【嫌いなアイツとゾンビと俺と】第4話

 緑色の非常階段を駆け下りていくと、二階の扉が開いていた。
 何気なくそちらを見た歩樹は息を呑む。
 上階の異変には、誰も気づいた様子はなく、玩具売り場には多数の親子連れがいた。笑顔。にこやかな話し声。

「ママ、これ買って!」
「ダメよ。お誕生日まで待ちなさい」

 すぐそばで、そんな声が聞こえた。また、その隣ではベビーカーを押してる青年がいて、その横では女性が手に取った小児用の玩具を鳴らしている。平和な光景が、今だけは辛い。

 思わず立ち止まり、歩樹は前を歩く空斗の、背中の服を引っ張る。

「真鍋、異変を知らせないと。このままじゃ、みんなが――」
「御神楽。ゾンビが出たなんて話したとして、一体誰が信じると言うんだ? 直接見なければ、誰も信じない。大体、俺達は早く逃げるべきだ」
「でも……放っておけない! このフロアの人にだけでも」

 強い語調で歩樹が言うと、目を眇めた空斗が呆れたように吐息した。
 そして歩樹の学ランの首元をねじり上げた。

「お人好しも大概にしろよ。俺はお前のそういうところが嫌いなんだ」

 それから歩樹を突き飛ばすようにした後、空斗は開け放たれている扉から、玩具売り場があるフロアに一歩進んだ。

「五階に不審者が出ました。即刻逃げてください! 今警察が突入してくるところです」

 よく通る大きな声だった。空斗の声に、皆が視線を向ける。そしてざわめきが広がり始める。歩樹が目を見開いていると、振り返った空斗が再びきつく歩樹の手首を握った。そして腕を引き、無理矢理階下へ通り始める。そうしながら苛立つように言った。

「これでいいだろう? これで満足か?」

 確かにあの言い方ならば、多くの人が自然に捉えて逃げるだろうと歩樹は思った。
 痛いくらいに腕を引かれながら、歩樹は述べる。

「俺には思いつかない言い方だった。ありがとう」
「別にお前のために叫んだわけじゃない。その姦しい口をいい加減閉じろ。おいて行くぞ」

 しかしそうは言いながらも、空斗は歩樹の手を離さなかった。
 二人が非常階段を降りきり、外に通じるドアを開けると、曇天の雲には稲妻が走っていた。一雨来るのは明らかだった。紫色の空が、よりいっそう不安を煽る。

 歩樹はアスファルトの上に立ち、空斗を見上げた。

「なぁ、真鍋」



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