「自分の顔が嫌いなので、頭をレンジにしてもらった。」第12話

 金曜日は、戦闘の翌日という事もあり休暇とし、土曜日には先の戦いに関する全体報告会議があったので、私は出席した。対シナゴ用の兵器は日夜進歩しているが、まだまだバトルスーツには勝てないという結論で、私の平和はまだもう少し先のようだと考える。

 会議後、ぽつりと隣の席にいた高崎博士が言った。

「僕が必ず、君が戦わなくても言いようになる新型のスーツや兵器を開発するよ」

 そんなことを言うのは珍しいなと思った。てっきり私が着用しているモデルの改良に熱心だと思っていたからである。眺めていると、目が合った。

「明日、約束通り出かけよう」
「は、はい」
「朝十時に基地のエントランスで。僕が車を出すから」
「はい!」

 この日はそれで解散になった。
 そして私の戦いが始まった。着ていく服のチョイスという難題に激突したのである。どこに行くのか聞き忘れたが、まぁ一緒に行くのが高崎博士であるし、景くんと違って多分基地の許可などは任せていいだろう……いいよね? と、そこも悩んだが、いいと決めて、私はここのところ通販で買いあさった服を、クローゼットを開けて見据えた。いずれも広告が来ていたから趣味はいいはずだ。だがそれと私に似合うか否かは別だ。私の体型はマネキンでもモデルでも無いのだから。サイズはぴったりであるが、あれやこれやと悩む。

 天気予報によると、明日は梅雨の合間の晴れだ。
 ただ少し肌寒い可能性があるから、上着も居るだろうか。薄手のカーディガンなどを手に取りつつ、私は嘆息した。約束をして誰かとデートに出かけるのは、初体験である。デートと考えていいんだと思う。

 化粧に関しては、薄味のクレオパトラ風のメイクとするべきか、もう諦めてナチュラルメイクと言い張って、ほとんど気にしないか考えた。検索した結果、睫毛はエクステなどがあるようなので、いつかチャレンジしようと思う。

 このようにして、私は日曜日を迎えた。
 朝十時、エントランスに行くと、高崎博士が立っていた。初めて見る、白衣では無い私服姿だ。思いのほかお洒落だったため、隣に並ぶのが嫌だと思った。親子に見えることは無いだろうが、イケメンと、景くんの言葉を借りるならばカボチャのセットは、一体どんな関係性に見えるのだろうか。

「おはよう、梨野さん」
「お、おはようございます!」
「行こう」

 エントランス前に車を乗り付けていたようで、高崎博士が運転席へと回った。私は助手席の扉を開ける。車の種類を知らない私でも、これが国産の高級車だという知識はあった。シートベルトをしめた時、高崎博士が私を見た。

「なにか?」
「――自分のためにメイクして貰ったのかなと思うと、ちょっと感慨深くて」
「っ、恥ずかしいんでそういうこと言わないで貰っていいですか?」
「嬉しくてついね。ただ、僕は普段の梨野さんも好きだよ」
「あ、あの! それは化粧が下手だと言ってますか?」
「『も』って言ってるんだけど?」
「……う」

 車が走り出す。考えてみると、ある程度付き合いが長いので、高崎博士は話しやすい。つい気楽に喋ってしまう。

「どこに行くんですか?」
「帯田神社。今日、紫陽花祭りをしてるんだって」
「紫陽花祭り?」
「うん。昔からこの土地であるみたいだね。時期が時期だから出店は無いみたいだけど」

 そんな話をしながら、私は基地のそばの街に初めて足を踏み入れた。
 基地から出たのは、ケーキを食べに行った一回きり、それも東京都へだったし、銭湯も主に東京湾上空なので、最寄りの街の事は全然知らない。車内で高崎博士に色々教わった。

 到着した帯田神社の駐車場で車から降りて、私達は並んで石段を上がり、鳥居をくぐった。そこには満開の紫陽花が咲き誇っていた。私は引きこもりなので、自然には馴染みが無い。歩み寄ると、青や紫、白や赤っぽい紫陽花の花と緑の葉が綺麗だった。

「すごいですね、綺麗にグラデーションになってる」
「土を酸性にしたりアルカリ性にしたりして、調整してるんだよ」
「そうなんですか! 花の色って、それで変わるの?」
「うん」
「へぇ! 綺麗ですね。なんかイメージとしてカタツムリが似合いそう」
「紫陽花の葉はカタツムリにとっては毒だから、似合うように見えるけど実現はしないかな」
「全然知りませんでした」

 しげしげと見て私は笑顔を浮かべた。私の隣に立つ高崎博士も、まじまじと花を見ていた。境内は広大で、散策してから、お参りもした。すると長々と高崎博士が目を閉じて手を合わせていたので、私は意外に思った。

「博士って科学的っぽいのに神頼みするんですね」
「――たまにはね」
「どんなお願いをしたんですか?」
「当てて」
「ん……私と両思いになりたい!」
「それにすればよかったかな。残念、ハズレだよ」
「自分で言っていて恥ずかしくなりました……ええと、なにかなぁ」
「君がシナゴと戦っても、ずっと無事でいますようにと祈ったんだよ。怪我やバトルスーツの影響による体調不良になりませんように、と」
「博士が優しい人だと再確認しました」

 嬉しくなって、私は微笑した。すると珍しく高崎博士も微笑した。

 その後神社を出て、再び車に乗り込み、私達は昼食へと向かった。なんでも高崎博士の馴染みの店の一つだという。個人のしゃぶしゃぶ屋さんだった。中に入ると畳の上に通される。コース料理を頼むとのことで、他に高崎博士が、お勧めのこんにゃくの刺身を頼んだ。

「凄い、美味しい……あっさりにしてるのに、お肉だ! 美味しい! しゃぶしゃぶ最高ですね!」
「うん、僕は気に入ってるよ」

 私はパクパクとごまだれで味わった。器がいくつかあったので、たまにポン酢も食べた。高崎博士もゆったりと食べている。そこで時間を潰しながら、私達はあれやこれやと雑談した。高崎博士が思ったよりも聞き上手で、私の趣味や思い出をそれとなく聞いてくれて、私も話が尽きなかったのである。主に幼少期の思い出についてとなったのは、人生の半分は引きこもっていて、ほとんど思い出が無かったせいだ。

「今日は楽しかったです」

 夕方五時、基地に私は送り届けられた。ホテルに誘われるなどは無かった。

「また誘ってもいいかな?」
「……その……は、はい」
「うん。楽しみにしてる」

 高崎博士はそういうと車で帰っていった。私は新しい約束をしたものの――告白には返事をしていないし、本当にこの状態で次の約束をしていいのかと、自室へと戻りつつ悩んだ。思いのほか、高崎博士はいい人である。私は、本日楽しかった。。

「でも……恋をしているわけじゃ無いから、失礼だよね、多分。こうやって出かけるの……不誠実というか……う、うーん」

 部屋に入るなり呟いて、私はとりあえず服を着替えることにした。
 やはり、ゆったりとしたジャージが正義である。

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