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「行政訴訟」における「執行停止」についてー民事仮処分との違いー

「行政訴訟」(※)における「執行停止」は、民事仮処分とは異なる特徴をもっています。
「執行停止」に関する報道を正しく理解し、また、この制度をうまく活用していただくべく、実務的見地から簡単に解説します。
※「行政訴訟」とは何かについては、こちらの記事をご参照ください。この記事の文脈においては、「行政事件訴訟」を指しています。

1.「行政訴訟」における「執行停止」とは

行政が行政処分を行い、行政処分を受けた者などがその取消しを求めて訴えを提起したとしても、そのことによっては行政処分の効力は止まりません(行政事件訴訟法25条1項)。

たとえば、営業許可の取消処分がなされた場合において、営業許可を取り消された者が取消処分の取消しの訴えを提起したとしても、営業許可は取り消されたままであって適法に営業を行うことはできません。建築確認がなされた場合において、周辺住民がその取消しの訴えを提起したとしても、建築確認の効力はそのままであり建築主側は工事を続行することができます。

行政処分の取消しを求める訴訟は、審理→判決→確定まで、通例、数年は掛かります。
この間、行政処分の効力が止まらないままとなると、行政処分を受けた者などにおいて「重大な損害」が生じることがあります。
「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」といえるなど一定の要件(行政事件訴訟法25条2項~4項参照)を満たす場合において、裁判所が行政処分の効力を一時的に止める制度が「執行停止」です。

2.「執行停止」の3つの特徴

「執行停止」が認められる要件の詳細については、基本書の解説などに譲るとして、この記事では、実務的見地から、ポイントを簡単に説明します。次の3点の民事仮処分との違いを抑えると制度を理解しやすいです。

① 担保金が不要
② 本案訴訟の提起(適法な係属)が申立て要件
③ 本案を審理・判断する裁判体と同じ裁判体による審理・判断になる(その可能性が高い)

以下、順に説明します。

3.①担保金が不要

民事仮処分の場合には、仮処分命令を発令させるには、通例、担保金の供託等が必要です(ただし、公益的な事件などにおいて、担保金が要求されないこともあります。)。

他方、「執行停止」においては、担保金は不要です。これは「執行停止」を利用する際の、大きなメリットです。

事案によっては(たとえば、高層ビルの建築を周辺住民が争う建築紛争)、民事訴訟アプローチ(建築主を相手に工事続行の禁止等を求めるアプローチ)と行政訴訟アプローチ(行政を相手に建築確認等の取消しを求めるアプローチ)の双方を想定する必要がありますが、民事仮処分と「執行停止」のいずれを使うかという観点から、これらを使い分けることもあります。

4.②本案訴訟の提起(適法な係属)が申立て要件

民事仮処分の申立ての場合は、その時点においては、本案訴訟の提起は不要です。

他方、「執行停止」の申立てにあたっては、本案訴訟の提起(適法な係属)が申立て要件とされています(行政事件訴訟法25条2項にいう「処分の取消しの訴えの提起があつた場合において」との文言は、そのような要件として読みます。)。

「執行停止」の申立てをするにあたっては、本案訴訟に相当する取消しの訴えの訴状と、執行停止申立書の二種類の書面を作成し、証拠もそれぞれ用意する必要があるということでもあります。
執行停止の申立てをすることを予定している場合には、当社から訴状を申立書に流用することを念頭において作成したり、証拠のセットを複数作成しておいたりといった工夫をすることで、事務処理上の負担を軽減することができます。

5.③本案を審理・判断する裁判体と同じ裁判体による審理・判断になる(その可能性が高い)

「行政訴訟」の「執行停止」を利用する際に注意しなければならないことは、「執行停止」について審理・判断をする裁判体と、本案訴訟(取消しの訴え)について審理・判断をする裁判体は、同じ裁判体となる(その可能性が高い)ことです。

行政事件訴訟法28条は、「執行停止又はその決定の取消しの申立ての管轄裁判所は、本案の係属する裁判所とする。」と規定しています。
ただし、この条文それ自体は、「官署としての裁判所」を定めるものと解されています。取消しの訴えの管轄裁判所が東京地方裁判所であれば、執行停止の申立ての管轄裁判所も東京地方裁判所になるということです。

問題は、各裁判所における事件の配点ルールです。
私において、すべての裁判所について調べることができているわけではなく、また、いずれの事案であってもそのようにいえるかまでは把握しておりませんが、基本的に、本案訴訟が係属する部に、執行停止も配点されます。たとえば、東京地方裁判所民事51部が本案訴訟の係属部であれば、執行停止も民事51部に配点されるということです。
そして、裁判体も、(私が知る限りではありますが、基本的に)同じ構成となります。

意を払うべきは、このことが何を意味するかということです。
「執行停止」の申立てをしたものの認められなかった場合、その理由如何によっては、本案訴訟の結論も事実上見えてしまうことになります。

同じ裁判体が審理・判断する場合において、「執行停止」が認められなかったのに、いわば”逆転”により本案訴訟で請求を認容させることは、(判断の中身が異なるので、もちろんないわけではありませんが)実際のところ容易ではないということです。

6.さいごに

本案訴訟について審理・判断をする裁判体と、「執行停止」について審理・判断をする裁判体が、(多くのケースにおいて)同じということを頭の片隅に入れておくだけで、制度の見え方がいくらか変わってくるのではないでしょうか。
「執行停止」の申立てをする際には、その”副作用”について意を払い、相当な覚悟をもって臨む必要がある、このことを意識しておいていただくと良いかと思います。





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