【小説】第9話 二週間後

 しかし考成の予想に反し、景はその後、まるまる二週間、大人しく鶴を折っていた。丁寧に一つ一つ作り上げていく。

「いつもこうなのか?」

 二週間目のその日、思わず考成は香澄に聞いた。三日もした頃には、香澄はリビングに景と考成を残し、家事をするように変わっていた。

「え?」

 本日も香澄は、普段は出来ない地下室の換気口の掃除を行ってきた。大きく息を吐いて香澄は上階へと戻ったところだ。首を傾げた香澄の前で、考成がチラリと景を見る。

「何かあったんですか?」
「逆だ。何も無さすぎる」
「はい?」
「いつもあんな風に、大人しいのか?」
「ええ。景は本当に手がかからない子で。優しい子なんです。私に気を遣ってるのかなぁ。そうだったら、少し悲しいですけど、本当にいつも穏やかなんですよ」

 保護者の香澄がそのように言うのだから、これは己がいるせいで緊張しているというわけでもないのだろうと、考成は判断する。既に段ボールの箱からは、小さく緻密な鶴が、溢れそうになっている。

「あの鶴はどうするんだ?」
「いつもいっぱいになると、景の部屋の物置に入れて、また新しい箱を用意してます」
「捨てるわけじゃないのか」
「そんな、酷い! 私のために作ってくれてるって景は言います! 大切にとってありますよ!」

 考惺の声に、憤慨したように香澄が頬を膨らませる。彼女の仕草が少し子供っぽいように、考成には思えた。

「そういうことを言うと、今夜の夕食の時、考成さんのサラダからだけ、コーンを抜きますからね?」
「好きにしろ」

 勝ち誇ったように告げた香澄に対し、考成は脱力した。

 現在まで、この家に来てから一度も外出していない。買い物にも出かけるのを控えている。そこで香澄はネットスーパーを活用していると信じているのだが、実際には考成が食材を指示し、公安の部下に運ばせている。いつも香澄からメモを受け取り、それを専用のアプリのメッセージ機能で送信している。考成が、『俺も少しは家事を手伝う』と嘘をつき、買い物役になった結果でもある。

 たまたまその中に、香澄に渡されたリストにはない缶のコーンがあったため、香澄は考成の好物だと誤解している。二缶入っていたコーンの片方に、部下に用意させた発信器を入れていただけである。一缶を自室に持ち帰り、中にあった非常に小型の発信器と、一緒に入っていた傍受のための機器を弄っていたら、その夜の香澄は、誇らしそうにもう一缶のコーンを用いて、バターしょう油の炒め物を作って差し出してきた。実際には、考成は好きでも嫌いでもない。だがその炒め物は、好きになった。

「大体、大事にするというのなら、物置に入れるのはどうなんだ? 千羽鶴にでもして、飾ってやったらどうだ?」

 淡々と考成が言い返すと、香澄が動きを止め、誤魔化すように曖昧に笑うと顔を背けた。

「い、いいですね……それ、名案だと思います。うん。あ、あの? 私は千羽鶴の作り方を知らないんですが、糸があればいいの?」
「俺も知らん」
「調べてくださいよ、いつも暇そうに、リビングに座ってるんだし」
「俺が暇なのは良いことだろ」

 香澄にまで暇だと指摘されて、考成は唇に力を込めて引き結ぶ。首を後ろに動かして、少し顎を上げて、香澄を見おろした。すると気まずそうにした後、思い出したように息を呑んで、香澄が顔を上げる。

「あ! そういえば、折り紙を買った時に、なんかついてきてました」
「自分で買ったのなら、内容物くらい把握しておいたらどうだ?」
「私が買ったんじゃないんですよ。景が、これがいいって言うから、私の叔父が買ったんです。まさか、こんなにたくさん折り紙を買ってくるとは思わなかったんですけどね。だって千羽どころじゃないですよ? 何枚あったんだっけ……しかも、白系と肌色が多めなんですよね。子供の趣味ってよく分からないなぁ。ちょっと取ってきます」

 香澄はそう述べると、二階に向かった。そして景が過去に作った鶴の箱を、二つ重ねて運んできた。それをリビングの絨毯の上に置き、腕から下げていた紙袋を考成に押しつける。

「中にテグスっていうのが入ってました。あとは、宜しくお願いします」
「宜しくとは、どういう意味だ?」

 焦って声を上げた考成を指さすと、香澄がにこやかに景を見る。

「景。考成さんが、鶴を千羽鶴にしてくれるんだって。千羽鶴って分かる? 鶴をいっぱい繋げるんだよ! そして飾っておけるの!」
「本当? ありがとう、考成さん」

 柔らかく明るい声を放ち、にこにこと景が考成に顔を向けた。
 断れる雰囲気ではない。
 そんな考成の肩で、クロがクスクスと笑っていた。

 こうしてスーツのジャケットを脱いだ考成は、ネクタイを緩めて、景のそばに座ることにした。その間にも、香澄はさらに三つの段ボール箱を運んできたのだった。

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