アツ、22歳。雀荘で苦悩する。

いつも開店の10時過ぎにすぐ来て長い時には24時まで入り浸る常連のN沢さんというお客さんがいた。

タケが引っ張ってきたお客さんの1人で、稼ぎは良いがあまり評判の良くないシゴトをしていた。

「ROOKIES」は「事務所」と違って大学が近くに無いせいで、学生の出足が鈍く早い時間帯に卓が立ちにくい。

そんな店にとってありがたい存在だったが、2人目のお客さんがなかなかこないと結果2時間程待ってもらうことになる日も多かった。

ある朝N沢さんが、もう1人来るまでサンマやろうぜと言うので、タケがそれにノって「アツさん、俺もそれイイと思う、いっつも待ってもらって悪いしさ。Fさん(オーナー)に訊いてみよう」と言い出した。

僕もフルバックならこの2人にサンマで負けることは無いと踏んでOKした。

F君も「ああ、いいよそれで。ゲームシートはオレも入っての4人打ち扱いにしといて。ルールも適当に決めていいよ」と快諾してくれた。

ということで2入りのサンマで1日が始まるようになった。

N沢さんはサンマが大好きで、毎日来てすぐサンマが打てるようになって上機嫌だった(だいぶ負けてたけど)。

ところがN沢さんはいざ2人目のお客さんが来るとあからさまにガッカリした様子を見せるようになった。

所謂ボンヅラが悪くなり、元々よくしゃべりながら打つ人だったが口三味線もひどくなって(サンマの時は放置していた)、注意や他のお客さんのクレームを受けることもでてきた。

さらに困ったことに夕方以降にフリーの常連の中でサンマ好きの客が来ると声をかけて誘い、三人揃うとフリー卓を抜けてサンマセットを組むようになった。

さすがにこれはルール違反だ。

売り上げの面でもマイナスだし、F君がいなくてスタッフ2人体制の時(平日は大体そうだけど)に急にそれをやられるとフリーの卓組みにも影響する。

なのでF君に相談の上、フリー卓を抜けてセットを組むのはNGですと、ある朝N沢さんに伝えた。

他のフリー客をセットに引き抜くのはダメです、セットは他店へ行って下さい、と。

そしたらN沢さんの態度が急変して、「他の店にセット料金落とすよりいいだろう?卓立てるのに協力してんだろうが」等と怒り混じりに随分ゴネられた。

N沢さんはタケを味方につけてNGを回避しようとしていたが、僕がF君に悪影響が出るから絶対やめさせないとダメだ、と強く言ったので、後日F君からも念を押され渋々諦めた。

それからN沢さんはサンマですら不機嫌な様子で打つことが増え、ある日フリー卓でこんなトラブルを起こした。

いつものサンマ状態から2人お客さんが来てのワン入りヨンマになった直後のことだった。

N沢さんの上家(さっき空いていた席)にAさん、対面に変わらずタケ、下家だった僕に替わってBさんという座り順。

Aさんが先制リーチ、その後タケが追いかけリーチをかけ、直後のAさんのツモ番を飛ばしてN沢さんがツモってしまった。

サンマでは対面のタケのあとがN沢さんのツモ番だったので間違ってしまったのだろう。

しかもN沢さんの目の前がツモ山だったので指摘する間もなくN沢さんはツモ切ってしまった。

卓内の時が止まる。

この裁定は難しい問題だった。

ツモ切ってしまった牌はタケとAさん、両者のリーチのアガリ牌だった(当然両者とも固まっていたが後ろで見ていた僕はわかる)。

・『ツモ番』や『本来のツモ牌』を間違え、打牌をしたらアガリ放棄

・河に着いた牌は戻せない(鳴きやロンがかかったら尚更)

この原則はわかる、問題はリーチ者2人のアガリの裁定だ(本来はAさんのツモアガリ)。

1分程悩んで、決めた。

僕は「この牌に対してアクションはありますか?」と促し、タケとAさんのロンの意思を確認した上で、『N沢さんから両者への放銃』という裁定にした(ハウスルールはダブロン無しでアタマハネだが)。

これに対しN沢さんは激怒してしまった。

「間違えたツモ牌は確かにコレなんだから、山に戻して本来のツモ順に直せばいいだけだろうが?!」

だが僕は引かなかった。

F君に「次にN沢さんと何かトラブったら出禁も含め強く対応してもOK」と了承も得ていた。

N沢さんの相手に辟易していたのも確かだったし、いっそ怒って来なくなってしまえばいいと思った。

それは案の定というのか、それとも理想的決着というのか。

N沢さんはサイドテーブルの金を乱暴にポケットに突っ込み、僕を突き飛ばして出て行った。

僕が初めてありがとうございましたを言わずに見送ったその背中は、ROOKIESの記念すべき?出禁第1号になった

今でも僕はこの判断は間違ってなかったと思うが、やはりというか売上は少し落ち込み、開店時間もその後は2時間遅らせることになった。

F君は「まぁ仕方ないよ、店の雰囲気は良くなるだろうからそれはそれで良かったし」と言ってくれたが、タケはN沢さんと仲が良かったので複雑な顔をしていた。

その後店は持ち直し、学生バイトを雇う余裕もできて、無事1周年を迎えることができた。

( ´Д`)< この時より難しい裁定シーンは未だにありません。次は『タケの疑惑篇』です!




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?