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植野DatPiff日記13M.I.A.

2005年、超大型女性新人としてM.I.A.の「Arular」が発売されました。アルバムは、ダンスホールレゲエ、アフリカ、エレクトロ、バイレファンキ、グライム、ヒップホップ、バングラビートなどが無理なく混ざり、ポップスとパンクの匂いも漂っていて、攻撃的でイケイケでありながらもカラフルでキャッチーなダンスミュージックで、そんなものはおそらく当時は誰も聴いたことがなく、かなり衝撃的な登場だったみたいです。

しかもエキゾチックなかわいこちゃん、声もかわいいのに反抗的な態度で、政治的なことや社会問題への積極的関与、前進的な思想を臆することなく歌う。これはしびれます、個人的に。

しかし彼女の音楽は、登場の時からなぜ既にそこまで奇跡のように複雑な融合だったのでしょうか?生い立ちを調べるとかなり納得がいきます。父親はスリランカタミール人の武装組織EROS(イーラム学生革命機構)の創立メンバーで、75年から軍事組織LITE(タミルイーラム解放のトラ)が先導する内戦へ突入します。銃火飛び交うような、かなりの極限状況の中で家族は暮らしていたけど、ある日父親が行方不明になり、残った母とまだ幼い娘は身の危険を感じて国外に脱出、難民となりロンドンに移住したみたいです。そうとうハードな幼少時代ですね。

M.I.A.という名前は、「Missing In Action」(戦闘中行方不明)の意味で、父親のことですね。彼女は人生ずっと音楽活動も含めて戦士として戦い続けているっていうことみたいです。日本でよくソフト右翼が使う「音楽に政治を持ち込むな」なんて、完全にアウトオブ眼中ですね。

生い立ちが並じゃないってことだけで、ポンっと斬新で画期的なアルバムが作れたわけではもちろんないです。彼女自身のセンスと努力もかなりあると思いますが、活動を始めた頃に一緒に音楽を作っていたのが、後に大物プロデューサーとなるDiploだったていうのがまたポイントです。当時は彼氏だったのかな?才能と才能がいいタイミングで出会って、二人で試行錯誤してこういう傑作が生まれたというわけです、たぶん。

それで、この大傑作デビューアルバム「Arular」の前にですね、二人が作った「Piracy Funds Terrorism」っていうミックステープがあって、Arularの主要な名曲のいくつかは、ここで既に作られていたんです。このミクステが、DatPiffで今でもフリーダウンロードできます。素晴らしい!、、、仲良く熱心に二人で好きな曲とかを、これいいよねーとか言いながらマッシュアップして歌やラップをのせていった楽しそうな様子が伺える作品です、、、というか、このミックステープ自体が既に名盤なんです。バングルス、マドンナ、プリンス、ユーリズミックスなどが使われていて、80年代に青春だった自分としては嬉しくなってしまう内容です。雑多なミックス感覚を現実にオリジナルの作品に昇華していく、Diploの特殊能力あっての創作方法ですね。

こうしてできたミックステープが話題になり、有名レーベルからリリースが決まり、できたのが「Arular」です。こう書いてしまうと、そうなんだふーん、てぐらいにしか思わないかもしれないですけど、アルバムの内容は本当にエポックメイキングであり、理屈抜きでカッコよくて楽しくもあり、そして名曲多数な作品です。ちなみにデビュー曲「Galang」のMV、背景の絵がどう見てもバンクシーなんですけど本人でしょうか?いちおうMIAちゃん、有名な芸大を出てデザイナー仕事もやってたそうだから、エラスティカのジャケとか。なんかつながってそうじゃないですか?、、、「バンクシーはマッシブアタック」説を有力視しているが故の意見なんですが。

18年に彼女のドキュメンタリー映画が公開されていたらしいので、それを見ると謎は解けるのかなあ、、、観たいです。

続いて07年にリリースされたセカンドアルバム「Kala」がまた、更にこのオリジナリティ溢れるミクスチャーを押し進めた作品になっていて、おまけに「Paper Planes」という大ヒット曲も出たりして、もはや恐い物なし状態です。この曲はクラッシュの「ストレート・トゥ・ヘル」という自分の人生ナンバー1の曲を使っていて、ライブで同じ曲を使っていたクリトリック・リスを観た時以来の嬉しさと、それ以上の喜びでした。銃とレジの音もリズムの一部になってて延々と「私の欲しいものは、お前の金」みたいな物騒な内容なのになぜか感動的に聴こえるのは、この元曲が持つマジカルな力でしょうか、、、そう感じるのは自分だけのような気もしますが、、、ファーストに比べると全体的には、ボリウッドなどのインド要素が若干増えた気がします。ルーツ&アイデンティティってところでしょうか。

表面的な音楽性だけじゃなくて、実験性含めてアーティストとして一回り大きくなったというか、深みと余裕までが出た感じがあります。「Mango Pickle Down River」って曲では、リズミカルなディジリドゥに合わせて子どもがラップしたりして、微笑ましい名曲になっています。前述のクラッシュだけじゃなく、マッシュアップ感覚も健在で「20 Dollar」では、もったりとしたニューオーダーの「ブルーマンデー」が登場して、ピクシーズのフレーズも出てきます。おもしろいー!

MIAのキャリアもこのように順風満帆なように見えたんですが、10年にリリースされたサード「MAYA」が雑誌や批評家などに酷評されます。いくつか読んだんですがあまりにもひどい評価で、一体何が起こったんだろう!?とさえ思います。今でも、MIAはこのアルバムで大きくこけて、二度と初期のような活気が出ないまま現在に到る、というのが一般的な見方のようです。

ところがこのアルバム、そんなにひどいかと言うと全然そんなことないのです。相変わらず雑食変化はしつつ前進していて、刺激的でもあり絶好調です。なのになぜこんなに低評価なのかワケが分からない、、、

どうやら、このアルバムで取り込んだノイズ的なものがみなさんのお気に召さなかったメインの理由っぽいです。しかし現在の耳でこのアルバムを聴くと、むしろ「さすがMIA女史!」と言いたくなるサウンドです。例えて言うなら、カニエのイーザスに似た感触です。こんなに先鋭的に成功してるのに、けなされて可哀想です。中には、「歌詞が政治的すぎる」とか、「彼女はポップアーティストとしての可能性を捨てた」とか、「この曲とこの曲は、もっと前作のこれとこれみたいになったのに」とか書かれてて、批評家って何様なんだろう、お前が間違っているくせに、、、とか暗い気持ちになったりしました。

1曲目から相変わらずの独特で強靭なビートでカッコいいです。全体的には、ゆる~い感じの曲もありますけど別にマイナスな印象にならず、むしろより幅広いバラエティに感じます。全体的には、いくぶん散漫な印象もありますけど、、、「Born Free」はなんと、スーサイド使い!めちゃめちゃカッコいいです!スーサイド聴き返したくなります!しかしこの曲もカッコいい。ヴォーカルのリヴァーブ深くて、ちゃんとアラン・ヴェガ意識もしてます!

このアルバムが大不評だったせいなのか分かりませんが、次の作品はなんと翌年11年のミックステープ「Vicki Leekx」!、ここにきて突然のフリーダウンロード・リリースです。この作品は現在、DatPiffのリストにはあるけどなぜか聴けません、、、内容はいつも通りの感じで20曲36分、整理されて聴きやすい感じであっという間に流れていきます。いいけどちょっと不思議な位置の作品でもあります。

そしてそのVicki Leekxの中の曲「Bad Girls」も引き継いで、、、といっても2年かかりますが、13年に自分の本来の名前がアルバムタイトルの「Matangi」をリリースします。これも評価は低いんですが、何なんでしょうね、これもかなりいいんです。1曲目からインドテイストのスピリチュアルな感じがあります。もちろん独特な強靭ビート感覚は健在なんですが、スローでやや感傷的な曲もあったりします。トラップ要素も少し入ってきて、いつもながらの雑食性なんですが、増々意識的にルーツに近づいたって感じでしょうか。結果、このアルバムもかなり独創性のある内容になっています。めずらしい曲調の「Lights」とか、何だかちょっとレインコーツみたいです。The Weeken参加?の2曲(同じ曲ですがなぜか2回入ってて謎すぎる)もいい曲です。

こうして聴いていると、MIAがいなかったらリアーナもビヨンセもなかった気がしてきます。MIAはあまりメロディを歌わないので、比較はしにくいんですがサウンドとリズムと、その中でのヴォーカルというか、その二人に限らず現在の女性ヴォーカルにかなり影響はあるんじゃないか、と勝手に思ったりします。

そして3年後の16年に今のところ最後のアルバム「AIM」が出ます。これも自分の名前を使ったアルバムタイトルですね。ジャケの雰囲気からしてもかなり落ち着いた内容なのかなー、と思って聴いてみるとやはり落ち着いています。歌詞は政治的要素が強くなっているようですが、、、サウンドが全体的にはおしゃれというかアーバンというか(本来の意味だと日本人が思っている都会的っていう意味ではないみたいですが)、、、メレディス・モンクみたいな「Jump In」とか、三味線かトルコの弦楽器っぽいのとか、ファグスみたいでちょっとおもしろい「Ari R U OK?」とか相変わらず新しい取り入れが行われてて、しかも万能のあの独特なリズムにちゃんと消化されててさすがです。「Platforms」とかは童謡みたいな曲がもろトラップになってて、おおっ!?ってなりました。「Matangi」までのMIAとはかなり印象が違いますが、音のアイデアが豊富で細かいので、これはこれで聴き応えのあるいいアルバムだと思います。

こうして最後まで聴いた後に、もう一度最初のミックステープ「Piracy Funds Terrorism」を聴くと、当時は無名の、才能に溢れた男女カップルが、ワクワクしながら楽しく作った青春の一粒のようなロマンチックなフィーリングを感じます。もちろん内容は全然そんな感傷的な要素はないんですが、、、今ではDiploも、一回のDJのギャラが1000万円以上というスーパー・セレブ・プロデューサーになっており、MIAは大英帝国勲章の授与式典でMBEを母と受け取ります。65年にビートルズがもらったやつです。もっともジョン・レノンは69年に突っ返していますが、、、

最後にその時のMIAのスピーチをコピーしておきます。さすがに一筋縄ではいかない感じです。

「私たちによりよい暮らしをさせるため、最低賃金で働いた母に敬意を表して、本日、私はこの叙勲を受け入れます。労働者階級の移民第一世代である私は、自らの貢献がこのように認められることを素晴らしく思います。私の真実を語る自由があること、音楽を通してそれをおこなうことは、こうした特権を持たない人々のために語ることの一助となります。他者によって沈黙を強いられる、あるいは迫害される人々のための戦いを、私は続けていきます」

ついでに、2004年リリースのDiploのデビューアルバム「Florida」も聴いてみました。もろDJ Shadowでした。

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