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「エントロピー増大の法則に抗う人間の生」

(賛否両論あると思うのでみなさんのご意見をお聞かせいただけたら幸いです)

皆さんは、「エントロピー増大の法則」という法則を知っているか。自分は生粋の文系なので理解に誤りがあるかもしれないことを予め断っておくが、一般に「物事は乱雑になる方向に進む」とか「秩序だった状態から無秩序の状態に進む」という法則だと説明されているものだ。例えば、コップに入った水は常温で保存しておくと、気体に拡散し何らかの力を加えない限り元に戻ることはないし、コーヒーにミルクを注ぐと、自然と混ざり合い、再びコーヒーとミルク単体に戻ることはない。文系風に解釈するのならば「覆水盆に返らず」だ。

 もちろん人間の生に深く関係することにおいても、エントロピーは常に増大している。部屋は放っておくと散らかるし、肌は放置しておくと荒れていくし、進学や就職などで人間環境は常に多様化する。しかしながら、人間というのはこの法則に抗う存在なのではないのかと最近考え始めた。部屋が散らからないように定期的に掃除をし、肌が荒れないように肌のケアをし、もしくは化粧をして肌荒れを目立たなくし、変化した人間関係のなかで置いて行かれないようにコミュニティ(秩序)を形成しようとする。人間の生がエントロピー増大に抗う事であるならば、抗えなくなった時、人は死を迎える事になる。

去年癌で亡くなった祖父のことを思い出す。癌の発生によってエントロピーが増大した体に祖父は懸命に抗っていた。癌の進行を少しでも食い止めるべく医者に処方された薬を飲み、悲しみ、つらさ、不甲斐なさなどでぐちゃぐちゃになった感情を、仕事や運動を行うことで昇華していた。亡くなったあの日も祖父は懸命に抗っていた。亡くなる数時間前から状態が急変した祖父を自分はそばで見ていた。虚ろな目をしてベッドに横たわり何かを伝えようとしている様子からは、崩壊し複雑化していく自分を前にそれに強く抵抗しているようにも見えた。まああくまで事後的な解釈だが。そして抗えなくなったとき、祖父の意識は混濁し、大量に吐血し祖父は死を迎えた。最後には火葬という手段により、気体となって拡散し、物理的に最高にエントロピーが増大してこの世から完全に姿を消した。

 
今日も人間はエントロピーの増大に抗っている。
今日も人間は生きている。

 帰納的に、そして、エントロピーの法則という断面だけを切りとって人間の生を考察してみた。いささか主語がデカくなってしまった気がする。もちろん反例はあるだろうが、これが自分の考えだ。こうして自分の考えを秩序立て文におこすこともエントロピー増大の法則に抗っていると言えるのかもしれない。

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