「反社(ハンシャ)」という言葉について

「反社(ハンシャ)」という言葉について

マンボウ

ハンシャと聞いて反◯的に反応してしまいましたが、先日、政府が「定義は不可能」と閣議決定したそうです。文藝春秋の記事でも、国語辞書編纂者の方が、この問題がハンシャ的に取り上げられていて、私も少しだけ考えてみることにしました。

現在、私が勤める職場でも、職員の行動規範に「反社会的勢力及び反社会的勢力と関係ある取引先とは毅然とした態度で如何なる取引もしないこと」といった旨の方針が明記されております。

でも、対外的に公表されている文章等を改めて良く読むと「反社とは『如何なる取引もしない方針』を行動規範にも明記する方針」が方針として掲げられているだけで、やっぱり脊髄反射のような文章なんです。

現在、いわゆるヤ〇ザは見て分かりやすい形では存在していない(上記のような「方針」によって存在できなくなっている)ように思いますし、どんな企業組織も少なかれ、反社的な要素を内部に抱えているという問題(いわゆるブラック企業的な組織文化)もあって、日本社会そのものが自己矛盾しているように思うのですよね。

なので、自己矛盾した閣議決定がなされる背景って、日本自身の構造上な理由のような気がします。実のところ、自己矛盾した閣議決定内容を見ても、何の違和感も持ちませんでしたし、仮に矛盾を指摘されたとしても、「だから私も典型的な日本人なのね」と思えるだろうなと内心思っていたりします...

みなさんはどうでしょうか?

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マンボウ

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マンボウ
旅行記やお散歩日記など、足を使って体験したことを写真と文章で綴っています。ここ数年は総合商社のデジタルインフラを担当しておりますが、タイに2014年のクーデター直前から2017年の半ばまで駐在しておりました。(諸事情あり、ここでは匿名としております)