声オタが長崎行男の『埋もれない声優になる!』で業界への理解を深めた話

我々声優オタクにとって「声優」とはスタァであり、「声優業界」とはその星が輝く夜空になりますが、その「声優業界」について我々はあまりにも詳しくありません。
当たり前のことです。我々は声優ではないのですから。
私は声優のことが好きで、応援しているだけのただの人間です。ただの人間に過ぎない私が知っている「声優業界」の話は伝聞が多い。全く詳しくないわけではないけど、

とはいえ、2020年から続く新型コロナウイルスの感染拡大が声優業界に与えた影響などは伝聞程度でも伝わってくる。
感染拡大によって収録が出来なくなって急遽再放送に切り替えた作品もあるし、収録方法も「大人数を同じ時間帯に集めて収録する」から「最大でも三人づつ集めて収録する」に切り替わっている事はもはや有名な話だ。

「この二年間で声優業界はどのように変わったのか」
「その変化によりどのような人間が求められるようになったのか」

そんな声優業界を、「音響監督」という立場から見てきた長崎行男氏が解説した本が本書『埋もれない声優になる! 音響監督から見た自己演出論』になります。
長崎行男氏は私の好きな作品がアニメ化された際に音響監督を務められることが多く、ラブライブ!シリーズやプリティーシリーズ、『KING OF PRISM』での素晴らしい仕事っぷりから一方的にお世話になっておりまして。
今回本書を購入したのも「そんな長崎さんの本だから」という理由からだったのですが、「この二年ほどの声優業界の変化」を踏まえて「声優に求められる職能」「プロの声優の役作りへのこだわり」を語ることで、本書のタイトルである「自己演出論」に着地させており、「声優業界だけの話ではなく、ごくごく一般的で汎用性のある話」になっていた点が面白かったですね。
全体的には長崎行男さんが普段から口にしている事をそのまままとめてテキストにした感じだったのですが、一例として内田彩や悠木碧、津田健次郎などの人気声優が取り上げられており、「あの人達はこういうやり方で声優をやっているんだ」と長崎さんが展開する理屈に説得力を与えるだけでなく、「人に歴史あり」のような面白さをもたらしていた点も大事かなと思います。
また「演技」についての部分は「声の適性(主役声か脇役声」と「現場での困った話」から「古典を知ることの重要性」なども説いているのは良いところかなと思います。
特に古典の重要性については、「初対面の人と仕事をする場合、何でもいいから共通言語を何か一つ作る」ということを大事にしている人間としては「そうだな」と思いますね(一緒に映画を見るとかでいいんですけどね、これ)。

と、ここまでは本の前半部分のお話なのですが、後半部分は長崎行男さんと声優業界とそれに隣接する領域の方々との対談集になっておりまして、今の声優業界を音響監督以外の視点から捉えることで、長崎さんからは届かない部分を綺麗に補完している。
例えばボイストレーナーの青拓美さんのお話は「発声方法」ということを理論的に述べつつ、昨今の声優事情や「歌うことと演じることの違い」についても触れていく。心理が声に与える影響なんかは誰しも経験がある話ですが、プロはもっと高次元でやってる感がありますね。
緒方恵美との対談では彼女が私塾を立ち上げるに至った経緯や、プロの声優として肌で感じた話が述べられているのですが、「現場で実際に演技する緒方恵美」と「音響監督としてディレクションする長崎行男」のやりとりなので互いの視点でのすり合わせが滅茶苦茶面白い。
緒方恵美の役者への考え方、「選ばれる仕事なんだ」ということから「基本的な人格」の話になっていくんですが、その後に用意されていたのが青二プロダクションがやっている「青二塾」の塾長になった古川登志夫の話なので、「教育する側」の答え合わせをしているような気持ちになりました。
個人的には振付師のMIKAとの対談が良かったですね。
i☆Risのダンス指導を行い、プリティーシリーズのライブでは演出も担当されている方なので、「声優にダンスを教えるってどんな感じでやってるの?」や「ダンスでのキャラクター表現って何?」みたいなところまで踏み込んでいるので、最近の「声の仕事だけでなく、ステージで歌って踊る」というコンテンツを見ていると「アレはそういうことだったのか」と腑に落ちるところが多くて。
久保田未夢から始まる「ラブライブ!とプリティーシリーズの違い」は、私の中では「μ’sとAqours以降の違い」にも繋がってくるところでもあって、興味深く読ませていただきました。

本書は声優志望者に「今の声優業界は厳しいぞ!ライバルも多い!やることも多い!求められるものもまあ多い!それでも目指すのか!?」と覚悟を問う本だと思います。
ここ最近はバラエティ番組などへの声優の顔出し出演も増えていますし、映画の吹き替えなどでも芸能人よりも声優を売りにした宣伝が行われている。
声優の活躍する場所は間違いなく増えている。にも関わらず、やっぱりその恩恵を受けられるのは一握りのみ。むしろコロナの影響で狭き門は更に狭くなっているし、掛けられるふるいはより細かい目のものになっているわけですからね。
「その事情を知ってもなお目指すのか」と覚悟を問う本書は色々厳しい言葉も並んでいるのですが、声優オタクとして見ればイベントなどのトークや、雑誌インタビューで述べられていた話を、ディレクションする側から確認できたことで似たような話を聞いた際に解像度が上がるわけで……。
控えめに評価しても「声優オタクは必読書ですわ!読むだけであの業界が面白くなるぜ!」は揺らがない。
そんな本になっているので、ラブライブ!とか好きな声優オタクは読んでおいて損はないですね!


プリズムの煌めきを広めるためによろしくお願いします。