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短編小説、物語いろいろ

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「巴の龍(ともえのりゅう)」「love's nigt」「ある独白(我が永遠の鉄腕アトムに捧ぐ)」「カオル」「甲斐くんの憂鬱」続々増えるよ
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2022年1月の記事一覧

Love's night #7

ところが一か月も過ぎたころ、突然タカネが戻って来た。 今度はアルバイトで保育補助の仕事をするのだというのだ。 以前のように丸一日ではないが、午後から夕方・夜にかけて 勢のお迎えに合わせるように、タカネは保育園で働き始めた。 更冴(さらさ)はとたんに元気になった。 心からタカネを気に入っていたのだろう。 もともと母親がいないせいで、女性の保育士さんにはべったりの更冴だったが、 タカネには特になついた。 勢(せい)もまた 保育園に迎えに行くたび、タカネと短い会話を

Love's night #8

勢(せい)は、更冴(さらさ)を抱いたままのタカネと三人で、 保育園の見回りを することになった。 タカネは意外に怖がりで、勢の後ろからしがみつくようについて来ていたが、 終いには怖さのあまり 勢のTシャツの裾をつかみながら、何とか戻って来た。 「あ!」 タカネがつかんでいたシャツの裾を離すと、それは よれよれになっていた。 「ごめんなさい。私ったら、どうしよう。」 「いいですよ。タカネ先生には迷惑かけたんだから。 更冴のためだけに、ありがとうございました」

Love's night #9

「タカネせんせー、パパと仲良くしてるの?」 タカネはちょっと はにかみながら、更冴(さらさ)に微笑んだ。 「そうよ、仲良くしてたの。今日は 更冴ちゃんの おうちまで送るわね」 更冴は 自分からぴょんと飛び下りると、二人の真ん中になって 左手を勢(せい)に、右手をタカネに つないだ。 「わ~~い! ママみたいだ~!」 小さなアパートの一階、それが勢と更冴の家だった。 「せんせー、うちに入って、入って」 更冴はタカネをアパートの部屋に入れようとした。 勢もタカネ

Love's night #10

「すみません。送ってもらっちゃって」 勢(せい)は少し照れながら頭をかいた。 「こちらこそ、更冴(さらさ)が無理に上がってもらったのに、かえって迷惑かけてしまって。 こんな遅くに大事なお嬢さんを駅まで送るくらい、あたりまえです」 「やだわ。お嬢さんだなんて」 タカネも恥ずかしそうにうつむいた。 部屋に入ったものの、更冴に夕食を食べさせなくてはならなかった。 いつものように勢が何か作ろうとしたが、タカネが台所に立つと言い出し、 意外にもあり合わせで作ってくれたの

Love's night #11

それから 幾度となく、自然にタカネは 勢(せい)と更冴(さらさ)の部屋を訪れた。 いつも夕食を作ってくれて、しまいには更冴とお風呂に入ってくれる時もあった。 勢は ただ流されるように それを受け入れていった。 やがて 休みの日も一緒に出かけるようになり、まるで仲の良い親子のように 遊園地や動物園、水族館といった お子様お楽しみコースを更冴と 三人で訪れた。 更冴は ますますタカネになつき、三人は若い親子に見えた。 そんな二人の気持ちが、近づいていかないわけがない。

Love's night #12

いつのまにか 一年が過ぎようとしていた。 卒業を半年後に控え、プロポーズしたのはタカネの方だった。 初めて勢(せい)のアパートに行った あの日のように、夜遅く勢に 駅に送ってもらう途中だった。 あの時と同じように 母のいない更冴(さらさ)の話をし、更冴の気持ちがわかると言った。 「私、更冴ちゃんのママになりたいの。今度は本気よ」 勢は答えられなかった。 「勢も私も、もうすぐ卒業するよね。私、うまくいくと あの保育園に就職できそうなの。 勢も そろそろ 仕事決めな

Love's night #13

タカネは軽い昼食を用意していたので、間もなく四人は食卓についた。 食事の場でも勢(せい)の口は重く、はしゃぐ更冴(さらさ)が話す言葉に、 タカネや比留川(ひるかわ)が相手をしているという感じで、 肝心の結婚の話など微塵も出る気配はなく、勢にとって辛く長い時間が過ぎた。 比留川にとっては どんな時間だったのだろうか。 重苦しい中にも、明るい更冴だけが救いだった。 食後のお茶を飲む頃には、興奮しすぎた更冴が ぐずり始めた。 疲れて眠くなったのだ。 温かくなった更冴

Love's night #14

携帯が鳴った。 タカネからのメールだった。 『パパったら、すごく変なの。勢(せい)や更冴ちゃんのこと聞いても、何も答えてくれないの。 あんなに 更冴ちゃんのこと かわいがってたのに・・・。 まぁ、すぐにはOKってわけにはいかないだろうけど。 ね、パパ、さっき急に出かけちゃったの。今から そっち 行ってもいい?』 来る・・・と 勢は直感した。   すぐにタカネに返信する。 『ごめん、今日 俺も疲れちゃったみたいなんだ。緊張したからかな。 今日は ありがとう。 タ

Love's night #15

比留川(ひるかわ)は 黙って部屋に上がった。 そして 眠っている更冴を見ると、その横に座った。 すでに日は落ちており、だが 部屋には電気がついていなかった。 「更冴が何かしゃべるんじゃないかと、ハラハラしたよ」 勢(せい)は 唇を曲げて立ちつくしていた。 「すみません」 「悪いとは、思っているのか?」 比留川が勢を手招きして呼ぶので、勢は比留川に近づいて横に坐った。 「更冴が素直な子で助かった。 最初に、俺に会ったことがあることを内緒にしようって約束させたら

Love's night #16

四年前、夜の公園の噴水の前に、赤ん坊を抱いた少年が座っていた。 薄汚れた服、生気のない目、赤ん坊は生きているのか死んでいるのか、 身動きもせず やせ細っていた。 少年は何日も食事を摂っていなかった。 つまり、赤ん坊も何日もミルクを飲んでいないことになる。 少年の体が ふ~~っと風に浮いたような気がした。 俺は死ぬのか・・・ 少年がそう思った時、意識が遠のいていった。 次に少年が目覚めた時、彼は病院のベッドに寝かされていた。 「天国?」 ぼんやりと目を開けて

Love's night #17

勢は更冴と一緒に死にかけたところを、たまたま通りかかった比留川に救われ、 比留川の知り合いの病院に入院した。 いわば比留川は、勢と更冴の命の恩人である。 しかし、命の恩人である比留川にも、当時の勢は簡単に心を開かなかった。 ひと月ほどの入院をへて退院間近になり、毎日のように顔を出す比留川に 勢は ぽつり ぽつりと 話し始めた。 「では あの子、更冴ちゃんといったかな。 あの子は キミの子なのか? キミは いくつなんだ?」 「十七・・・もうすぐ 十八になります」

Love's night #18

「ご両親に連絡した方が・・・」 勢は 思いきり首を振った。 「ダメです。 ボクの家、そこでは有名な名家なんです。 帰れません。もう 道も歩けない。 親や親せきにまで そんな思いさせられない」 「だけど、まだ高校生だろう?それに本当にキミの子かどうか・・・」 「ボクの子かどうかなんて、関係ありません。 ボクが一年前、あの女の人と犯した あやまちは消えないんです」 比留川は ため息をついた。 「いまどき、という気もするが、まぁ高校生が父親になれば、確かにどこで

Love's night #19 最終回

「このアパートを見つけ 保証人になって住まわせてやった。 大検を受けさせ、大学にも行かせてやった。 それらの費用、生活の保障、更冴の保育園にいたるまで すべて、誰が出してやってるんだ?」 「比留川さんです」 「この時代にスムーズに就職が決まったのは、誰のおかげだ?」 「比留川さんです。」 「契約は あと半年。大学を卒業するまでだったな」 「はい」 「だったら、その後、俺と別れた後に いくらでも恋愛できるだろう! 俺だっておまえが かわいい。別れるのは つらい