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アンハッピーバースデー(3000文字〜ver)

スマホにセットしておいたアラームが鳴り響く。
どうやら、この惑星が消滅するまでのカウントダウンが始まったようだ。

(残り5分)

けれども焦ることはない。
俺の経験上、この仕事は5分もかからずに終わるはずだ。

ブルル……スマホが鳴った。
ディスプレイに表示されているのは上司の名前だ。

「おつかれさまです、こちらは問題ありません」
『いや、そうじゃなくて……いや、問題がないのはありがたいことではあるけど……』
「地球消滅までには必ずすべてのプロジェクトを終わらせます。では、これで失礼します」
『あ、ちょっと……』

進捗状況は報告した。
以降、上司からの電話に出る必要はないだろう。
改めて端末に向きなおる。
大丈夫、消滅までまだ4分はある──

ブルル、と再び着信。
今度は姉からだ。

(これは……無視でいいか)

どうせ、今朝のうんざりするようなやりとりを再現するだけだ。

──『なんでそんな仕事引き受けたの!』
──『俊郎はバカなの!?』
──『そんなの他のやつに任せなよ!』
──『今日、宇宙船に乗らなかったら、あんたまで消滅しちゃうんだよ!?』

ああ、なぜそんな当たり前のことを今更グチグチ言うのか。
その程度のことすらわかっていないと思われているのだろうか。

(だとしたらバカにしすぎだろ)

それくらいの覚悟をした上で、俺は今回の仕事を引き受けた。

──『進捗次第では、地球脱出は叶わないかもしれない。それでもいいかね?』

2ヶ月前、社長からの申し出に「かまいません」とはっきり答えたのは俺自身だ。
とはいえ、姉が心配するのはわかる。
うちは両親がすでに他界しているので、彼女は「たったひとりの身内」なのだ。

(でも、まあ、大丈夫だろ)

俺にとっては「たったひとり」でも、姉にとってはそうではない。

(義兄さんもいるし、子供ふたりも支えになる)
(新しい生活さえ始まってしまえば、俺のことなんてきっと忘れて……)

そう考えたところで、3度目の着信音が響いた。
どうせまた姉だろうとスマホを伏せかけた手が、ふと止まった。

(梨花……?)

心臓が、ひときわ高い音をたてた。
まるで心の悲鳴のようだ──なんて言ったらさすがに大げさだろうか。

(どうする?)

相手は、上司でも身内でもない。
長い付き合いの、ただの女友達だ。

(……無視、だよな)

なにせ、こちらは重大な任務中だ。
女友達とおしゃべりしているひまはない。

(コマンド──OK)
(あとは、こちらのロックを解除して……)

──ああ、くそ。

なんで着信音が鳴り止まないんだ。

「しつこすぎるだろ」

おかげで、あいつの顔が浮かんできてしまう。
笑ったときにできる片えくぼ。
左のこめかみにある、小さなほくろ──

「くそっ」

今度は声に出すと、俺はスマホをタップした。

「はい!」
『私──わかる……?』
「わかる。けど仕事中」
『知ってる……知ってるけど……』

イヤホンから聞こえる声が、やけにかすれ気味だ。
え、まさか泣いてんの?
お前、そんなキャラじゃなかったじゃん。

『今、俊郎がいるビルの外に小型ポットを待機させてあるの』
「……」
『あと1分以内にそれに乗りこめば、ギリギリだけど宇宙船が回収してくれるって』
「……」
『俊郎のオフィス、1階だったよね? だったら……』
「無理だよ。まだ仕事が終わってない」
『……っ、どうして!』

彼女らしくない感情的な声が、俺の鼓膜を容赦なく震わせた。

『なんでそうなの!? いつからそんな社畜になったの!? そんな仕事熱心じゃなかったはずだよね!? ねぇ、どうして!?』

イヤホンから次々と運ばれてくる罵倒。
その悲痛さに心を揺さぶられながらも、俺はひたすらキーボードを叩きつづける。
頼むからそんなに騒がないでくれ。
あと少し……本当にあと少しで、俺の最期の仕事が終わるんだ。

「ねえ、俊郎」

ようやく、彼女の声に落ちつきが戻ってきた。

『覚えてる? 大学2年のバレンタインデーのときのこと』

ああ、もちろん覚えてる。
お前が、サークルのみんなに手作りチョコを配ったときのことだろ?

『あのとき、みんなは美味しいって言ってくれたのに、俊郎だけ「甘すぎる」って顔をしかめて……』

仕方ないだろ。
お前の作ったチョコ、砂糖のかたまりみたいに甘かったんだから。

『あれから何度も挑戦してみたの。甘くないチョコ。俊郎でも絶対に食べられるやつ』

──おいおい。あれから何年経ってるんだよ。
俺たち、今年で25歳だろ?

『リベンジさせてよ、俊郎……バレンタインを新しい惑星で迎えよう?』

いや、無理だよ、もう。
ポットの回収時刻、過ぎてるし。

『おねがい、俊郎……どうか……』
「……」
『今度は、俊郎のためだけにチョコを作るから』

独り言のようなその囁きに、不覚にもキーボードを叩く手が止まった。
そのとたん、断片でしかなかったはずの思い出が、かなり高い解像度で俺の脳内に再生された。

(ああ、そうだ)

2月のよく晴れた日。
大学敷地内のはずれにあった、プレハブのサークル部屋。

『はーい、みんな食べてね』

梨花が開けた白い箱。
そこに並んでいた、いくつもの不揃いなチョコレートたち。

『お、うまい』
『梨花って料理できるんだな』
『まあ、それなりね。今回はみんなに食べてほしくて頑張っちゃった』

ぺこりとへこんだ、右側の頬。
照れくさそうに緩んだ、彼女の唇──

『……まず』
『え?』
『甘すぎ……これじゃ、ただの砂糖のかたまりじゃん』
『そうか?』
『チョコってこんな感じじゃねーの?』
『もしかして、俊郎……甘いのダメだった?』
『……ぶっちゃけ好きじゃない』
『そっかぁ……俊郎の口には合わなかったかぁ』

(……最悪だな)

あまりにもの子どもっぽさに、頭を抱えたくなる。
5年前の俺は、ただ単にふてくされていただけなのだ。
梨花が、みんなにチョコを配ったから。
俺にだけ、くれたわけじゃなかったから。

「……ガキか」
『え?』
「いや、こっちの話」

ちらり、と時計を確認する。
残り時間は90秒──もう雑談をしているヒマはない。

「悪い、切る」
『なんで! 待って……』
「チョコは他のヤツに食ってもらえ」
『バカ、それじゃ意味が……』
「じゃあ、元気でな」

最後まで聞かずに、通話を切った。
ついでに電源も落とした。
とんだイレギュラーだ。
でも問題ない。十分リカバリーはできる。

(あと1分……)

なぁ、梨花。
俺たち、大学を出たあともずっと友達だったよな。
でも、ほんとは変えたかった。
お前と、友達以上の関係になりたかった。

(あと30秒……)

なにがいけなかったんだろうな。
俺の勇気が足りなかったから?
気恥ずかしさに負けて、大事なことを伝えなかったから?
それとも──病気が見つかったせいか?

(あと20秒……)

悪い、梨花。
俺、どうもあまり長く生きられないみたいなんだ。
だから、この仕事を引き受けるの「有り」だと思ったんだよ。
たとえ地球と消えることになっても、まあ、いいかって。
いや、ほんとは良くはないんだけどさ。

(あと15秒……)

お前が向かう予定の「NW」って星、たぶんすごく住みやすいと思う。
これからいろんな連中が、いろんな惑星に散っていくわけだけど、「NW」がいちばん地球に似ているんだ。
だから、まあ、期待してやってよ。

(10……9……8……)

え、どうして知ってるかって?
そんなの、決まってるだろう。

「……できた」

残り5秒──思ったよりギリギリだ。
さあ、あたらしい命の光を点そうか。


『皆さん、ご覧ください! 人工惑星NWが今、青い光に包まれました!』

宇宙船のモニターいっぱいに、感極まった女性リポーターのアップが映し出される。
船内は拍手に包まれ、あちらこちらから喜びの声があがった。

「やったな!」
「これで俺たちは生き延びられるぞ」
「ハッピーバースデー、NW!」

無邪気な歓声に、梨花はめまいを覚える。
彼らは、少しも考えないのだろうか。
あの人工惑星を作り上げるために、誰かが犠牲になったかもしれない可能性を。

それでも、素直に喜ぶ彼らはまだマシだといえた。
どうしようもなく唾棄すべきなのは──

「まったく……ハラハラさせやがって」
「誰だよ、計画したヤツは」
「ギリギリすぎるだろ。スケジュール管理どうなって……」

うわっ、と連中のひとりが声をあげた。
おそらく、手に持っていたシャンパンをこぼしたのだろう。
すれ違いざま、梨花がわざとぶつかってやったから。

「待て、そこの女!」

うるさい。

「くそっ、シャツが汚れたじゃねぇか!」

うるさいうるさいうるさい。
あんな連中のために、俊郎が犠牲になっただなんて。
皆が生まれたての人口惑星に夢中になっているなか、梨花はひとり手持ちの紙袋からジュエリーボックスのような箱を取りだした。

「……バカみたい」

きれいにラッピングしたのに。
少し早いバレンタインデーとして、今日渡すつもりだったのに。
施されたリボンを乱暴に解いて、なんの感慨もなく箱を開ける。
小さな、青い円形のチョコレート。
何度も試作を重ねて作りあげた、ただひとりのための一品。
ぱたりと瞬きをひとつすると、梨花はそのチョコを口に運んだ。

「しょっぱ……」

アンハッピーバースデー。
私の愛する人が消えた日、新しい惑星が生まれました。



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