無題1_歌舞伎町にて

 歌舞伎町一番街、その看板を見た瞬間を覚えている。
よく写真で見たそれは実際見ると、もっと赤くくすんで、ひかっていた。
なかは居酒屋とかが多くて、ボクみたいな歳の子はあまり見当たらなくて、普通の街だとおもった。
傘をささずにフードを被って濡れながら歩くボクは浮いていた、と思う。それでも気丈に振る舞えばへいきという謎の自信があった。実際、歩いてる人はボクを目にとめても何も言わず、すぐに存在を忘れて去っていく。
途中警官が眼の前を歩いていると、補導されるかな、という微妙なぼんやりとした危機感だけがあった。
歩いて10分程経って私は存外普通の夜の世界になんだか拍子抜けして、このまま歩いて、ここの外に出よう、と思った。
なんだか惜しいな、なんておもっていると映画館をみつけた。そこには今見てきたアニメ映画のポスターが大きく貼ってあって、私はなんだか嬉しくなってそこで足を止めた。
スマホをポケットから取り出してフードを取る。その弾みでフードから雫が顔に滴り落ちた。
思った以上に雨はボクを濡らしていたようだった。
ここまで来た記念にと、多少ずれた感覚で写真を取ってなんだか満足してた。その時だった。
「ねぇ、今何してるの?一人?」
...あーね、とおもった。
やはり、この映画館の前であたりを見渡している男性たちは、弱い心を持った若者を探していたんだなって思った。
映画を見終わった非行少女を探しているのだろうか、趣味悪い、反射的にそう思ってしまった。
でも、私に声がかかるなんて、そうおもって私は自分の格好を考えた。傘をささずフードを被って、スマホを片手に少し大きめの肩がけカバンを一つ。
なんとなく、一般的に思い描かれる家出少女のような格好をしていることに今更気がつく。
肩がけカバンには最低限の貴重品と先程買った小説と漫画、映画を見た時もらった特典とかが入っていてそれを知ってるボクからしたら家出少女が持つものにしてはいささか変な気はするけど、はたから見たら急いで詰め込んできた大荷物に見えないこともない。
そんなシンプル家出少女(?)な格好をしているボクに相手は飲み物片手に反対の手で持つ傘をこちらに傾け続けた。
...屋根があるからその傘は意味を持たない、けど、「優しく見える方法」としては納得する
そのひとの持っている飲み物はもう半分以上減っていて、それだけの時間ここで待っていたのだろうかと思うと、なんだか気色悪く思えてしまう。
私にそんな資格はないのだろうけど、なんて思って思考を飛ばしていると
「これからどうするの?」
といわれた。その声にハッとしてわたしはすぐにぱっと笑顔を作った。
「帰るとこです!」
相手を刺激しないように、ここを切り抜けて帰ろう、とおもった。
「かわいいね、高校生くらい?」
こちらを上から下までさらりと、どこかどろりと観察した相手はヘラっと笑ってこちらに近づいてきた。
相手から後ずさりたいのをじっとこらえる。こわいけれど、べつになるようになったとしてもどうでもいい、って多少おもっている今の自分がいやになって心のなかで顔をしかめた。
「あーwありがとうございますっあーっと..高校2年生です!」
中学3年生ということをかくしてそういった。
これは正解なのか...?と思ったけどそれでも相手はこちらが未成年だとわかったはずだった。
「なにしにここにきたの?」
相手はそれでもなお食い下がった。普段のナンパとは、やっぱなんだか違うな、っておもった。
こころなしか緊張しているように見えた相手がこちらにどういう返答を求めているかは明白だった。
私にその気など全くない、それでも、こういう相手は怯んだところを執拗にせめてこちらをものにしようとする。
なぜか、今までの人生経験とか、そんな浅いものから直感的にそう思う。
ここに来たのにはなんの理由もない。ただ、疲れたから。世の中の非行少女達を知りたくて、興味本位でここに来ただけ。
でもそれを素直に言ってしまっては、相手は都合よく解釈してボクを赤い闇に引きずり込むんだろう。私はとっさに横の映画館に視線を走らせて
「...写真を取りに来たんです!このアニメのファンで〜」
と言った。
相手は虚を疲れた表情をして
「へ、へぇ写真を取りに...」
と混乱しながらも言葉を紡いだ。
たしかに理由としてはなんだか納得しきれないだろう。それでも私は表情を崩さない。
勝てた、とおもった。
それからなんだかモゴモゴとした相手の言葉を聞き流し、離れていったのを横目にフードを被り直して、あえて、落ち着いてあるきだした。
途中、他にもやはり好奇な目を向けられ声をかけられていく。いつの間にかフードを抑える手にどんどんと力が入っていく。
怯えてること、ボクの病み
バレないかな、バレたらどうしよう。人ごとのようにぼんやりと不安になっていく。
空気に、雰囲気に気圧されてしまいそうだった。

それらをなんとか笑って受け流し、通りを抜けた。
駅にたどり着いた時、
「なに、してんだろ、わたし、」
とつぶやいた。
安心感も脱力感もなかった事に驚いた。ひたすらの虚無。
びしょ濡れだった。

電車の座席を濡らさぬように空席だらけの車内つり革を掴んで揺られていると、妙な気分になってきた。
ボクはあんな奴らに何も求めない。
だって私は私のこと大切におもってくれる人達がいるから。
だから何も求めるものはない。
じゃあ、そんなひとが誰もいなかったら?
ボクは、
 堕ちるとこまで。堕ちて
いたのかな。
こんな思考回路に陥ってる時点で歪んでいるのかもしれない、という自己嫌悪に浅くため息を吐く。
すぐに考えても仕方のないことだと割り切っておく。
それでも考えることは止まらない。めんどくさい。

私が今ここに溺れることはない。それだけは絶対だ。
だけどここに居る、いわゆる「居場所のない」と定義されている人たちの気持ちはなんとなくわかった。
あそこは異世界だ。というか異世界の皮を被っているのかな、なんて上から目線に思う。
普通の人もいる世界。
寂しさを埋めるため、怖くても身を売る人のいる世界。
そうでなくとも弱い心を持つ人の傷につけこもうとしている人のいる世界。
ほんとにあそこにしか、居場所のない人のいる世界。
...あそこにいたらきっと壊れることができる。
そんな気がした。でも、そこにボクにとっての救いはきっとない。
溺れ堕ちる流れに抗うことはできない。なんて、言い聞かせるように頭の中で反芻する。
今のボクには必要ない。怖いし。
でも、正直あの空気だけをみたら結構好きだ。
危ういな、とまた自己嫌悪。
雨の中の煙草と同じ匂いに惹かれる。
私は何を求めているのだろう。
淡く涼しい非現実。
汚く苦しい、その非現実。
未知。
非行にどこか憧れてしまっている、ボク。
ボクを包む何かが消えるまで、ボクはきっと後悔し続ける、
私がこうやって考えることになった経緯なんてわかんない
ただ、つかれたから、来てみただけ
本当に、ただ、ただ、ただ、そうおもっただけ。
ただ、あの雨の、心もとない匂いを、すこしだけ感じたかっただけ。
それだけの一日だった。

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