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転生したら「女神さま」のパシりだった件 その2


2.イマジナリー・フレンド

次に目覚めたら、どっかの病院のベッドだった。外来のベッドに寝かされ、点滴されていた。

医師が、病床がなくて仕方なしに、ここで寝かせていたと謝った。


ここは瀬戸内海のとある島。


瀬戸内海は島がたくさんあるが、医療施設のある場所は限られている。この「海ざくろ島」の医療施設も、病院ではなく診療所扱いだ。

とにかく、あの恐ろしいステージからは逃れられたらしい。

医師は声を潜めて、あの団体の関係者か聞いた。

記憶はある。

下働きというか、お手伝いですね、と言葉を濁しておく。

医師の表情からは、「あの団体」が良く思われていない事が窺えたからだ。

点滴を抜いてもらった後、もう少し休んでいくように言われて寝ていると、ドタドタとオバハンくさい足音が複数した。

「しおさーん!大丈夫ぅうううう?」

「倒れたって、どうしてぇん?」

「疲れてたのねぇ」


しなを作ったしゃべり方が、かしましい。

ステージが終わって、メイクも落とさず着替えだけはして、やってきたらしい。

「女神さまも心配してたわよ」


そう、その女神さまという、姫草に目を付けられ、こき使い倒されていた私。

姫草が期待していたように、なかなかお金を出さないので、代わりに無料で労働という搾取をされていた私。

女神さまに奴隷みたいに扱われながらも、私は待っていたのだ。

自分を救い出してくれる、そして、しっかりと自身の頭で考える事の出来る人物。強くて賢い、そして自立している人物。

一年近く、心の中で育てていた、もう1人の私。つまり、搾取され奴隷に甘んじていた私は、ついさっき死に、内面で育てていた私が表れたのだ。


…………とか言うと、大変な事になるから黙っていた。

「ご心配おかけしました。大丈夫です。帰宅して休みます」

私がひらりとベッドから降りると、全員が不思議そうな顔をした。

「…………何か?」

「……いえ、史生さん、何だか感じが変わったなぁと」

「前はもっとこう……ビクビクしてたと言うか……」


一人のスマホが鳴った。どうやら女神さまかららしい。

「史生さん、撤収の手伝いに来てって、女神さまが」


鬼だ。


誰が「女神」だって?

さっき、ブッ倒れて緊急搬送の上に点滴されていた人間に。あの狂った大人の文化祭の片付けに来いと?

「病人に力仕事させるんです?」


人混みの奥から、どこか懐かしい声。

別居中であるはずの夫が、その場の女性達を押し退けてベッドの近くへ来た。

医師がどなたかと、形式的に聞いた。

「夫です。たまたまK県に出張で来ていましたが連絡があったので」


それを聞くと、医師は口実が出来たとばかりに、「検査の説明があるから、ここは身内の方だけにして下さい」と、ドーランまみれの信者達を追い出した。


「夜でラボが閉まってるから、血液は比重と血沈しか調べてませんが、栄養状態も良くないみたいですね」

と、医師は夫と私に説明した。

「このまま一人にすると後で面倒くさそうな事になるみたいですから、今夜はご主人と旅館などに行かれては」

「……それが……」


夫は憎々しげに答えた。

女神さまが、島内の主要な宿に連絡して、夫を泊めないように通達してるらしい。

私を確認したら、さっさと帰れと言う事だ。

医師は真面目な表情のまま、白衣からスマホを出して、どこかへ連絡している。


結果、この島の医師の自宅に、夫婦して泊まるといういう、あり得ない事になった。



医師の自宅の(島が貸している一戸建てだ)二階の一室で、私は久しぶりに夫と対峙していた。

「元気だった?」

「はい。あ、でもないから倒れたのか」

夫は小さく笑った。

「知り合った頃の君が、今みたいな感じだったなぁ」

「うーん。あなたには、いろいろ迷惑かけてしまって」

「本音で話して。…………その、洗脳みたいのは解けかけてるんだろ?」

私は無言で頷いた。もう一人の搾取されていた私については黙っておいた。

夫は心配そうに言った。

「明日、一緒に東京へ帰ろう?俺と一緒ならあれこれと引き留めないだろうし」

「…………ちょっと、やり残してる事があるのよね」

この私になってから、まだ女神さまとは会っていない。脳には記憶がしっかり残っている。どうしたいかと言うと。


それは「怒り」だ。


このまま、大人しく帰っても良いのだけれど。

奪われた物は取り返さなくては。そして、相手から、きっちり利息を貰わなくては。

「一郎さん、手助けしてくれる?」


私は

うくくくくくっ

と邪悪に笑んだ。

続く






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