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転生したら「女神さま」のパシりだった件 その五


5.宗教で儲ける方法


佐伯の事はみんな、表立っては語らないが、実は姫草の愛人の一人ではないかと噂されている。当の姫草は、四回離婚していて女の子を二人産んでいるが、今はフリーだ。


今までの夫達は、ダサ・まさしみたいな、「勤め人にならないで、歌やセラピーや、とにかく、そんなんで何とか食べていきたい」

というような男ばかりだ。

産んだ女の子二人は、元・夫の親達が育てているらしい。


取り巻きと話す姫草を遠巻きに、佐伯が会場の隅に移動した私に向かって、まっすぐ歩いて来た。

「なかなか刺激的でためになるお話でしたね」


真っ白い歯を見せて佐伯が笑う。

凛々しく端正な顔立ち。

わざと切り揃えていない長い髪をポニーテールみたいに一つにまとめているが、不潔な感じはしない。

着ているスーツはイタリアンブランドだろう。

「ありがとうございます」

うろたえず私はお礼を言う。

「あの、えーと。今晩、一緒に晩飯でもどうですか?」

「……へ?どうして、あら、まあ、やだ」

話の通じにくいオバサンを演じる。

佐伯が小声で耳元に囁いた。

「あなた、面白いねぇ。ぜひ話を聞かせて」

「…………はい」


まあ、いいや。佐伯にも、もし近付けるなら聞きたい事がいくつかあった。

佐伯は早業で、私に名刺を握らせた。プライベートなラインのIDがメモしてあった。


姫草は知ってか知らずか、まだ取り巻きとコスメセットの売り上げの話をしているらしかった。


その日の夜、私は佐伯が島に来る時に泊まっている旅館の一階ホール、と言っても単なるリビングに近い所だが、に居た。

「お待たせ。えーと、史生さんだよね」

佐伯は爽やかな笑顔で二階から降りてきた。

佐伯は特別に、旅館の人にお茶と軽食を頼み、ここへ持ってきて欲しいと頼んだ。

佐伯はお茶が来るまで天気とか海とか、当たり障りのない話題を振って来ていたが、お茶を一口飲むと聞いた。

「さっきのあなたのスピーチ、姫草がどんな顔して見てたか知ってる?」

「だいたい想像がつきます」

私も微笑んだ。

佐伯はうーん、と伸びをした後続けた。

「とっとと、宗教法人にしろって言ってるんだけどね。それはまだ嫌みたいで」

「税金はともかく、今みたいな、どんぶり勘定を真っ先に直すように言われるから、ですか?」


くくくっ、と佐伯は本当に面白そうに笑った。

「島の二束三文の、廃墟付きの土地を買い漁ってるのは知ってると思うけどさ」

「リフォームして、移住組に貸すと聞きましたが」

「多少はね。この過疎化が進んでる島で、持ち主が年取って、介護施設に入ったりして放置されてる建物、たくさんあるだろ?それを解体して、小さい祠や地蔵を設置しようとしてるんだ」

「それって……◯◯教(コンプラ)がやろうとして失敗した方法じゃ」

つまり、島を、自分のスピリチュアル教の聖地にしたいのだろう。

佐伯はふうん、と呟くと続けた。

「おや、よく知ってるね。とにかく、祠と地蔵を置いて『ここは宗教施設を建てる予定です。非課税にして下さい』という伏線にするつもり」

私は呆れた。

「……通らないでしょう、それじゃ」

「そう。それと姫草が住んでるスピ宮殿。あれもダメ」


宗教施設として、建築物を建てた場合、教祖と家族は居住してはいけない。居住したら住まいとみなされる。税金を払わなくてはいけなくなる。

「姫草とは数年来の付き合いだけどさ。オレは本当は、あなたみたいな人の方が教祖向きだと思ってる」

みんなの憧れの、ミステリアスなイケメンが間近で怪しく微笑んでいる。


「無理でしょ。私にはあれほどのカリスマはないし、ハッタリもかませないし体力ないし」

ブッバァッ!!


と飲んでたお茶を佐伯は勢いよく吹いた。

ハンカチを差し出すと、佐伯はむせながら受け取り、あちこち拭いて、最後に鼻を拭いた。


鼻から緑茶を流しながら、イケメンが焦っている。


「ちょ、ゲホッゲホッ!あなた、そういう切れるキャラだっけ?ゲボゲボ」

「切れてるかどうかは分かりませんが、こういう世界も面白いかもと思って」

「教祖、やんない?」

「やんない」


佐伯は本格的に笑い出した。

「どうして」

「かつて、地下鉄で毒ガス撒いたりした某団体が、何故あんな短期間で拡大できたか。理系の学生が多かったのと」

「うん」

「若い男女がほとんどで、その男女比が半々だったからです。『宙の舟』は、若くない女性に偏り過ぎてます。恋愛やナイトライフをコントロールするやり方は古いんです。止めても付き合うんだから、だったら、もっと若い男性を入れないと」

「ふむ」

「それと移住を促してますけど、コミューン方式は、問題があり過ぎます。地元の人間との摩擦だけでなく、仕事そのものがない。お布施するにも、稼げるアテが必要です。

あの人に、雇用創成は難しいでしょう」

「…………ちょ、なんか……詳しいな」

「そして、商いをするためのグッズが少ない。化粧品やスピ系の、アロマキャンドルやいろいろ、消耗品ばかり。小型の観音像やキリスト教系ならロザリオなど、残る物を高く売らないと。壺とか壺とか壺とか」

佐伯はかがみこんで下から私を見た。

「オレと組まない?」

「部分的になら」

体を元に戻して、佐伯は不思議そうに聞いた。

「と、言うと?」

「女の浅知恵で、依存的な人間から搾取して来たのはともかく。今、『ハイヤーセルフ・ビジネス』と呼んで、会員にセラピストやヒーラーをやらせようとしてるでしょう?高い講習費付きの認可証出して。あれをやめさせたいんです。それに」

「うん?」

「どう終わって行くのか、見届けたいと思ってます」


佐伯は頷いた。

「なるほどね。姫草が今狙ってるのは、島の聖域を管理してる人間だよ。『七年祭り』っていうイベントまでに。相手は裏で祭りを仕切ってる椿寺の一番の檀家の主人。この島だけでなく、近くの島の人間にも顔が効く。金も持ってる」

私はぬるくなったお茶を一口啜った。

椿寺は絹糸を出す蚕が本尊の、よく分からない寺だ。

それを「おかいこ様」と呼んで崇めている。

閑農期の収入源だったので、今でも、この島では地味に養蚕をやっている家があり、それをまとめているのが椿寺だ。


金も信者も男も、今まで何とかなった姫草が狙うラスト・キャリア。

それは自分ではどうにも出来ない物。


つまり、「育ち」や「由緒ある家系」だ。



続く


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