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植野DatPiff日記16チーフキーフ(中)

チーフ・キーフは本当に不思議なアーティストです。他のどんなヒップホップ・アーティストとも違うというか、あまりにも独特すぎて、それがヤング・サグのようにトリッキーだったりグッチ・メインのように話題性があったり、フューチャーのように一定のイメージがあるような感じではなく、おそらく音楽の才能的には一番あるんだろうけど、自分がやりたいこと、やり方以外は一切気にせず、ただ部屋でもくもくとガンプラでも作っているような感じです。

こう書くとこの連載の1回目に登場したLil.Bみたいな印象ですが、そういう感じはあります。ただ、あちらは、そのやり方自体がアート行為のようなものと思ってやってるのを感じるんですが、キーフのほうはもっと天然な感じで、何か新しいことに興味があるからやっている感じで、だから作品ごとに変化があっておもしろいんですが、いつでも飽きたらやめそうなところもあって、少しハラハラします。

多作なアーティストや、アーティストの多作な時期って、実はクオリティが高くて実験も多くて思い切りがあって、自己すら超越したようないい作品が多い気がします。前者ならジャド・フェアやサン・ラ、ジェームズ・ファレロ、トリローや手塚治虫、ピカソ、、、後者ならキンクス初期や、どのジャンルでもいくらでも例があるぐらいです。

トラップは比較的多作系なジャンルなので、同時代の他のジャンルと比べてこういう、切り離された傑作が多いと思います。ただ、こういうことが起こるのは期間限定で、トラップはもうその時期は終わってる気もしますが。

自分が洋楽を聴きはじめたのは、85年ぐらいでいわゆるその頃は80年代のサウンドがあり、ほんの5、6年遡れば70年代のサウンドがあり、そのように現在でも聴いてすぐ違いが分かるぐらい50年代、60年代、70年代、80年代のサウンドは激変していました。テクノロジーとメディア形態の進歩と共にあるような感じで、それは自分には90年代ぐらいまでは何とかあるんですが、2000年代以降になると聴いていつ頃か、て分かる自信は全然ありません。常に何かのリバイバル的なものに現代的なものを足しているような感じです。

これは好きとか嫌いとか、いいとか悪いとかを言っているわけではありません。ここ20年の色んな音楽をやたらと聴いていて、漠然と感じることです。当然2000年以降もいい作品は山ほどあります。2019年なんてそれこそすべてのジャンルで傑作が連発された年だったようにも思えます。2020年はまだ途中ですが、もっとすごいんじゃないでしょうか。

そういう中で、トラップだけが完全に新しい突然変異のようなものに見えたのです。もちろん分析すれば流れや類似点はあります。言うても、ヒップホップですし、、、ただ、ヒップホップが登場した時のように、アーティストはもちろん、関わってるほとんどすべての人たちが新人だったってところに異常にワクワクしました。そういう意味ではパンクムーブメントにも近いかもしれません。

自分がおやじなのにこういうことを言うのも何ですが、古い人がいないということは、これはこういう、おのだよ、これはやっちゃダメだよ的な制約がないってことです。ラッパーもトラックメーカーも、みんなほとんど独学で勘と努力を頼りに生み出し、発展させてきたってことです。それは、人気が出れば当然、模倣者や便乗者が増えて、聴くほうも飽きるし、ある程度のところで終わってしまいますが。

だから自分が今書いているこの研究みたいなものは、現時点では音楽史の最後の新しいきらめきを、少し乗り遅れてしまったが故に検証していってる作業でもあると思っています。チーフ・キーフは、その中でもひときわポツンと離れたところで光っている星みたいなものです。

2014年にリリースされたミックステープ「Back From The Dead 2」と、セカンドスタジオアルバムの「Nobody」は、どちらもかなり性質が違うものでありながら、それをよく表していると思います。

他のアーティストも多少そうでしょうが、キーフはプロジェクトごとにかなり音の傾向を絞って狙って同時に進めているようなところがあります。なんと真面目な仕事ぶりでしょう。ただ、彼がどこまでそれに意識的なのか、周囲の人達の関係もあったりして自然にそうなっているのかは分かりません。

だからといって、個々のアルバムが上手く解説できるわけでもありません。そこには常に混沌があります。常に実験があります。若き成功者ラッパーがこれを意識的にやってるとしたら、これはかなりキーフのイメージと違います。

BFTD2は、かなり奇妙な作品です。キーフのヴォーカルは、一層疲労してやる気がない感じになっています。これは、ダメと言いたいわけでなく、これがカッコいい美学と個性に感じられます。もしかしたら、本当に疲れて半分やる気なくやっている可能性もありますが、、、でも仕事自体はめちゃ多いです。

リズムは、かなりランダムです。途中で消えたりもします。気まぐれなパーカッショニストがメンバーにいるような感じで、一定のクールなビートを繰り出す感じと真逆です。こういうヒップホップは、自分はあまり聴いたことがありません。ていうか、他にないと思います。

全体的には安いホラー映画とかゲームのような印象ですが、音質は粗く編集も狙いが分かりにくいものになっています。キーフの発明的なラップ、というかヴォーカルでまとめているようなものです。

何人かは、この感じを「サイケデリック」と表していて、それも分かります。色んな要素がハッキリしないままあって、曲数も多いのでサイケのコンピを聴いているような気がする瞬間はあります。

そしてこのアルバムはなんと、キーフ本人が大部分の曲をプロデュースしています。そっちの方向に延びるのは、ちょっと意外です。ただ、時々「ヤング・チョップ・オン・ザ・ビーチ!」と聴こえるので、ヤング・チョップのトラックだったり、「ホリデー・シーズン・ビッチ!」も聴こえるし、クレジットも「Hosted by」だったりするのでDJホリデイもいたりして、自分はこのジャンルにおけるヒップホップのプロデュースっていうものが、どこからどこまでなのかよく分かりません。でも、自分でサウンドのほうもかなり制作したり仕切ったりする意欲は、なかなかしっかり者なんじゃないでしょうか?そういえばエミネムも、ラップのイメージだけが強かったんですが、実はかなり自分で曲を制作&プロデュースしていました。

久々の大ヒット曲「Faneto」は、自分は本当に好きです。相変わらずラップのシンプルな発明とキャッチーさが融合しています。リズムも、分かりやすくリピートしません。なのに攻撃的でカッコいいんです。すごくおもしろいヒット曲だと思います。

小刻みのシンセが印象的な「Homie」や、何とも言えない曲調がいい感じの「Sets」、リバース音がボーズ・オブ・カナダみたいな「Dear」、「Moral」は途中から音とリズムがおもしろくなります。音楽的にも聞きどころ満載です。

とにかく、何度聴いてもよく分からないし、聴く度にいい作品じゃないか、と思うようになり最終的には「最高かも」「特別かも」と思うようなアルバムです。Nobodyもそうですが、何度も聴いてしまい全然先に進めません。

「Nobody」は、、、コレをあのFinally Richに続くメジャー第2弾として出そうとしてたなんて、スゴいなあ、と思います。すごい早いというか、、、結局、心の狭いメジャーのレーベルからは出ませんでしたが、、、

こっちはBFTD2とうって変わって、めちゃメロウです。キーフ、ほとんど歌ってるように聴こえます。リズムが曖昧なのは共通しますが、、、全体的に浮遊感があって、あっちがサイケならこっちはアシッドフォーク、と言いたくなるぐらいです。「Hard」、「Nobody」は、夢見心地になってしまいそうな、でも何かが変な、そんな特別な曲です。

ちょっとオートチューンがかかりすぎじゃね?って気もしますが、、、Finally Richの一番驚いた曲「Citgo」の可能性を追求しています。メジャーレーベルからリリースされる予定だったせいか、音質はクリアで音像もスッキリしてます。キーフのちょっと疲れたやる気のないヴォーカルの感じが、たまらなくマッチしています。Finally Richの攻撃性とこのNobodyの退廃的メロウの両極を持っているなんて、なんて珍しいアーティストなんだろう、と思います。ジョニー・サンダースみたいな感じでしょうか。

今回は、BFTD2がイチオシです。DatPiffでフリーダウンロードできます。Nobodyのほうは、DatPiffにはないです。

2015年の「Finally Rollin 2」は、完全に製作陣がグッチ・メインで豪華なんですが、あまりにもそのままというか全然魅力がないです。ところでこれ、「1」が存在しないように思えるんですが、どうなんだろう、、、

同じ年に出た「Sorry 4 The Weight」のほうは、これまた奇妙な作品です。トラップのリズムに明らかなパーカッションの音が入ってきます。しかも適当なような相当高度なような微妙なリズムで。このアルバムも全体キーフのプロデュース(でもこれもDJホリデイもプロデュース?)で、やってることはたぶん勘だと思うんですが、何かに挑む求道的な印象があります。「What Up」、「5AM」あたりがおもしろいと思います。

それにしても、成長が早いというか天才というか、多作な中での変化と試みが半端じゃない人です。それが、完成度の見地からだと必ずしも成功してるわけじゃないので、評価がそんなに高くない、低いぐらいに見えるんですが、自分にはキーフは作品として成功しないようにしているように思えます。もしくは、そんなことよりどんどん試したい気持ちと量が、完成度を凌駕しているかのようにも。少なくとも、こんなに「次の作品はどんなんだろう?」とワクワクするアーティストは他にいません。この点だけにおいても、キーフはかなり特殊で貴重な存在だと思います。


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