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新しい熱狂の幕開けーーboygenius『the record』レビュー

Julien Baker、Phoebe Bridgers、Lucy Dacusーー運命か必然か、3人の優れたソングライター/シンガーは互いを認め合い、友情を深めていった。新型コロナ以前から私達の生きる世界は混迷を極め、国、人種、性別、世代、ひいては隣人レベルで日々摩擦が生じ続けている。そんな時代に個々のキャリアを積み上げながら友情を育み、先人達へのリスペクトとステレオタイプな社会に中指を立てるboygeniusに心底憧れるのは自分だけか? 叶うなら4人目のメンバーとして、いや贅沢は言わず、3人を支えるクリエイティブスタッフの一員でもいいから参加したいくらいだ。

『the record』は、3人のソングライティングと歌声が見事に調和したデビューアルバムである。楽曲毎に役割分担はなされているが、アルバム全編を通じての淀みや歪みは一切ない。1人ひとりが明確に楽曲と向き合いながら、同様に他2人のことを意識していることがよくわかる。

2018年のデビューEP『boygenius』のラスト「Ketchum, ID」から繋がるように、M1「Without You Without Them」も3人の美しいユニゾンから始まる。冒頭<Give me everything you've got/I'll take what I can get/I want to hear your story/And be a part of it>と歌う背景には、継承や伝承が見え隠れする。祖父母から親へ、親から自分へ受け継がれる血縁の物語はとてもアメリカ的だ。3人の輪唱に続いて<Until the words run dry, we'll see eye to eye>と紡がれていくのも印象的で、言葉では無理でも目と目を合わせるだけで伝えられることがある、そんな儚くも力強いメッセージが聴こえてくる。

Julien Bakerの不器用さが随所にパンチラインとして登場する「$20」、Phoebe Bridgersでしか描けないストーリーを堪能できる「Emily I’m Sorry」、繊細な詩人としてのLucy Dacusが垣間見れる「True Blue」の3曲は女優のKristen Stewartによって映像化。『the film』と題した14分弱のこの映像はアルバムの前半部(レコード面でいうA面)における3人それぞれの特徴を捉えながら、boygeniusでしか築けないリレーションシップにスポットを当てている。

Sheryl Crow「Strong Enough」(1993年)からインスピレーションを受けたM6「Not Strong Enough」でA面は幕を閉じ、Phoebe Bridgersが書いた「Revolution 0」以降はこれまで以上に独創的な世界を切り開いていく。ちなみにこの「Revolution 0」、どうやら元タイトルはThe Beatlesに由来して「Paul is Dead」だったそうだ(アルバムの共同プロデューサー:Catherine MarksのInstagramより)。

個人的にもB面のハイライトだったM7「Leonard Cohen」は、Leonard Cohenの詩を引用したLucy Dacusらしいフォークナンバー。Leonard Cohen「Anthem」(1992年)から<There's a crack in everything/That's how the light gets in>を用いて、高速道路で道を間違い、余計な時間を過ごす登場人物たちの描写に深みを与えている。なお、台湾のデジタル担当政務委員であるオードリー・タン(唐 鳳)も同様の詩に感銘を受け、重要な場面でよく引用している。“裂け目(crack)”とそこに差し込む“光(light)”は場面毎に多様な解釈ができるだけに、Leonard Cohenの詩の奥ゆかしさにも触れられる1曲として必聴だ。

Taylor Swift「This Love」(2014年)にも言及し、3人の互いへの愛が表現されたM9「We’re In Love」(当初、Julien Bakerはこの曲を収録するのに反対していたという:NPR)、そしてデビューEPに収録された「Me & My Dog」と世界線を共有しながら3人の成長が記されたM12「Letter To An Old Poet」で終幕。禅問答を続けながら、傷つくことを前提に他人と関係を持つ素晴らしさにも気付かせてくれる本作は、2018年にBrooklyn Steelで行ったライブでの歓声が最後に聴こえてくる。当時最も3人がエキサイトした同ステージでの熱狂は、5年後、新しい熱狂の幕開けを告げる動力となったのだ。


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