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連載中国史9 戦国時代(2)

戦国時代中期、強大化する秦に対抗するため、他の六国が同盟を結んだ。その立役者となったのが弁舌ひとつで諸侯を説き伏せた縦横家の蘇秦である。彼は「鶏口牛後」(たとえ鶏のような小国であっても、牛のような強国に支配されるよりは、各々が同盟を結んで独立を保つ方がよい)という言葉を巧みに用いて、諸侯の心をくすぐった。秦以外の六国が南北方向に縦(従)に並んでいることから、彼の策は合従(がっしょう)策と呼ばれた。

蘇秦と張儀(sekaiiti-sangokushi.comより)

縦横家も含め、春秋戦国時代に出現した多くの思想家・戦略家たちを総称して諸子百家という。孔子の流れを汲み、性善説を唱えて徳治による王道政治の実現を説いた孟子や、性悪説を唱えて礼法の徹底を説いた荀子など、学問や道徳を社会秩序の基盤に置いたのが儒家である。その思想は四書(論語・大学・中庸・孟子)や五経(書経・易経・詩経・礼記・春秋)などの書物によって広まり、後世の中国のみならず、朝鮮半島や日本にも大きな影響を与えた。また、荀子の門下から出た韓非や李斯は、商鞅の思想の流れも汲んで法家思想を大成した。学問や道徳では大国は治まらない、広大な中国をまとめていくためには厳格な法による統治が不可欠なのだとする法家の思想は、中国統一に向かう秦の基本思想となった。

諸子百家(hitopedia.netより)

無為自然・小国寡民を説いた老子の流れを汲む荘子によって発展した道家思想は、神仙思想と結びついて隠者の文化を生んだ。また乱世を背景として、侵略戦争を否定する「非攻」や無差別平等の愛としての「兼愛」を説いた墨子による墨家、現代にも通じる戦略思想を説いた孫子による兵家、中国古来の陰陽五行説を自然哲学として整理した趨衍(すうえん)による陰陽家、詭弁も含めた論理学を展開した公孫竜による名家など、多くの思想家たちがこの時代に活躍している。まさに諸子百家の時代である。

合従・連衡策(「山川詳説世界史図録」より)

蘇秦の合従策によるパワーバランスは、しばらくの間は有効に機能したが、秦の国力の更なる強大化を背景として、同じく縦横家の張儀が唱えた連衡(れんこう)策に諸侯たちは傾き始める。すなわち、六国が縦に同盟を結んで秦に対抗するのではなく、それぞれが個別に秦と同盟を結んで自国の安定を図る方が得策だというのである。やがて六国同盟は解消に向かい、各々が個別に秦と二国間同盟を結ぶ時代が到来した。それは秦の影響力を更に強めることとなり、戦国時代は秦による中国全土の統一へと収斂されていくのである。

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