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中小企業診断士 森健太郎シリーズ①会社法の迷宮※経営法務(後編)

はじめに

この記事は中小企業診断士一次試験合格のため、試験範囲の論点を記憶する目的で執筆した記事です。私は受験前ですので中小企業診断士の資格は取得しておりませんし、登場する人物および会社はすべてフィクションです。
中小企業診断士の有資格者の方や専門分野の知見をお持ちの方がご覧になられていたら、内容の齟齬や間違った理解をしている箇所についてご指摘、ご指南いただけると幸いです。
試験後に時間があれば記事にしたいと思いますが、私は認知特性タイプが言語優位(言語映像型)で文章の読み書きによる記憶や理解を得意としています。ストーリー法とプロテジェ効果を利用した学習の一環として記事を執筆しております。

お菓子の家

午前7時。T大研究員の土田謙信は純喫茶ワトソンの扉を開けた。
店内はコーヒーを焙煎する香りやパンを焼く匂いや湯気で満たされていた。
カウンターには株式会社SFCの取締役の斉藤マドカがいた。

「おはようございます!昨日は大変でしたね~。」

マドカが土田を席に案内しながら挨拶をした。

「いえいえ。連日お店のスペースを占有してしまってすみません。ところで、昨日いらっしゃった年配の女性はどなたですか?」

「あの人はこの店の前のオーナー西山さんの奥様です。母と私にキッチンや仕入れことを教えてくれて、娘と孫のようにかわいがってくれてます。今でも時々顔を出して常連さんとお話したり、指導に来てくれたりするんです。」

「そうだったんですか?それで…どうして森先生と西山さんは犬猿の仲なんですか?」

マドカは困ったように少し笑みを浮かべた。

「昨日、SFCを設立した経緯をお聞きになりましたよね?この店で森先生が母に「やめてしまえ」と言った時に西山さんが隣にいて、大激怒したらしいんです。それがきっかけなんですが、ああ見えてそんなに仲は悪くないんです。SFCの設立や多店舗展開についての事業計画を作ってくださって、西山さんに店を譲渡してくれるように交渉したのは森先生なんです。」

「最初から会社を設立する計画ではなかったんですか?では社長は?」

「元々は母がこの店を残したかったというだけなので、会社を作るなんて考えてませんでした。多店舗展開をするにあたって、仕入を一本化する必要があったので会社設立ということらしいです。それに、当時は私はWEBデザイナーでしたし、父は会社員でした。私たちに経営に参画するように強く勧めてフォローしてくれたのも森先生です。私も父もそれぞれの強みをSFCで活かすことが出来きていると思います。」

会社というのは実にいろんな成り立ちや形式があるんだと土田は考えた。

「おはようございます。遅れて申し訳ない。」

5分ほど遅れて森が店に入ってきた。

「土田さん、連日すみませんね。朝ごはんまだでしょ?ここの可もなく不可もないモーニングは脳味噌が動いていない朝にはピッタリですよ。」

カウンターからカンカンと鍋をたたく音がした。

「西山さんに言っときますねー。お飲み物はブレンドでいいですよね?」

お願いしまーすと森は返事をすると席についた。

「では、早速ですが会社法の講義の続きをやっていきます。昨日は会社の種類や仕組みについてお話しましたが、今日は具体的に会社設立についてお話します。昨日のように気になるところは遠慮なく聞いてください。いいね?」

森はまた講義をする時の鋭いモードに入ったようだ。

「ここからの話は株式会社を設立するための手順だ。会社は法人だから氏名や所在地やその他の諸条件を定款に記載して登記する必要がある。登記することで法人格が付与されて初めて会社を設立したことになるんだ。登記の際には以下のような項目を決めておかなければならない。」

「図解わかる 会社法」より引用

「こんなにたくさんの事項をあらかじめ決めておかないと会社を設立出来ないのか…。この「場合によって登記が必要になる事項」というのはどんな時に必要なんですか?」

「昨日、公開会社株式譲渡制限会社の話をしたね?株主が内部の関係者だけの場合と外部の株主を募る場合がある。後者の場合は登記事項に株主の取り扱いが必要だ。最初からある程度の規模がある会社設立では取締役会や監査役会設置についても事項も登記の際に必要になってくる。」

「登記してから本店の場所や取締役が変わった場合はどうするんですか?」

「方法はいくつかあるが、自分で申請するか専門家に頼むかどちらかがオーソドックスだね。自分で変更する場合はMoneyForwardやfreeeなんかで申請書類が作れる。弁護士か司法書士に相談して申請をしてもらうケースがあるね。」

「結構大変なんですね…。」

「法人を作るってことは人間が生まれるようなもんだからね。設立の形式は2つある。一つは発起設立。株式会社の設 立に際して発行する株式の全部を発起人が引き受けて設立することだ。二つ目は募集設立。発起人が株式の一部を引き受け、残りの株式については新たに株主 となるものを募集して設立することである。募集設立では、発起人以外の出資者が加わるため、これらの者の意思を反映させるために、創立総会が開催される。創立総会では、一定の設立事項(設立時取締役の選任など)について決議をすることが できる。㈱SFCのなどの場合は発起設立にあたる。」


「発起人は、自ら作成した定款に署名(または記名押印)し、その定款について公証人(法律行為等の事実を証明する者で法務大臣が任命する)の認証を受けなけれ ばならない。また、発起設立・募集設立にかかわらず、 発起人は設立した際の株式総数のうち、最低1株以上は引き受けなければならない (会社法第25条2項)。発起人の資格は特になく(法人・自然人いずれも可)、人数 は1人以上という取り決めがある。」

「あの、公証人というのは誰ですか?」

「公証人は、裁判官、検察官、弁護士あるいは法務局長や司法書士など長年法律関係の仕事をしていた人の中から法務大臣が任命する契約の専門家だ。定款の他に、遺言なんかの公正証書を発行するのも公証人でなければ出来ない。登記事項を公証人に認証してもらって初めて設立が出来る。会社は法律に則って設立することが必要だからね。」

「モーニングお待たせしました~。」とマドカがモーニングセットを運んできた。厚切りのトーストにサラダ、ゆで卵、スープがトレーに乗っている。トレーがテーブルの上に来るとトーストのいい香りがした。

「おいしい!ほんのり甘くて、耳の部分がサクッと軽い。こんなおいしいトースト初めてです!」

土田が目を丸くしながらトーストをほうばる。

「このトーストにも㈱SFCの工夫が隠されているんだけど、その話はまた次の機会にしよう。」

「少し話は戻るのですが、発起人というのは社長のことですよね?どうしてわざわざ発起人なんていう言い方はするんです?」

森はトーストをコーヒーで流し込んで答えた。

「それは、発起人が社長とは限らないからだよ。」

「え?そうなんですか?」

「発起人はあくまでも発起人。株式会社の場合は取締役を1人以上選任しなければならないが、発起人が取締役でなくてはならない決まりはない。もっと言えば発起人が複数いる場合もある。そうなると、取締役を選任する必要がある。発起設立の場合、定款で定めた場合を除き、発起人は、出資の履行が完了した後、 遅滞なく設立時取締役(株式会社の設立に際して取締役となる者をいい、必ずし も発起人に限定されない)を選任しなければならない。また、 必要に応じて設立時監査役、設立時会計参与等も選任しなければならない。これらの選任は、発起人の議決権の過半数をもって決定する。」

「そうか…。発起人が代表取締役であるとは限らないということなんですね。」

募集設立の場合は設立時取締役、設立時監査役、設立時会計参与等の選任は、創立総会の決議によって行わなければならない。 創立総会の決議は、原則として当該創立総会において議決権を行使することができる設立時株主の議決権の過半数であって、出席した当該設立時株主の議決権の 3分の2以上に当たる多数をもって行う。」

「つまり、会社を設立する前から株主総会のような会議で運営方法を決めるということなんですね…。」

「そういうことだ。募集設立の場合には外部の株主、つまり出資者に設立前から事業計画やビジネスモデルに賛同してもらわないといけない。会社が設立される前から事業は始まっているんだよ。」

土田はサラダを食べていた手を止めた。

「基本的な質問で申し訳ないのですが、登記事項と定款は違うものなんですか?」

「さすが土田さん。細かいとこまでよく見てるね。登記事項というのは登記簿謄本に記載されている内容で、さっきの図にもあるように会社の基本的な情報を記載したものだ。それに対して定款は会社の憲法のような存在だ。登記は法務局の届け出を出す。定款は公証人の認証が必要。このあたりは混同しやすいかもね。これが定款に記載が必要な事項だ。たしかに登記の内容と似た項目が多いね。」


「つまり、この内容を公証人に認証してもらう必要があるんですね。ん?4の設立に際して出資される財産の価額またはその最低額というのはなんですか?出資するのはお金だけではないんですか?」

それを聞いた森は目を輝かせた。

「出資するのはお金だけとは限らない。設立に際して出資される財産の中には現金以外もあるんだ。これを現物出資という。現物出資の財産として認められるものは、自動車、不動産、機械設備、PC、OA機器、市場価値のある有価証券、営業権・商標権などの無形固定資産などだ。これを現金に換算して資本金として記載することができる。自動車も不動産も長く使っていればその価値は下がっていくだろ?なので、検査役と呼ばれる専門機関の調査が必要となる。ただし、評価額が500万円以下のものは調査が必要ない。それに不動産など、不動産鑑定士にすでに査定してもらっているものなどもs調査が不要だ。」

「現物出資というのはどういうケースで使われるんですか?」

「原則は現金の出資なんだが、出資金が少ない場合や、融資を受けるために資本金を増やしたい場合に現物出資を行う場合が多い。あとは、個人事業主から法人化する場合なんかにそれまで使っていた備品を現物出資するケースがある。だが、現物出資ができるのは発起人に限られる。現物出資した財産のように会社の財産に大きな影響を与える項目を変態設立事項と呼ぶ。」

「変態設立事項…。項目はすごくまともなのに変態なんですね笑。でも、例えば、会社を設立してから車が故障したとか不動産が無くなった場合はどうするんですか?」

「その場合は定款を変更する必要がある。定款の変更については株主総会の特別決議で決めるんだ。」

土田はここまでの話を聞いて、腕組みをして考えた。いくら一人で設立が可能だとしても、後々の会社の状態を考えないと設立の段階で経営がうまくいかなくなる可能性がある。
多くの人に自社の製品やサービスを届けるためには、やはり株式会社の設立に関する知識が不可欠だ。しかも、登記や定款の作成を自分一人で出来るわけがない。外注すれば大きな費用がかかる。土田は会社設立の絵に薄暗い雲がかかるのを感じた。

「なんか煮詰まった顔してますね。そんな時は冷製イチジクのコンポートなんかいかがですか?」

そう言って、マドカが薄紅色のデザートを持ってきた。

「会社の設立が簡単じゃないことが分かって思い悩んでるんだろう。次は、このカブにちなんで株式と社債の話をしよう。」

「あの、カブじゃなくてイチジクなんですけど…。」


赤いカブ 白いカブ

イチジクのコンポートは少し歯ごたえが残っていて、甘すぎず清々しさを感じる味だった。

「このコンポートもおいしいですね。夏を感じます。」

「たしか、イチジクの旬は夏場だったか。旬と言えば株式にも旬の時期があるんだよね。土田さん、株の話をしてもいいかな?」

土田はスプーンを置いて居直った。

「お願いします!」

「では、まず株式の基礎的な説明から始めよう。先ほどから当たり前のように株式会社の話をしているが、株式とは何だろうか?」

「えっと…有価証券です。」

森は鼻で小さく溜息をした。

「一部は正しい。が、それは株券のことだ。株式とは均一細分化された割合的単位の形をとった株式会社の社員(株主、出資者、所有者)たる地位のことだ。」

「社員の地位…?」

「そうだ。会社の機関設計の話の中で、株式会社の最高機関は株主総会だという話をしたね?株主は保有している株式によって権利が異なる。株券は株主の地位を表す有価証券だ。」

「じゃ、その会社で株券をたくさん持っている人が偉いということですかね。」

株券の発行は任意だ。定款に定めれば株券を発行することができるが、上場会社では株券電子化が行われているため株券の発行はできない。定款に株券を発行する定めがあったとしても、株主から発行を求められない限りは発行の義務はないんだ。」

「考えてみればそうですよね。たくさんの会社の株を持っている人が、いちいち株券で管理をするのは大変ですもんね。」

「そうなんだ。株式会社は株を無限に発行できるわけではない。会社の形態によって発行数や増加出来る数に限りがある。会社法ではこのような規定がある。公開会社では、設立時発行株式の総数は発行可能株式総数の4分の1を下回 ることができない。株式譲渡制限会社では4分の1 を下回ることは可能である。 定款の発行可能株式総数についての定めを廃止することはできない。 定款の変更によって発行可能株式総数を減少するときは、発行済株式総数を 下回ることができない。 ③定款の変更によって発行可能株式総数を増加する場合は、公開会社では発行済株式総数の4倍を超えることができない。株式譲渡制限会社では4倍を超え ることは可能である。」

「公開会社が発行済株式の4倍までしか増加できない…。ということは、資金調達に使える株式の数に制限があるということですよね?それをある程度見越して募集設立をしないといけないのか…。」

「土田さんの言う通りではあるのだが、これはあくまでも会社設立の際に定めなければならない項目なんだ。発行可能株式総数は取締役会の決議で発行ができる株式の上限のことだ。」

土田は眉間に皺を寄せて考えた。

「ちょっと待ってください。会社の最高機関である株主総会の決議なしで発行ができるんですか?株主総会の特殊決議のところでも似たような事項がありませんでしたっけ?」

「それは株式譲渡に関わる定款の変更だね。」

「土田さんの言うように、株式は資金調達のためのツールだ。しかし、資金調達が年に1回しかない株主総会まで待てないケースだって往々にしてある。だから取締役会で決議するんだ。「株主総会がなかったので資金ショートしました」なんて株主総会で言えないからね。」

土田はまだ納得していない表情だった。

「資金ショートを回避するためというのはごもっともだと思います。でもですよ?発行株式を増やすということは、株主の権利が増えるということですよね?これってまずくないですか?」

「まずいさ。持株比率が変わるという事は大問題だからね。だから、取締役がむやみやたらに株式を発行できないように定款に定めるよう規定されているというわけだ。」

眉間の皺はなくなったが、土田はまだ考え込んでいる。

「なるほど…。そしたら、どうやって設立時の発行可能株式総数を決めたらいいんですかね?」

freee株式会社

「まず、上の図のように、資本金を1株当たりの株式の単価で割ると、株式数が出せる。会社法の規定に基づいてそれを4倍した数が発行可能株式総数だ。」

「1株あたりの株式の価格というのはどうやって決まるんですか?」

「正直10円でも1000円でもいいんだけど、1株当たりの株価か安いとその分資金調達も難しくなるし、買いやすいからいろんな人が株主になってコントロールが難しい。旧会社法で1株当たりの価格が5万円とされていた名残で、単価を5万円に設定するのが一般的と言われているんだ。」

「そういうことだったんですか。計算式を見ると分かりやすいですね。今のは公開会社の場合だと仰ってましたが、株式譲渡制限会社も取締役が決議できるんですか?」

株式譲渡制限会社では、募集株式の発行等は原則として株主総会(特別決議)によらなければならない。募集事項の決定を取締役(取締役会設置会社においては取締役会)に委任することができる。委任する場合の株主 総会の決議は特別決議だ。委任された事項は当該決議の日から1年間有効となる。株式譲渡制限会社は同族企業であることが多いし、外部の株主が株式を保有することがない。つまり、株式譲渡制限会社での株式発行は増資に近い意味合いになるね。」

「初歩的な質問を立て続けに申し訳ないんですが、株式の価格を決められるということは、資金調達の形態によっては設立時よりも安い価格で発行できるということですよね?それってまずくないですか?」

森はコーヒーをすすりながら、にやりと笑った。

「まずいさ。そこに気が付くとはさすが土田さんだ。さっきも言ったように、株式譲渡制限会社では株主が限定されているから有利不利という概念は存在しないんだが、株価は変動するから、時価に比べて特に有利な価額(=安い価額)で募集株式の発行等を行うことを有利発行という。有利発行の場合、株価が下落して、既存の株主に経済的な不利益がもたらさ れるおそれがある。そこで、公開会社が第三者(既存の株主以外の者)に対して有利発行を行う場合は株主総会(特別決議)が必要なんだ。」

「そういうことか…。株主の不利益になるような株式発行ができないように会社法で規定されているんですね…。」

「そういうことだ。実は株式自体に条件や規定を設けたものがあって、それらを種類株式という。現在、会社法で規定されいる種類株式は9つだ。」

「9つ?そんなに種類があるんですか…。会社法って、分かりやすいようで、まるで迷宮のようですね…。外側からは見えない複雑な制度がたくさん…。」

森は大笑いした。

「迷宮か…たしかにそうかもね。基本的なルールと精度の意味を知っていれば、そんなに難しいことはないよ。ただ、実際に経営者として株主と付き合う場合には、最低限の会社法の知識は必要になる。迷宮にも図面や地盤調査は必要なんだよ。じゃ、ざっくりと種類株式について説明していくよ。お金を集める手段が9種類あると思えばいい。種類株式は9つの権利の内容に応じて決められている。」


東大IPC

「さすがに全部を覚えるのは大変だから、この中でも特徴的な種類株式について紹介しよう。議決権制限株式:株主総会において議決権を行使できる事項に制限がある株式のこと。議決権の一 部について制限することもできるし、全部について制限することも可能である。な お、議決権の全部について制限された株式のことを無議決権株式という。 公開会社では、議決権制限株式の数が発行済株式総数の2分の1を超えたとき は、直ちに議決権制限株式の数を発行済株式総数の2分の1以下にするための必要な措置(例:議決権を制限していない株式の発行)をとらなければならない。なお、株式譲渡制限会社では、議決権制限株式を発行済株式総数 の2分の1を超えて発行することに制限はない。」

「議決権を制限…?つまり株主総会で意見が言えないということでしょ?そんな株式を持っていてなんのメリットがあるんですか?」

「株主の全員が経営に口を出したいというわけではないのさ。配当だけ得られればそれでいいという株主もいる。それに、議決権制限株式の比率が高いほど、株主の声が弱まって経営がしやすいという側面もあるだろうね。または、オーナー社長が持っている株式を相続する際に後継者には普通株式、その他の相続人には制限株式を相続すれば、株式が分散するリスクを回避できるかもしれない。種類株式の発行も会社を守るために考慮すべき事案だということだね。」

「やっぱり会社経営というのはしがらみが多いんですね…。」

「それはそうだね笑。大きな人とお金を動かしているわけだからね。次に黄金株について話をしよう。」

「黄金株!?」

「あ、そうだ。黄金株の話の前に種類株主総会について説明しなきゃね。種類株主総会とは、種類株式を有する株主ごとに開催される株主会だ。役員選任権付種類株式を有する種類株主における取締役・監査役の選任総会などが該当する。 種類株主総会は、会社法に規定する事項および定款で定めた事項に限り決議をす ることができる。」

「上の図だと、株主総会の他に種類株主総会が存在して、そこでも更に決議が必要ということなんですか…。」

「そうだ。株主総会の決議に拒否権を行使できるのが拒否権付種類株式、通称、黄金株だ。」

「拒否権が付いた種類株式がどうして黄金株なんですか?あまりおいしい特権がついているようには思えないんですが…。」

「最高意思決定機関である株主総会の決議すらを否決できるというのは大変な権限なんだよ。具体的には議決権の過半数を取得された場合でも、黄金株の株主総会で否決すれば、買収などに対して有効な防衛策となる。黄金株は1株でも持っていれば拒否権を発動できる。オーナー社長が黄金株を保有していた場合は…。」

「社長一人で株主総会の意向に反対できる…。」

「その通り。だから、事業継承する場合でも後継者ではなく現経営者が黄金株を持つことで、後継者の経営の間違いを抑止できるという便利な種類株式さ。」

「でも、それってオーナー社長が会社を牛耳っているとも取れますよね?」

「そうなんだ。経営者の保身や職権濫用を防ぐために、上場企業では会社法ではなく証券取引所が黄金株の発行について一定の制限をかけている。現在、上場企業で黄金株を所有しているのはINPEX(旧国際石油開発帝石)だけだ。」

「やっぱり会社経営は入り組んでいますね…。会社設立の段階でそこまで想定する必要があるだ…。これはプロに聞かないと分からないです。」

「そのために我々のような中小企業診断士や司法書士がいるんだ。さっき会社を作るのは人が生まれるようなものだと言ったね?出産を控えた母親が子供に中学受験をさせるかどうかなんて考えられない。思い描くことは出来てもね。どのように成長していきたいのか、それを我々が経営者や起業家から聞いて、成長した先の姿に近づけるように準備を手伝うんだ。」

森は真顔になって土田を見つめた。土田には妊婦の気持ちは分からない。しかし、不安なことばかりだという点では妊婦と同じだと思った。

「さっきの黄金株の話の中で買収の防衛策という話題が出たから、ついでに自己株式についても説明しておこう。」


「自己株式とは、株式会社が有する自己の株式のことだ。。簡単にいえば、その株式会社自身が発行した株式のことだ。」

「発行した株式を買い戻すということですよね?どんな意味があるんですか?」

森はまた不敵な笑みを浮かべる。

「上の図にもあるように、公開会社が自己株式を保有するには、①申込があった株主から取得する ②特定の株主から取得する ③株式市場から取得する の3パターンがある。外部の株主の保有または取得可能な株式の数が減ることで買収を防ぐ効果や、後ほど説明するが新株予約権の発行に使う事ができる。」

「そしたら、会社が株主より権限を持つことになるんじゃないですか?」

「そうならないために会社法では規定が設けられているんだ。例えば、自己株式には議決権と配当を受ける権利がない。つまり、いくら自己株式を保有していても株主総会の意思決定に関与することは出来ないんだ。さらに、自己株式の取得には財源制限がある。その他剰余金などの分配可能額を越えてはならないという制限だ。」

「剰余金の範囲内ということは、儲かっていない会社がやたらと自己株式を所有できるわけではないんですね。」

「そうなんだよ。しかも、株主の同意を得ての有償取得は株主総会の普通決議、特定の株主からの取得は株主総会の特別決議、市場からの取得は取締役会の決議と、いろいろお伺いを立てなければならない。既存の株主にとっては嬉しいことなんだけどね。」

「なぜ自己株式を取得すると株主が喜ぶんですか?」

「これは財務会計の範囲になるから詳しくは説明しないが、市場に出回る株式が減ると、企業の総利益が目減りしない限り、純資産(EPS)や自己資本比率(ROE)が改善する。すると、株主の配当が増えることになるから喜ばしいということなんだ。最近、日経平均株価が上昇した時に、上場企業が自社株買いに走ったのはそういう事情があってのことだ。株主や投資家に対するアピールをしたわけさ。」

「株式会社って奥が深すぎますね笑…。こんなこと僕一人ではとても…。」

「だからこそ、社外取締役や監査役がいるんだよ。会社は大きくなればなるほど、本業以外の事にも力を入れなきゃいけなくなる。ちなみに、株式は処分したり、消却させたり、併合したり、分割したりすることもできる。」

「消却?分割?どんな理由からですか?」


「まず、処分は売却、消却は文字通り株式を消滅させることだ。議決権も配当もない株式を所有していても企業にメリットはないからね。消却は取締役会の決議で決められる。次に併合だが、数個の株式を合わせてその数よりも少ない数の株式に変更(例: 10株を1株とすること)し、発行済株式総数を減少させることだ。併合する理由は、株主の管理コストの負担が大きいときに、投資単位を適正な大きさに引き上げて管理コストを低減させる目的などに用いられる。 株式併合は、株主の地位に重大な不利益を生じさせるおそれがあるため、どの種類の株式会社でも、株主総会の特別決議が必要だ。」


「例えば、10株を1株に併合したら、1株単位で保有している株主は端数が出ませんか?」

「出る。その時は端数部分について、反対株主の株式買取請求権が認められるんだ。株式買取請求権というのは、株主が自己の有する株式の公正な価格での買取りを株式会社に対して請求できる権利のことだ。これは株式会社に払い戻しが認められる唯一の例外と言ってもいい。」

「株式併合も分割も総額は変わらないですよね?それにどんな意味を持つのかがいまいちピンと来ないのですが…。」

「土田さんの言う通り、時価総額は変わらない。しかし、株式を3つに分割すれば、株価は3分の1になる。3つを併合すれば株価は3倍だ。株価が下がれば投資家が買いやすくなる。株価が上がれば優良企業として印象づけることができる。」

「ん~。やっぱり株式は一筋縄ではいきませんね…。」

土田は会社を発展させることの難しさを感じた。

「株式の話はもう少しで終わるよ。株式会社の全容を掴んでおけば、詳しいことは分からなくても将来のイメージはしやすい。将来をイメージできるからこそ現時点でのやるべきことが見えてくる。最後に新株予約権と社債について説明するよ。」

新しいカブ

気が付くと、2人が店についてら2時間近く経過していた。

「少し気分を変えて紅茶でも飲まないか?ここは紅茶も可もなく不可もないんだ。」

「森さん、そんなことばっかり言ってたらいつかフライパンで殴られますよ?」

「東京にある椿屋珈琲店って知ってるかな?モーニングのセットが1000円以上するんだけど、パンもコーヒーも接客も最高だ。食器や店内の雰囲気もレトロで品がある。」

「椿屋は分かりませんけど、純喫茶ワトソンも十分おいしいですよ?」

「そこだよ土田さん。十分おいしいんだ。この店が提供している価値は味ではないんだよ。まぁ、これは企業経営理論の話だから今日はやめとこうか。」

森が可もなく不可もないと言っていた紅茶は、フルーティーな香りと後から来る若干の渋みで静かに目が覚めるような爽やかさがあった。マドカの話によれば小ロットで仕入れることで、防腐剤が無添加の茶葉が手に入るのだとか。

「それでは、新株予約権について説明する。新株予約権とは、株式会社に対して行使することにより当該株式の交付を受ける ことができる権利のことだ。」

「なんか…そのままですね笑。株式を購入しないで新株予約権を買うということは手元に株式はないんですよね?なんの意味があるんですか?」

ふふふっと森はまた不敵に笑う。土田があまりに素直な疑問を投げかけてくるので、種明かしをするのが楽しくなっているのだ。

「新株予約権というのはその権利を行使しないことも権利として認められているんだ。例えば、新株予約権者が、新株予約権1個につき100円を払い込むことによって株式1株を取得することができる新株予約権を保有している場合、権利行使期間内に株式の市場価額が1株120円となれば、新株予約権者は、新株予約権を行使することにより、1株100円の払込みで1株120円の価値のある株式を取得することができる。1株につき20円の経済的利益を得ることができるということさ。」

「なるほど!新株予約権者は株価の動きを見て、利益が得られるタイミングで行使することができるんですね!でも、それだったら、会社には資金がいつ入ってくるか予測できませんね?」

「だから自己株式から新株予約権を発行するんだ。会社が買い戻した株式なら持っていても1円にもならないからね。いいことばかりのようだけど、新株予約権を持っている間にM&Aで株式の所有者が変わるとか、さっき説明した種類株式になるように定款が変更になると、新株予約権者に不利益になる可能性がある。そのため、新株予約権買取請求権というものも存在するんだ。」

「ん~。言っていることは分かるんですが、何のために新株予約権を発行するのかがピンとこないです…。」

「新株予約権を発行する狙いはいろいろあるんだが、①役員や従業員へのインセンティブ ②資金調達 ③買収防止策 が主な活用法だ。役員や従業員に新株予約権を販売すれば株価を上げようと仕事を頑張る。②は新株予約権も有価証券だから販売すれば資金調達ができる。③は買収しようとする者の持ち株比率を下げるために新株予約権を条件付きで発行するという使い方さ。」

「買収防止策はまだ分からないんですが、役員のインセンティブというのはイメージがつきますね。」

森は笑顔で小刻みにうなずく。

「よろしい。では最後に社債だ。ここまで来れば株式会社の大筋を理解したと言ってもいいだろう。もう少し耳を傾けてくれ。」

「もちろんです!」

社債の謝罪

「社債とは、当該会社を債務者とする金銭債権であって、募集社債に関する事項の決定についての定めに従い償還されるものをいう。簡単にいうと、会社の公衆に対する借金である。 社債は株式会社に限られず、持分会社(合名会社、合資会社、合同会社)でも発行可能だ。」

「借金?しかも公衆に対して?」

「そう。社債は、会社にとっての負債だ。株式と違い、償還期限に社債を償還、つまり、借金を返さなければならず、利息を支払う必要もある。なお、株券、新株予約権証券と同様に社債券の発行も原則として任意だ。」

「会社が公衆に対してお金を借りる…。なぜそんなことをする必要が?」

「資金調達のためさ。株式会社なら株式や新株予約権で資金を調達するすべはあるが、持分会社は金融機関からの融資を受ける以外に資金を賄えないからね。それに、公衆と言っても、社債の多くは機関投資家向けに最低購入単位が1億円程度で発行される。個人投資家でも購入できるように最低購入単位を100万円程度に小口化して発行したものが「個人向け社債」なんて呼ばれている。」

「そうか…。株価は変動するけど借金なら返済を待っていれば利子が付く。議決権制限株式のリスクを軽くしたような証券ですね。これならリターンを確実に取りたい投資家は社債の方が安全ですよね。」

「ところが、そうは問屋が卸さない。社債は借金だ。借金を踏み倒す奴はどこにでもいるだろ?社債を発行している会社が大企業だったとしても業績や株価が下落していれば、利息どころか元本も帰ってこない可能性がある。それに社債の価格も変動する。」

「え…?」

「景気動向、金融政策、為替・海外金利等によって、社債の市場価格は日々変動する。一般的に金利が上昇すると市場価格が下がり、金利が低下すると市場価格は上がるという関係にあるからだ。社債は原則として、償還(満期)まで保有すれば元金が返ってくる。あくまでも倒産しなければだが。中途換金をする場合は時価での売却となるから、値下がりにより損をすることがあるんだ。社債に関してこんな事件が最近あった。」

「これは…。ニュースで見ました。一人で何十億もの社債を販売したと…。」

「そうだ。年利20%なんてうまい話にまんまと乗せられて金を出す連中が1300人もいたんだ。営業能力は評価するが、やってることは違法に金を転がしてるだけだ。こんな奴らがいるからコンサルティング会社が胡散臭がられるんだよ。」

「ちゃんと借金を返す信用が必要ですね…。社債って怖いな。」

「こういう事態を防ぐために、会社法では社債管理者の設置を義務付けている。社債管理者とは、社債を発行する会社から委託を受けて社債権者のために弁済の 受領、債権の保全その他の社債管理を行う機関だ。銀行、信託会社などが社債管理者になれる。 会社が社債を発行する場合、原則として社債管理者を定め社債の管理を委託しな ければならない。ただし、①各社債の金額が1億円以上である場合、または②社債の総額を各社債の金額の最低額で除して得た数が50を下回る場合(要するに、50口未満の場合)は委託しなくてもよい。」

「でも、社債の金額が1億円以上の場合は社債管理者を置かなくていいなんて、なんか手厚くないというか…。」

「まぁ、その見方も分からなくはない。だが、1億以上の社債を引き受けられる個人また会社というのは、間違いなくプロだ。金融や会社の状態を読み解く知識を持っている場合が多い。1億円以下の社債を引き受ける個人などはそういう知識が不足している可能性があるから、踏み倒されないように銀行や信託会社が管理しないとね。という理屈なんだ。ちなみに、新株予約権付社債なんていう証券もあるぞ。」

「新株予約権付社債?」

「意味としてはそのままなんだが、新株予約権を付した社債のことだ。新株予約権付社債は、新株予約権と社債を分離して譲渡することは原則として禁止されている。どんな機能があるかというと、新株予約権の行使があると社債部分の金額が、そのために払い込まれたとみなされる。新株予約権の行使によって発行される株式数や、新株予約権を行使できる期間などは、あらかじめ決められている。」

「新株予約権を行使が債務者への返済になるわけですね。」

「そういうことだ。新株予約権の出所が自己株式だとして、自己株式のソースがその他剰余金だとしたら、会社の利益が上がった分が株式として還ってくるというイメージだろう。いずれにせよ、数千万から億単位の話だ。近い将来、土田さんも新株予約権付社債を発行する決断に迫られるかもしれないよ。」

そう言うと、森は可もなく不可もない紅茶をおいしそうに飲んだ。

「森さん、なんとお礼を言えばいいのか分かりません。ずっと理系畑しかしらなかったので、会社設立が出来るものだと思っていました。自分でもう少し勉強して会社を立ち上げてみたいと思います!」

土田はお礼を言うと深々と頭を下げた。

「ちょ、ちょっと待って。会社設立に必要なのは会社法だけではないんだよ?特に土田さんの場合は。それに、しっかり儲かる会社を作ってくれないと私はどこからコンサルティング料をもらえばいいのかな?」

「え…っと…。それは…。ん?あの、会社法以外に必要なものとか、特に僕の場合はってどういう意味ですか?」

森は短く咳払いをした。

「土田さんは文房具のメーカーを設立したいんだよね?君の大学で研究した技術を用いて?」

「ええ…そうですが。それが何か?」

「君の研究の技術を結集した文房具はさぞ素晴らしい機能を持っているんだろう。それを、お金や生産能力を持った誰かが真似をしたら、素晴らしい文房具を土田さんの会社から買う必要はない。」

「真似したらって…そんな子供みたいなことする人なんて…」

「いるんだよ。素晴らしい技術で金儲けをしたい奴らがゴロゴロとね。」

「そんな…じゃどうすればいいんですか?」

「守るんだ。知的財産権でね。」

「知的財産権…。」

カンカンカン!とおたまで鍋を激しくたたく音が聞こえてきた。

「死神コンサル!お兄さんが怖がってるじゃないか!」

西山夫人が厨房から怒鳴りつける。

「うるせぇ4にぞこないが!大事な話をしてんだよ!ちゃんと知っておかないと4ぬほど怖いことになるんだ!」

知識はあるのは間違いなさそうだが、口が悪すぎる。この人を敵に回したら面倒なことになるぁ。と土田は思った。同時に自分には、できないことが山のようにあることも痛感していた。

「ということで土田さん。次は暴走老人がいない閑静な場所で知的財産権について勉強しよう。君の会社と技術を世の中に届けるためにね。」

「あ…えぇ…。はい…。」


続く


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