を上回って急激に上昇している。この原因は円安とウクライナ危機だ。」
「ロシアとウクライナの戦争か…。それで原材料なんかが値上がりしたり、入荷しなかったりしてる状況があるんだってな。」
「そうだ。だから企業は川下の商品・サービスに価格を転嫁しなければならず、価格が高騰しているというわけだ。」
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「一連の危機で一番の煽りを受けたのは半導体だ。半導体関連素材の取引をしている企業による、半導体関連部品を安定的に供 給するための取組状況を確認すると、「調達先の分散」や「在庫の積み増し」 といった取組をしている企業が3割程度となっており、半導体関連部品の安定供給に向けた取組が、一定程度進められている状況である。」
![](https://assets.st-note.com/img/1718604976494-hrqdwUiL47.png?width=1200)
「半導体って、最近ニュースで良く聞くけどさ、半導体がないと何が困るんだ?」
「半導体っていいうのはPCやスマホのプリント基板なんかに使われる材料だ。実装した基盤自体を半導体と呼んでいる場合もあるが。つまり、半導体がないとOA機器のほとんどは生産できない。」
「それはかなりやばいな…。」
「メルセデスベンツでは半導体不足の影響で納車が出来なかった時期があった。客がいるのに売り物がない状態だ。現代の車には様々な半導体が搭載されているからな。熊川味噌本舗で例えると塩が仕入れられない状態だ。」
「それで、仕入先の分散や在庫の積み増しをしているわけか。」
「おい。」
コンコンコン!と森がグラスをたたく。
「分かりましたよ…。コンサルっていうより悪代官だな…。」
「これだけの情報を飲み代だけで教えてるんだぜ?格安だろ。」
小さき者の反撃
「ここまでは、直近の数年で中小企業がどんな状況に置かれているかを説明してきたが、次は中小企業が環境の変化を受けてどんな対応を試みているかだ。」
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「こうやって見ると、IT・デジタルツールの利用環境整備・導入って言う項目が過去3年で伸びてる。」
「コロナ禍の例でいうと、テレワークやZOOM会議が当たり前になったし、UberEatsやNetflixなんていうサービスもコロナ禍で外出に制限があったからこそ伸びてきたのかもしれない。」
「そうか、それでIT・デジタル化の導入が加速したってわけか。」
「本来はコロナ禍のマイナスを埋めるために導入したものが、結局は通常の業務を効率化させるものとなった。営業活動のオンライン化に効果を実感しているのはそういうことだ。」
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「コロナ禍を継起とした事業再構築に着手する企業が増えてきているんだ。事業再構築というのは、① 「自社の主要な業種を転換する(業種転換)」 ② 「自社の主要な事業を転換する(事業転換)」 ③ 「自社の主要な製品・商品・サービスの生産・製造方法等を転換する(業態転換)」 ④ 「新たな製品等で新たな市場に進出する(新分野展開)」 ⑤ 「組織の合併・分割、株式交換・移転、事業譲渡を通じた事業再編(事業再編)の5つの項目を指す。」
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「なるほどな…。コロナ禍を生き残ってきた事業は残して、新しい分野を開拓する方向を検討している傾向にあるわけか。」
「熊川の読みが正しいかもしれないな。経産省の補助金で、事業再構築補助金というものがあるんだが、採択状況を見てみると2023年3月末日までに実施された全7回の公募の実績として、延べ13万件を超える申請のうち、合計約 60,000件が採択されている。日本標準産業分類で業種別の応募割合および採 択割合を分析すると、特に製造業、宿泊業・飲食サービス業、卸売・小売業の 割合が多い特徴がある。」
「製造業、宿泊業・飲食サービス業か…。いずれもウクライナ危機やコロナ禍の影響が大きかった業界だな。」
「そうだな。そういう会社が新しい取り組みは初めているということさ。次にカーボンニュートラルについての取り組みについてだ。」
「ごめん、カーボンニュートラルがいまいちよくわかっていなんだが…。」
熊川は飲んでいたハイボールでむせそうになっていた。
「そうか、熊川の仕事上、カーボンニュートラルを気にするタイミングはすくなかったかもな。」
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「要するに、二酸化炭素を減らせってことか。でもさ、機械や鉄鋼や発電なんかの事業者が燃焼させないで生産することなんてできるのか?」
森は焼酎を飲み干して口を真一文字に結んだ。
「まぁ実際はかなり難しいだろうな。当の企業だって何をしていいか分かってないんだ。」
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「重要性は理解している。が…自分の会社が排出しているCO2の量を把握している会社は17.7%か。」
「そうだ。今後、カーボンニュートラルについて何に取り組むべきかわからない中小企業に対して、カーボンニュートラルを進 めるためには、設備等の導入や専門家サポート、事業転換(事業再構築)を進めるための財政的支援が重要だと言われているんだ。」
熊川は腕を組んで自身の会社のことを考えていた。
「中小企業の現状を聞いて、うちの会社も同じようなことで四苦八苦してるなぁと思うよ。俺みたいな現場の人間は目の前の仕事で手一杯で、抜本的に何かを変えるようなことを後回しにしてるんだ。」
「それは経営者と俺が考えるべきことだ。お前はそういう事実があるということと、現場で起こっている問題を見つめればいい。それに、厳しい現状を打開している会社やいい傾向だってたくさんあるんだ。」
「本当か?」
「本当だよ。来週うちの事務所に来い。日本の中小企業がどんな取り組みをしているか教えてやる。熊川味噌本舗の事業に参考になるかもしれないしな。」
森はそう言うと、ほうじ茶を2つ頼んだ。
続く
※スピテキP90まで
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