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転生したら「女神さま」のパシりだった件 その四

4.CPH4

姫草を、パシり組の私達は、先生と呼んでいた。

で、女神さまは講演会の時には権威ある教授のように、存在感全開、オーラやパワーの濃度純度アップ、それはそれは「素晴らしい事を言ってくれそう」に振る舞っている。

色白で四十路前にしては整った顔と体つき。ウエストマークのクラシックなデザインのワンピースを着て、頭にはワンピースと同系色のパウダーブルーの小さな丸い帽子を、ゆるふわな髪をした頭に乗せている。まるで皇室。

ワンピースはイブサンローランやディオール。「安い服を着ていたら人間も安くなる」が口癖で、間違ってもファストファッションなどお召しにならない。


登壇している姫草は

「年齢を重ねても若々しく、実年齢を感じさせないようにお洒落をし、肌を整えましょう」

と言いながら、自分がプロデュースしている基礎化粧品の宣伝に、話を巧みに持って行く。

「女性は完璧な美術品です。自分を美しく磨くのを忘れないよう」


このタイミングで、化粧品の購入申し込みの紙が配られる。

姫草が終了の合図をすると、感極まった人達が立ち上がり、拍手がわき起こる。

私は部屋の隅から中央に出て、ミネラルウォーターの瓶を変えたり、マイクを変えたりしていた。


信者に囲まれて上品に微笑んでいた姫草は、一段落すると、別にスタッフに小声で

「何セット売れたかしら」

と聞いている。

「今の所、十くらいです」

姫草は眉をしかめる。

「もうちょっと欲しいわねぇ。あ、あなた!史生さん!」

姫草が私を呼び止めた。

「志保さん、イベントの日に倒れたんでしょ?不思議な体験してない?してるわよね?」

いいえ、とは言わさないぞという圧迫感で聞かれる。

「はあ、まあ」

と曖昧に答えていると姫草は面白そうに言った。

「ずいぶん痩せたし、そういう事も含めて、何かみんなにお話してあげて?」

倒れて以来、島から出ていく訳でもなく、さりとて以前のようにベタベタして来る訳でもない私を、姫草は試すつもりらしい。


「…………分かりました」


休憩を十分挟んで、ユニクロの春コーデの私が壇上に立つ。

上手く行けば儲け物、悪ければ公開処刑。姫草の機嫌を損ねる奴はこういう目に遭うという実例として後世に語り継がれる。


信者達が場違いな私に少しざわめく。

静かになったので、私はよく通るように朗々と話始めた。


「アウト・ディスケ・アウト・ディスケーデ」


信者達が再びざわめく。

私はニッコリ笑って次の言葉を続けた。

「古代の偉人によるラテン語です。まるで呪文のようですが、『学びなさい』という事です」


私は水性ペンを手に、後ろのホワイトボードへ大中小と丸を描き、その上に楕円を重ねる。

全員が「え?」という顔になっている。

「太陽を中心とした惑星、恒星、そして衛星です。これらの軌道や星の配列ですが、生物のクォークに酷似している事は、いろんな人が指摘しています。人の脳細胞だけで数十億あり、絶え間なく刺激と情報を送り送られてしています。ヒトの頭の中だけで、銀河系を億単位で抱えているのです。自分を大切にする事は、自身の中の宇宙を大切にする事でもあります。

では、皆様に質問します。今以上に、脳を覚醒させたければ、どうすればいいのでしょうか?はい、そちらのピンクのショールの方」


指された女性は驚き、少し考え、「えー、瞑想とか?」と自信がなさそうに答えた。


「イイ線をいっています。先に結論を言うと『新しい事を学ぶ。そして、それを怖がらない』

という学習習慣が効果的です。人間の脳は普段でも数パーセントしか機能していない、いわゆる『ナイト・ヘッド』と呼ばれる未知の領域があると昔は言われていました。今では都市伝説です。ただ、ヒトよりもはるかに脳を使っている生物がいます。何だと思われますか?

はい、そちらの黒のスーツの方」

「え?あ、あの、うーん。ゴリラや猿」


私はパワーポイントを操作した。

脳の解剖図がボードに写る。さっき、自分のスマホと紐付けておいたのだ。

「実は、イルカです」


一斉に、へぇ~っ!という声が上がった。

「イルカはヒトよりもはるかに多い、二十パーセントもの部位を使い活動しています。イルカ達は言語を『エコケーション』と呼ばれる超音波に近い技術で意思疎通しています」


ホールの奥で、姫草と取り巻き達が、目を点にしている。姫草の取り巻き達とは、数百万円以上、姫草に貢いでいる裕福な主婦ばかりだ。普段なら、私など近寄らせもしない。

イルカの話から老化の話を簡潔にまとめ、再び星の軌道へと戻す。

「若くありたいのならば、若々しい思考、つまり、新しい学び、多様性を受け入れる事だと先日倒れて思いました。新しい自分に出会うために、新しいメイクも有効です。お化粧は脳の活性を促します。メイクセットをよろしくお願いいたします」


何とかまとめると、スタッフが申し込みの紙類を再び配り始めた。それと同時に拍手が起こった。


姫草はさらに化粧品が売れたのに、面白くなさそうだ。

その少し離れた場所から視線を感じた。

このサークルと姫草の、プロデュース兼コンサルタント兼マネージャーの、佐伯という、若くはないがイケメン男がガン見している。

今まで合わせた事もない視線が、がっちり絡み合った。

フォーリン・ラブの目ではない。

珍しい食材を見つけたシェフの目だった。


続く





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