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自然の音と神聖な音

わたしは昔から歌うことが苦手。
歌うのが嫌で、音楽の時間や合唱コンクールはいつもピアノ担当。振り返ってみるも、学生の時に歌ったことってほぼなかった。笑

話しは変わるのだけど、昨年からクリスタルボウルという楽器を奏でてる。
クリスタルボウルは、水晶や、オパール、ルビー、ダイヤモンドなど鉱物でできた楽器。💎

この楽器はピアノなどと違って、チューニングもしないし、音合わせという概念がない。音楽をやっている人からしてみると、もはや楽器ではないよね。わたしもそう思う。

水晶や鉱物を溶かして、ボウルの形🥣にして、その結果出た音が、音になる。
だから、ピッチがずれた音しかない。

でもそれは音であって。
むしろ調律した音は、人間がこの音はド、この音はレと決めた音。しかも、440Hzであったり、442Hzであったり、438Hzであったり、時代によって良いとされている調律方法は違ったりする。

でもピッチのずれた音って、世の中にたくさん存在しているわけで。というか、自然界にはそんな音ばかり。

そう考えると、鉱物の気まぐれでできた音は、紛れのない純粋純白な自然の音。

この音を感じたとき、わたしは音の概念を覆された。当たり前が当たり前じゃなくなった瞬間。

そこが腑に落ちたとき、自然と歌えるようになった。人前ではなく、自分だけや鼻歌でだけど(鼻歌は昔から歌ってたかも笑)。歌うというより、声を奏でるって感覚。

今までは歌うのに、音がずれてないか、つまり音痴かどうかが気になり、ずれてると凄く自分が気持ち悪い。音に敏感って不便。って思ってた。

だけど、ピッチのずれまでも許せるようになったとき、そのずれは今生まれた音でしかなくて、それは自然界では当たり前にある音と感じたとき、わたしの身体から自然と生まれてくる音は神聖なもの、と感じた。

そして、これは人前で魅せるものではなく、自分や自然との調和をはかるもの。外にいるときや自分を見失いそうになったときに声を奏でると、瞬時に自分と調和し、自然と調和できることがわかった。その瞬間、別のパラレルに移った感覚。なんて凄いのと驚いた。

それから、外に出て自分とのずれを感じた時や、神聖な感覚を求めた時、ひっそりと声を奏でる。

きっとそれは人前ではやらないと思う。
自分が自分であるための、自分と繋がるための、ひとつの手段。

クリスタルボウルが教えてくれたことのひとつ💐 

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