借金4億を負わされた仕返しに会社を乗っ取る話


「連帯保証の都合、社長が死んでも、私が困ります。取引をしませんか。」

#あの選択をしたから

①未来の人質

「ここが無くなれば、お客さんに影響があるからと耐えてきた。俺は嫁に言い出せなくてカードローンを組んだ。佐藤さんは、旦那に文句を言われながら仕事に出ている。しかし高石さん、皆もう限界だ…。」

給与の不払いになって3か月目の給料日、
店長を務める私高石に、全スタッフからの退職願が提出される。

単独黒字のうちの店舗は、最後に給与が止まった。
不払いになり1カ月たった時、気付けば他店は既に閉鎖されていて、グループでうちだけとなっていた。不払い以前、遅滞が始まったときには、手続きのミスだと説明をしていた会社は、「信用」を理由にして、従業員の給料と引き換えに銀行への借金返済を続けていた。
これを決定しているのは、株式100%保有のほぼ1人取締役、ゆってぃ似の上田社長だ。この1年の不始末によって、スタッフには「はげちゃびん」と呼ばれるようになっていた。一方、矢面に立たされるのは私。メンタルと預金を随分擦り減らしてワカチコした。

それでも耐えざるを得なかったのは、私が連帯保証を負っていたからだ。
まだ愛社精神に満ち満ちていた4年前、前社長が金をもって飛んだとき、モスバーガーに呼び出され、上田に取引をもちかけられた。
「これから新規事業を起ち上げる。俺についてきなさい。頑張りは聞いている。引き上げてやる。」
連帯保証の意味は理解していたが、「こんなチャンスはない」と応じ、押印した。(#あの選択をしたから、はこれではない。)

②銀行にバレる

全員が退職するのでは、運営ができない。
雇用しても資金はないし、給料を支払う気もない。
上田に話しても埒が明かないし、そうこうしてるうちに、賃貸の店舗に退去をせまる連絡が入り始める。半年も前から未納だという。
弁護士の30分無料相談では「連帯保証の解除は無理です」と10分であしらわれ、町が運営する心の相談室を頼りにして運営を続けたが、足掻きも空しく、会社は社会保険の滞納によって唯一の売り上げを差し押さえられ、ついに銀行にバレることとなる。

私がそれを知ったのは、店長も社長側の人間だと敵視されてギスギスしていた頃の仕事帰り、家賃3万円のボロアパートに、一通の封筒が届いていたからだ。
タイトルは、「期限の利益の喪失のお知らせ」。
借りた側は、借りている間に、貸した側から「返せ」と言われない権利=期限の利益を有するが、これを喪失したという知らせだ。

つまりは、1か月後に借金を返せ、というのだ。
4億円を、一括で、家賃3万の私にだ。

全身の血液が一気に眉間に集まったあとで足裏から流れ出ていくような感じがして立っていられなくなった。今度は頭にのぼって、急激に怒りが湧く。あの社長よくも。文書をぐちゃぐちゃに丸めたが、破り捨てる直前で「保管した方がよいかもしれない」と思いとどまり(結局使用しなかったが)、ひろげて読み返すが、どうしても現実と思えない。明朝体の文章が、夏休みの読書感想文につかう原稿用紙に印刷されていることも、現実を余計に歪に感じさせる。

③悪魔の取引

取り立ては、テレビドラマのようにやってくるのだろうか。いや、頑張りに応じてバンカーが助けてくれるドラマを信じたい。しかし手前は、半沢直樹よりスタッフが欲しい。

ある日、皆が満身創痍のなかで定例の店舗内会議を行った。既に人間関係までもボロボロ。投げやりな会議の終わりに吐き捨てられた誰かの言葉だったが、皆が賛同してくれた。

「高石さんが社長やったら、この店、まだやれたんじゃないの」

岐路に立たされている気がする。3次会で入った手相BARで、家康と同じ手相だと言われたことを思い出す。どうする高石。
人は、こんな時でも欲が生まれる。
これだけやってきたのに、責任を取れない。顧客とスタッフに謝ることしかできない。何に謝っているのかも分からない。単独ならまだまだやれるのに、何も残らないどころか、退職金はマイナス4億。
選択肢は2つ、4億背負うか、上田を蹴落として延命に賭けるか。
「こんなことなら、全部自分にやらせてほしい。」
舞い降りたのは神より悪魔っぽいが、崖っぷちなので、すがった。
(#あの選択をしたから)

上田を、モスバーガーに呼び出す。
すっかり痩せこけていたので躊躇したが、悪魔のせいにして切り出す。
「社長、このままでは運営は不可能です。しかしこれでは、会社も止まる。連帯保証の都合、社長が死んでも、私が困ります。取引をしませんか。社長は、銀行と交渉してください。私は店舗を存続させます。
しかしスタッフとの約束は、私が別会社を立てることです。一方で、この会社に売上が入らなければ、銀行には返済できない。そこで、私は会社を立てるものの、継承の手続きを整理する間は、出向社員として今の店舗で働いてもらいます。これで売り上げは、上田社長に全額入いる。しかしスタッフには私が給料を払うので、出向費用は必ず支払ってほしい。
これはスタッフの感情を抑えただけの、ただの猶予期間です。この間に、資金繰りをなんとかするか、銀行との交渉が決裂すれば、あなたも私も終わりです。

連帯保証はさておき、職は失わずに済む。これが四半世紀ほどの人生を二度狂わせる取引の応酬、カウンター・モスバーガー。超近視眼的な計画で、ドラマチックでもないし、今となればもっと良い手があったのかもしれないと思うが、当時は、自分は中々の策士であると盛大に勘違いした。策略通り上田は応じたので、私は、全国民に配られたコロナの給付金を元手に(ごめんなさい)会社を起ち上げ、Xデーに向けて準備を始めた。

④再び、銀行にバレる

会社を起ち上げ、契約を結んですぐの頃、1回目の支払いもまだのうちに、銀行員がうちの店舗を訪ねてきた。交渉に向かい、資金繰りの悪化を銀行に黙っていたことを詰められた上田が、口を滑らせたことによる。給料と引き換えに築いた信用とはいったい。後日、私は銀行に呼び出されることとなる。交渉は、決裂したのか。

東京中央銀行の3分の1程の大きさの会議室に恐る恐る入室すると、役員と融資課の人が、既に着席していた。きっと大人たちに叱られるに違いないが、上田の姿が見えない。社長不在のまま、ただ一人の社員を座らせて、会議が開始される。

「こちらは、支援を継続する。再建計画を進めたいが、上田社長には任せらないので、あなたに担当してもらいたい。また、代わりではないが、連帯保証を解除する。

そんなことが、あるわけが無い。銀行は、雨の日に傘を取り上げると聞くが、これでは真逆だ。アンブレラだけに、ゾンビ企業でも生み出そうというのだろうか。

「銀行の役割は、若者から未来を奪うことではない。しかし、再建への参画は高石さんが決めてよい。解除する代わりにやれ、ということではないから、再建の方はよく考えてほしい。」

舞い降りたのは、やはり悪魔だったのかもしれない。大人たちの考えることは分からない、上田も、銀行も。巻き込まれ、つらい思いもさせられて。
目の前には傘ではなく、再建の業務委託契約書と、連帯保証の脱退契約書が差し出される。訳が分からない。
秒でサインした。

⑤終わり

この話の続きは、実は現在進行形だ。
再建は順調、ほぼ私が運営している。乗っ取りは、大人たちに負けないぐらい知恵をつけたので、機を見て、きちんとした手段で実行するつもりだ。
うちの会社では、あの時移籍したスタッフが、今も働いてくれている。

上田は、役員報酬がないことをごねながら、生活費のためにアルバイトをしている。
あの選択をしたから、メフィストフェレスに魂を捧げることになるかもしれないが、それまでは、この先のストーリーを綴りたい。
どうか先に上田を連れて行ってください。

(気が向いたら続く…)


スピンオフ

(聞いてほしいけど割愛した話…)
・エピソード0.5くらい
「金をもって飛んだ前社長が会社の空き部屋に住み着いていて、ついに逮捕された件」
・エピソード2.5くらい
「上田社長が懲りずに再建のための銀行融資で詐欺を働きかけたのを阻止したときの話」
・エピソード3.5くらい
「再建事業の開業直前に、上田社長にメフィストフェレスが訪ねてきた件」
・エピソード3.8くらい
「上田社長のカムバック」
・サイドストーリー
「上杉謙信を信奉する上田社長がカツラをやめたワケ」


※登場人物は、もちろん実名ではありません。

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