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【ロシア】インターネット通信を制限可能とする「ルネット法」とロシアの改正個人情報保護法

5月1日、プーチン大統領が、ロシアの外国とのインターネット通信への規制を強化する「ロシア連邦法 第90-FZ号」に署名した。同法が発効する6か月後の11月1日より、ロシアは外国からサイバー攻撃を受けた際にネットワークを遮断することに法的根拠を持つことになる。

同法は、ロシア国内のISP(インターネットサービス事業者)に対して2つのことを命じている。1つは、国外との通信を遮断するための技術を確立することで、もう1つは、ロシア国内と国外を結ぶインターネットの通信経路をロシア連邦通信局(ロスコムナドゾル)の管轄するネットワーク接続点を経由することを義務付けることである。これらにより、ロシアのインターネット「ルネット(RuNet)」の独立性を担保しようというものである。そのため、同法を指して「ルネット法(RuNet Law)」と呼ばれる。

なお、4月1日以降に、ロシア国外とのネットワーク遮断の予行演習も行われるという報道もあったが、本日(5月28日)現在、実施されたとの報道はなく、今後の実施予定も定かではない。

ロシア国内と国外を結ぶインターネットの通信経路規制については、中国における同様のネット規制の仕組みを「Great Firewall(万里の長城)」と呼ぶことがあるため、インターネットにおけるロシア版「Great Firewall(万里の長城)」だと呼ぶ向きもある。

なお、ロシアにおけるネット規制は、メディア規制よりも緩やかとされてきたが、2014年頃から順次強化されており、政府に不都合な記事や投稿が規制される「コンテンツ」規制から、特定のSNS通信(telegramやLINE等)を遮断するなど情報通信プラットフォーム規制に及んでいる。

規制強化の法的根拠としては、まず2015年9月より施行された2014年改正個人情報保護法が挙げられる。同改正法(第18条5項)により、ロシア国民の個人データを収集するウェブサイトの運営者を対象に、ユーザーの個人情報を可能するデータベースサーバのロシア国内設置が義務付けられた為、同法に準拠していないことを理由に、ロシア国内に個人情報を保管していない米Microsoft傘下のLinkedInは、2016年11月17日以降、ロシア国内からはアクセス遮断され利用できなくなっている。

また、2016年7月6日に成立したロシア連邦法第374-FZ号及び第375-FZ号、通称「ヤロヴァヤ法」(発案者のヤロヴァヤ下院公安委員長の名を取っている)は、通信業者はユーザーの通信データ(音声情報、文字情報、画像その他の電子的情報)を6カ月間、送受信記録については3年間の保管を義務付けており、別の法的根拠と組み合わせることにより、連邦保安庁がこのデータに自由にアクセスできるようになっている。同規制の施行は2018年7月からであるが、2017年5 月には、通信事業者に課した事業者登録を行っていないとして、LINEを含むロシア国外をベースとするメッセージ・サービスへのロシア国内からの接続を遮断している。

さらに、今年(2019年)3月18日には、偽ニュースの拡散と政府などへの侮蔑行為を禁止する一連の法改正(ロシア連邦法 第27-FZ号、第28-FZ号、第30-FZ号、第31-FZ号)、通称「フェイクニュース禁止法」が成立している。同法により、規制当局は、フェイクニュースを発信しているサイトをブロックする権利を有することになった他、違反した個人に対して、最大40万ルーブル(約70万円)の罰金を科すことが出来るようになっている。

こうした一連の規制導入は、言論の自由の制限につながるとの懸念から、ロシア国内外から抗議の声が上がっていた。特に5月1日に成立した「ルネット法」については、法案段階で、人権団体がロシア当局に抗議文を送るなどしている。

規制導入についての世論調査では過半数が反対しているとの報道もあったが、ロシア政府関係者は「ネット主権」という言葉を盛んに使い、欧米による介入やサイバー攻撃を許さない姿勢を強調、同法案を「主権インターネット法案」と呼ぶなどして、盛んにナショナリズムを煽っていた。

なお、実際にロシア独自のネットワークインフラを構築するには巨額の費用が必要となる為、実現を疑問視する声もある。しかし、過去の実績を見ると、改正個人情報法を根拠とした通信ログの保管をISP(インターネットサービス事業者)側の負担で実現させたように、国家予算に頼らずとも、民間事業者に費用負担をさせつつ段階的に推進していくことは十分実現可能との算段があるものと思われる。

特に、2017年1月以降、ロシア国内で電子サービスを提供する外国企業に対し 18%のVAT(付加価値税)の課税(通称グーグル税)が開始されている。
米国ではNSA(国家安全保障局)が巨大なデータセンターを建設してこういった情報を保存しているが、政府予算の限られるロシアの場合、外国企業側の負担で運用しているといえるだろう。

ロシアでは、2017年5月に「2017~30 年のロシア連邦における情報社会発展戦略」が策定されている。新戦略では、デジタル経済やサイバー空間における国益保護、情報過多の社会における伝統的価値観の保護などが謳われており、一連の法改正の動きは、ロシアのネットワークの独立性に関する中長期的な国家戦略の実現に向け、法的な根拠を持たせたものと理解しておくべきである。


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