桝太一アナウンサーが研究する「科学の伝え方(サイエンス・コミュニケーション)」は、実は身近にある

国民的アナウンサーがキャリアチェンジして行う研究テーマ

昨日2022/1/23、日本テレビの桝太一アナウンサーが近日中に現職を退き、研究者としてのキャリアを始める意向を発表した。これは大きな話題になった。
同氏のTwitterでは、本件について改めて下記のように告げられている。

このツイートにもあるように、同氏が同志社大学で研究するテーマは「科学の伝え方(サイエンス・コミュニケーション)」である。

アナウンサーが珍しいキャリアチェンジを行うこと、その当事者が大人気のアナウンサーであること、学生時代とは研究テーマが変わる(海洋生物(あさり)の研究を行なっていた)ことなどがフィーチャーされているが、「科学の伝え方(サイエンス・コミュニケーション)」とは何か?という部分はあまり議論の中心にはなっていない。

「科学の伝え方(サイエンス・コミュニケーション)」に関する予備知識が大衆の常識になっていないので、議論しにくいのだと思う。
常識になっていないからこそ研究テーマとして面白く、桝太一アナウンサーが時間をかけて探求しがいがあると踏んだわけでもある。

Dr.STONE=サイエンス・コミュニケーション

ところで我々はサイエンス・コミュニケーションという言葉に馴染みはないが、知らず知らずのうちに日常でサイエンス・コミュニケーションについて考える機会は与えられている。

例えば漫画好きや週刊少年ジャンプの読者なら知っていると思うが、現在大ヒット連載中の「Dr. STONE」はサイエンス・コミュニケーションを商業漫画として昇華させた傑作である。
同作のあらすじはこうだ。突然の天変地異により全ての生物は石になってしまったが、何人かが1000年以上の時を経て蘇った。しかし未来は科学文明が姿を消した原始的な世界だった。そんな中、蘇った人間の中の1人である天才的な理系高校生は科学文明を自らの手で構築することにした。原始的な世界で科学知識を持たない周囲の人間を鼓舞し、教育していく。
この漫画を読んだ読者は驚くほどに「科学って面白そう」と感じてしまうのだ。サイエンス・コミュニケーションの観点から言えば、読者が得た科学への興味関心や、作品を通して得られた科学知識は素晴らしい成果と言える。

桝太一氏が研究するのは、Dr.STONEがもたらすような成果を例とした「いかに伝え方を工夫するかによって受け手が科学に興味関心を持ち正しい科学知識を得られるか」の分析というわけである。
彼はその分析によって得られた知見をもとに、現場での実践を経て更に素晴らしいアナウンサーキャリアを歩むのかもしれない。(あるいは、研究に没頭し続けるかもしれないし、別のことを始める可能性もある)

まだピンと来ていない読者は、学校で受けた理科や数学の授業が常に面白いものであったのかどうかを振り返ってみるといいと思う。伝え方ひとつで、科学は退屈なコンテンツにも、興奮してやまないコンテンツにもなり得る。

海図解読の代行者=サイエンス・コミュニケーター

科学の世界は、今や広大だ。太古の昔、人類の生活の中に科学が生まれてから数十万年〜数百万年も経過し、科学研究は発展の一途を辿っている。分野は細分化し、広く深い知識体系の海が出来上がっている。海の底は見えず、上手に泳ぐことすら難しい。溺れる者は海の中に怪物の幻覚を見ることすらある。
広大な科学の海を冒険して海図(論文)を作るのが研究者の仕事だが、海図は専門家に最短距離で伝わるように作られているため、大衆が読んでも解読は難しい。
そこで解読を代行するのがサイエンス・コミュニケーターというわけだ。

サイエンス・コミュニケーターの一例は先に挙げたDr.STONEの漫画家だったり、NHK番組の制作者だったり、Webメディアのライターや編集者だったりする。

かく言う弊社もサイエンス・コミュニケーターだ。Parksという会社は、私が創業してから一貫してサイエンス・コミュニケーションを行なっている会社である。
創業初期は、研究者と企業を繋げてそこで生まれたディープテック事業に対してクラウド・ファンディングを行うサービスを考案した。
そのサービスは強力な競合他社に対する優位性をデザインできなかったためにファイナンスが上手くいかずに頓挫したが、次に始めた「アイブン」というサービスはAIに関する論文を分かりやすく記事コンテンツにするという、またしもサイエンス・コミュニケーションの権化のようなサービスだ。もちろん、サイエンス・コミュニケーションは手段であって目的ではないが。

アイブンは普通のWebメディアビジネスとしての観点から言えば平凡なPV数なので一見すると成功事例には見えないかもしれないが、読者はそうそうたるAI関連企業の社員たちだ。彼らを読者を抱えることで副次的にtoBの「論文解説サービス」を展開できたし、似たような記事配信スキームを持つWebメディアを開始したい他社をクライアントに持つことも出来た。
このように、サイエンス・コミュニケーションは新規事業と噛み合う技術でもある。

実はみんな求めてるサイエンス・コミュニケーション

サイエンス・コミュニケーションを必要とする世界は多い。アカデミアにとっては予算を獲得するために必須なスキルであるし、経済界にとっては世の中に新しい価値を創出するためのルートである。また国際政治的に言えば、台頭する諸外国に対してリードを許している理由の一つが新しい科学技術に対する順応力(あるいは興味関心の度合い)かもしれないと仮説を立てることもできる。
世界で1番有名な大学の一つであるMITの学生は、半数以上が新しい科学分野である「コンピュータ・サイエンス」を専攻している。その名の通り、計算機「科学」をびっくりするくらい頑張っている人たちがアメリカの中心にいるというわけだ。
次にどんな科学が影響力を持つのか、深みを持つのかを出来るだけ多くの人に伝えたり、重要な意思決定者に伝えたりするのもサイエンス・コミュニケーターの仕事かと思う。

この文章を読んだ皆様は、自分なりに自分のサイエンス・コミュニケーションスキルを客観的に評価してみても良いと思う。サイエンス・コミュニケーションスキルがあるということは即ち、身を置いている環境を近代化させる(成長させる)スキルがあるということだ。子供を持つ人にとっては、教育能力のひとつでもある。
もしアイデアが無ければ、アイブンAIケアラボなどのメディアや、Dr.STONEやJINなどの漫画・アニメやドラマ、さかなクンやでんじろう先生など研究者タレントのトークを参照して、難しい科学の話を人に伝える際のやり方を分析してみてはいかがだろうか。
もちろん、桝太一アナウンサーが今後サイエンス・コミュニケーションについてテレビで解説を始めることになると思うので、それらの番組を楽しみながら視聴するのもいい。

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