見出し画像

『ウマ娘 プリティーダービー新時代の扉』を見て最強になってしまった。

5月24日に『ウマ娘プリティーダービー 新時代の扉』が公開された。
キタサンブラックを描いた『3rd Season』終了直後に情報が開示された『新時代の扉』は、昨年youtubeにて配信されたナリタトップロード達1999年クラシック世代を描いた『ROAD TO THE TOP』から繋がる物語であり、ジャングルポケットを中心に2001年クラシック世代を描いた作品である。
ジャングルポケットは「参戦決定」の発表時から大きな話題となっていたウマ娘で面白い物語の種を多く持っているし、制作会社は迫力と外連味たっぷりのレースシーンが見所の『ROAD TO THE TOP』を手掛けたCygames Pictures。
発表とほぼ同時に公開された映像を見てもその方向性を踏襲されていたし、何より「日本ダービーを描いた作品を日本ダービー直前に見れる」という面白さに勝るものなし。ダービーはお祭り。最高の祭りのために見る以外の選択肢はなかった。ムビチケ特典が虹結晶だったし!
そんなわけで公開日に見たのだが、大傑作と言って良い出来だった。
「シネマスコープサイズ」という映画らしい画面サイズでやっているため全編に渡って情報量が多く、レースシーンは迫力たっぷりでそれ以外のシーンも絵になるカットしかない。
ウマ娘らしい「史実を踏まえた上でのif展開」もあって、文句の付け所はなかったし、ジャングルポケット達以外にも見たことのあるウマ娘がさり気なく登場したりして、1カット単位で感情がアガったりサガったりさせられてしまった。
見終わった後は疲労困憊。面白すぎて、嬉しすぎて、楽しすぎて疲れるというなかなか得がたい鑑賞体験をすることになってしまったのだが、こうした体験ができたのも本作が「すごくすごい」からであることは間違いない。本当に良かった。

勝ち逃げした者、勝ち逃げされた者

特に良かったのは「勝ち逃げした者、勝ち逃げされた者」の物語だったことだ。
最強を目指してトゥインクルシリーズへとやってきたジャングルポケットは、ホープフルステークスで余裕たっぷりの走りで自分を負かしたアグネスタキオンを世代最強のライバルとして見定める。
彼女と競い、そして勝つことで「ジャングルポケットこそが最強である」と証明したいジャングルポケットであったが、クラシック三冠一冠目となる皐月賞ではウマ娘の持つ可能性を見せつけるアグネスタキオンに完敗。
二冠目となる日本ダービーで決着をつけることを望んでいたジャングルポケットだったが、アグネスタキオンはレース参加への無期限休止を宣言。ついにジャングルポケットはアグネスタキオンへと挑むことができなくなってしまう。
日本ダービーでダンツフレームと共に激闘を演じ「世代最強」の称号を得たものの、皐月賞で見たアグネスタキオンの背中に瞼の裏に焼き付くほど鮮烈だったジャングルポケットは、「どんなに努力を重ねても前にはアグネスタキオンがいる。自分は最強になれないのでは?」という気持ちに負けて前に進めなくなってしまう……。

『ウマ娘』において、彼女達の競走成績は概ね史実通りの展開を辿る。
史実で負けたレースに勝つことはないし、現役生活中に様々な理由で休養に入った場合はやっぱり様々な理由で「しばらくレースには出られない」という展開となる。
したがって、アグネスタキオンの離脱もジャングルポケットの日本ダービー制覇も史実通りだし、秋シーズンに突入して札幌記念と菊花賞で敗北するのも史実通りなのだが、『ウマ娘』で重要なのは「これらの史実をどう扱い、何を見出し、どんな物語を紡いでいくか」だ。
本作においては、「アグネスタキオンの勝ち逃げに等しい無期限休止宣言」「『世代最強』を名乗れるウマ娘になったこと」を踏まえて、「何を描くのか」。
そこにこそ「『ウマ娘』の面白さ」が、「この作品でしか味わえない魅力」が宿り得ると思うのだ。
『新時代の扉』はその『ウマ娘』としての面白さが、この作品でしか味わえない魅力が宿っていたと思っている。
「本当にお前は勝ち逃げ出来たのか?」
ジャパンカップ。
現役最強の<世紀末覇王>テイエムオペラオーを筆頭に、海外から参戦したウマ娘やG1ウマ娘が数多く出走するこのレースでジャングルポケットが投げかけたのは「俺はここにいる。ここで走り続ける。お前は? お前は自分が一番見たかった景色を、誰かがその景色に辿り着いた姿を観客席を見ているだけでいいのか?」だった。
つまり、ここまで描いてきた「アグネスタキオンに勝ち逃げされたジャングルポケット」を逆転させ、「本当にアグネスタキオンは勝ち逃げできたのか?」をクライマックスに持ってきたのだ。
その結論とその是非については見た人一人一人によると思うが、私個人はこれ以外なかったと思っている。
「勝つこと」ではなく「ウマ娘の可能性」を追い求めるアグネスタキオンと、最強を目指すジャングルポケットでは見ている世界が違う。「違う世界を見ている二人が互いに影響を及ぼし合って出てきた結論」としては、ここ以外は考えられない。
映像的にも爽やかさのある映像で美しく、100分にも及ぶ本作を締めくくれる良い幕の引き方だった。

他人に託すな、自分で掴め

アグネスタキオンとジャングルポケットと並行して語られる「フジキセキ」の物語も、本作を魅力的にしている点の一つだろう。
弥生賞を最後に引退をしたフジキセキは、本作ではジャングルポケットに夢を託した存在として登場する。
その夢とは「タナベトレーナーをダービートレーナーにしたい」で、クラシックでの活躍を期待されながらも引退せざるを得なかったフジキセキから、自身を慕うジャングルポケットへと夢が託され、その夢が成就して……という流れはそれだけでもドラマチックだ。
史実においてもジャングルポケットは渡辺栄調教師を初めとする「チームフジキセキ」とも言える面々の元で才能を開花させていったことを踏まえて、より直接的な「フジキセキからジャングルポケットへと夢の継承が行われる」としたのは脚色の方法としても素晴らしかったと思う。
だが個人的に本当に面白かったのはここからだった。
なんとフジキセキは「本当に『誰かに叶えてもらった夢』でいいのだろうか」という思いから復帰を決め、自分を見失ってしまったジャングルポケットのために一度しか着用しなかった勝負服で彼女とレースをするのだ!
少々メタフィクション的な見方になるが、そもそも本作ではフジキセキとアグネスタキオンを重ねるところから物語が始まっていた。
フジキセキもアグネスタキオンも「その他の追随を寄せ付けない走りからクラシック戦線での活躍を期待されていた」「しかし故障を理由に走ることを諦めてしまった」「自らの夢を誰かに託した」という共通項が有るし、ジャングルポケットを語るのならこの二人は欠かせない。
なので、重ね合わせる事に何の異論もないのだが、重ね合わせた上でこの展開にしたことで「フジキセキがそうであったように、アグネスタキオンも本心、本能は己のレースを求めていたのではないか」という文脈が生じ、物語全体が「誰かに託す」ではなく「己で走る」へとギアの変更が出来ていたんじゃないだろうか。
少なくとも私はジャパンカップのあの展開も自然な流れに見えた理由の一つに、フジキセキの存在は欠かせないと思っている。

マンハッタンカフェとダンツフレーム

少々勿体なさがあるのはマンハッタンカフェとダンツフレームだろうか。
物語を「アグネスタキオンとジャングルポケット」「フジキセキとタナベトレーナー」に絞り込んだ関係で、マンハッタンカフェとダンツフレームについては「この二人のファン」を納得させられるほどの魅力が詰まった時間があったかというと微妙なところだろう。
ただマンハッタンカフェは日常パートでアグネスタキオンとの絡みが多く用意されていたし、アグネスタキオンが辿り着いた「可能性の向こう側」がマンハッタンカフェには見える「お友達」と同じであることが示されるなど、「アグネスタキオンに物語を集約させる」という役割があって、印象面ではかなり残っている。マンハッタンカフェの話を掘り下げると、どうやってもサンデーサイレンスの話をしないといけないし、有馬記念でテイエムオペラオーに勝利したところまでやるとテイエムオペラオーの話になってしまうので仕方がないが。
この点ではダンツフレームもそうで、一番印象に残っているのは日本ダービーでのジャングルポケットとの激闘となるのだが、アグネスタキオンもジャングルポケットもマンハッタンカフェも、自分の領域をしっかりと持ったキャラクターなので普通にやったら意外と会話にならない。
そういう意味ではこの二人の接点を作ったり、フォローを入れたりするキャラとして出番は多く与えられていたし、十分に存在感を放っていたと思う。
まあ「何だかんだでこの四人がこの世代の代表だよね」と言えるだけの存在感を、少なくとも本作の上では見せているので、あとはゲームアプリなどで触れられるようになったら楽しんでいきたい。現実にはジャングルポケットすらまだなのだが。はよ。

その他の細かい面白さについて

有馬記念のテイエムオペラオーの圧倒的な強さは重要だろう。
2000年の有馬記念をそのまま再現したレース展開は「テイエムオペラオー包囲網」としか言いようがなく、テイエムオペラオーにとって絶望的なレースだった。しかしテイエムオペラオーは勝利する。
ゴールまで残り僅かな距離。自らが勝つ思いの強さ故に包囲網にほころびを見せた一瞬の隙をついて飛び出した彼女は一着でゴール。「世紀末覇王」としての強さを見せつけた。
これらの展開は史実どおりの展開のだが、実況まで全く同じ台詞にしているので「来るんだよ……!和田竜二(オペラオーの主戦騎手)とオペラオーは……!」とレース結果は知っているのに興奮してしまった。後で該当レースを見返して感動した。
また同年に天皇賞・秋に勝利したアグネスデジタル、産経大阪杯で先着したエアシャカール、宝塚記念で勝利したメイショウドトウにさらっと台詞を用意している点も興味深い。
本作はオペラオー王朝の繁栄とその落日を描く物語ではないので、その辺りの描写は全て削られているが、こうして「勝ってるウマ娘」に台詞を用意している辺りの細やかさがいい。
スイープトウショウについては言わずもがなで、こうした点で「描かなかったけど、彼ら彼女達のことを忘れてはいない」「渡辺栄厩舎の物語でも有る」という部分は担保されていたと思うのだ。

とまあ、色々書いてきたが、「どうやったらこのメンバーを集められるんだ」と本気で聞きたくなるぐらいトップクラスのアニメーターが集結しており、そのコンテやレイアウトも「これ以外ないと思います」と断言できるぐらいカッチリ決まっていて、恐怖すら感じるほど美しい色彩設計がある作品であるので、一欠片でも興味があるなら絶対に映画館で見ておいた方が良い。
次はウオッカとダイワスカーレットの天皇賞・秋やって。


プリズムの煌めきを広めるためによろしくお願いします。