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エンドレスヒール#36 -3.11

3月7日(月)午後

食事介助が終わり、職員も交代で食事を済ませると、午後のレクリェーションの時間。
その間、入浴を希望している人は、順番に入浴する。

和美は、たまたま食事介助を担当した車いすのナツコさんのそばにいた。
ほかの利用者さんがテーブルピンポンをしているのだが、ナツコさんは気乗りがしないようだ。

大きなテーブルにピンポン玉。ぐるりと利用者さんが周りを囲む。
全員、空のティッシュケースを手にしている。
このティッシュケースで、ピンポンを滑らせてはじく。
自分のところにきたら、ティッシュケースで思い切りはじくのだ。

利用者さんには人気のゲームで、やっているうちに熱くなって本気になってくる。
しかし、ナツコさんはしようとしない。

「今日はやらないの?」
答えない。
「本でも読む?」

和美は、車いすをずらして、ピンポンから少し離れ、施設にある大活字本を持ってきた。
大きな字で書かれた、大人用の本。
ナツコさんは詩が好きだった。

金子みすずの詩の本。
ナツコさんは高齢で、家庭の事情までは詳しくわからないが、ひらがなしか読めない。
小学校より上の学校へは行けなかったようだ。

「読んで。」
と、小さな声でつぶやくように言う。
和美は、ナツコさんにだけ聞こえるように、耳元で詩を読んだ。

ノアヒールのエネルギーを使えるようになった時、和美はこのエネルギーで、少しでも利用者さんが体や心が楽になれば、と願ってきた。

「ヒーリングします」という特別に時間を取るわけではなくても、いつも思っていば自然に良いエネルギーが流れていけば、いい形で利用者さんにエネルギーを使っていただければ、と思ってきた。

しかし、ナツコさんに寄り添い、本を読みながら、自分自身が癒されていることに気づいた。
今まで、どれほど利用者さんに癒されてきたのだろうか。
利用者さんを癒したい、と願いつつ、癒されていたのは和美自身だったかもしれない。

もう、ナツコさんに本を読むのは最後かもしれない。

いつも、レクリェーションに参加しないと、眠ってしまうことも多いナツコさん。
その日の午後、ナツコさんは和美を離すことなく、午後のおやつの時間まで和美に半分身を任せて、ずっと本を読むのを聞いていた。

続く
2011年4月22日(金)

エンドレスヒール#36 -3.11

かあさん、僕が帰らなくても何も無かったかのように生きていってね

次回 エンドレスヒール#37 へ続く
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