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#229 アンティーク椅子の再生はまるで時間旅行だった


Facebook上のマーケットプレイスで、このような椅子を無料で差し上げますというのを見ました。これはヴィクトリアンスタイルを代表するようなバルーンバックチェアといいます。(背もたれがバルーンのようにまあるいからです)

これが実際の画像でした


珍しくはないデザインで、イギリスではよく目にするのですが、ひとつひとつの曲線や装飾は微妙に違います。
この写真を見たとき、なんだか心が掴まれてしまったのです。不必要に飾り立ててないのにエレガントではありませんか。
しかも座面の剥げ具合。色もいいし、そこはかとなくユニオンジャック (イギリス国旗) に見えてしまい、なんだか惹かれてしまったのです。

早速連絡をして、いただくことになりました。
私の「なんてチャーミングな椅子~」の一言に、30代後半くらいのハンサムな (それは余計か) 持ち主さんが「壊れててもなんだかお気に入りで今まで手放せなかったんだけど、やっぱり直してあげるべきなんだ。あなたがやってくれるならすごく嬉しい」と。

下のほうを覗くと‥‥

いろいろ落ちてきてます


破れて垂れ下がっているのは本来は座面の底部分にピーンと張っていなくてはならなかったWebbing (ウェビング) です。

スプリングがビョーンと飛び出している


さて、これをどうやって直すにしても、とにかく全ての破れたもの、古い素材を取り除かなければ何もできません。

「手伝おうか」と夫も手を出す


これがまた古い釘なんですわ。何十本という釘はそれぞれがとても「スーッ、ポン」と抜けるようなものではなく‥‥
ひたすら廃墟の撤収のような作業が続きます。

形や長さの違う釘たち

機械で画一的に作られていない釘一本一本から、そのアンティークさを感じました。まるでブラックスミス (鍛治職人) の熱やカーンカーンと打つける音が聞こえてくるよう…
家具の再生はまるで『時間旅行』のようだ、とつくづく感じるのでした。

今度は上側からのアプローチを。
椅子の底辺になって固定されていたのは荒い麻布。そこへ敷かれたクッションとなるの馬の毛が、荒いガーゼ生地で覆われています。さらに目の詰まった木綿生地で椅子に釘で固定してありました。そして椅子の表面になる素材が布にWax (蝋) を塗ったようなものでした。
百何十年以上前の素材です。それら全ての製作に携わった人たちはどんな服装だったのかなどと想像して、楽しい気分になりました。
まさかこれを作った人が、日本から来た女が2024年に、これらを外して貼り換えようとしているなんて想像できたでしょうか‥‥


圧巻!ヴィクトリア時代の仕事


中から取り出した馬の毛です。

羊の毛よりも断然コシがあって、椅子に合うということですね


引き続き全ての釘を抜きました。
なんとかひとつ残らず釘はなくなりましたが、私の手首にはしっかり腱鞘炎が残りました。


こうして「終わった~~!」と思えたバールーンバックチェアでしたが、忘れていました、ここからやっと始まるのだということを‥‥


このスッキリとした抜け感よ


さて、始めていきます。

ウェビングです。

こんな木製のツールがあり、ピンと張った状態でステープラー (ホチキス) を打ち付けていきます



新しい馬の毛を買って、スプリングを縫い付ける古典的な製法を再現したい気持ちも確かにありました。
ですが夫が動物の毛にアレルギーがあることや、費用もかさむことから、厚めのスポンジフォームに替えました。
お読みの方には「残念!」と言われそうですが、そう決めたら私、ホッとしました(笑)

残念ながら、写真を残していないのですが、やったことと言えば、張りつめたウェビングの上に荒い麻布を貼り、スポンジフォームをかどの出ないように形作って載せます。そしてウォディング(wadding) と呼ばれる綿わたシートで包んで椅子の形に仕上げました。この椅子は座面のふっくらとしたフォルムが命です。
スポンジ特有の平面さをカバーすべく、座面中央部分のスポンジの下に隠しウォディングをこんもりと入れました。

いよいよカバー布を決めます。

ずっと家にあった、夫にとって思い入れのあるウール100%の英国ツイードを使うことにしました。なんでも、義父のジャケットを作ろうとして買ってあった布だそうです。
夫が17歳だった時に、まだ若くして亡くなった父が着ることのなかったツイードは40年以上の年月を経て、買った当時の袋のなかで眠っていました。

ヘリンボーン柄ツイード

白黒のようで、まるで織りムラのようにところどころ鮮やかな青が見え隠れしています。全体では濃紺のイメージ。


全体を緊張させつつも、引っ張りすぎて柄が歪まないよう、慎重にステイプラー (ホチキス) で留めていきます。
バン、バンッと留めるたびに息を止めてしまう自分が可笑しい‥‥
いつの間にやら汗ばんでしまうような作業です。
椅子が貼り終わりました。

そこへソーイング出動。
同布を切って、ストリップを何本か作ります。

Gimp (エッジ部分の装飾) という物が売っていますが、ひと手間かけて同布で作ることにしました。バルーンバックそのものがフェミニンなので、できるだけ紳士的な仕上がりにしたい気がしたのです。

ホチキスで固定したエッジを最後に隠すものです


ここからは夫にお願いしました。
金槌でビョウを打ち付ける夫とハイッ、ハイッとストリップを張りながら位置を誘導していく私。さながら餅つきのような光景で作業が進みました。


完成です。


色でいえば、下の写真が一番実物に近いと思います。

座面のかたちにも満足!



これは、残念ながら私が会うことが叶わなかった義父につながるもの。
正確には『お義父さんの形見』とは言えないかもしれません。実際着用することはありませんでしたから。

でも義父がこれを自分で選んだか、あるいはこれが似合うだろうと選んでもらったかした生地だったはず‥‥
時間の止まったままだったヘリンボーンの生地を、この家に残すことができてよかったと思うのです。


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