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ふたり暮らし

なんだかんだあって今、おばあちゃんとふたりで暮らしている。(短期間にほんとにけっこう、なんだかんだあった)
おばあちゃんは86歳で、おじいちゃんが亡くなってからもうかれこれ何年だ、あれ、まじで分からない、けどけっこう長いこと、2階建ての古い家でひとりで暮らしてきた。ずーっと元気で、明るくて、というかむしろおじいちゃんが亡くなってからひときわ、何か抑えが外れたみたいに、見違えるようにパワフルになって、一人暮らしをエンジョイして見えた。
そんな彼女に、私たち家族は安心していられた。父も母も基本的に東京にいて、そして父はひとりっ子だ。近くにいて目をかけていられないことに、少し罪悪感というか、そういうものはあったと思う。だけどとにかく本人が元気で、そのおかげで私たちは、「おばあちゃん、案外一人暮らしが合っていたんだね」「あんな人だったとはね」と笑っていられた。それはほんとにありがたいことだったのだ。彼女のために誰も何もあきらめずに済んだ。
そんなこんなで、でも多分、そのままもう5年を過ぎ、10年近くが経っていたのだった。

私はおばあちゃんを訪ねるのも随分久しぶりだった。遠方に住んでいて、このコロナ禍だから、お年寄りの住まいを訪ねる機会はどうしても減る。
そうして、確かに彼女がもうかなり歳をとっていることを知った。ずっと前から利用している宅配スーパーの食材は、冷蔵庫と冷凍庫にぎゅうぎゅうに満載され、キッチンにも積み上げられていた。山、である。あ〜、と思った。なるほど。
受け応えはそれほどおかしくないけど、会話が途切れたときふいに「水色ちゃんは、(父)の…娘?」などと訊ねてくることがありヒヤッとする。「そうだよ〜、そして(父)にはもうひとり息子がいるよ〜、私の弟!」と答える。弟は私以上におばあちゃんと会っていなくて、もうほぼ忘れられている。おばあちゃんは福山雅治が好きなので、早いところ得意のモノマネを見せて認識してもらわないとこのまま忘れられちまうぜ。

私の答えを聞いておばあちゃんは、そうよねと頷く。「時々ね、ふいに分かんなくなっちゃうのよね」と小さな声で続ける、その口ぶりにせつなくなる。忘れるはずのないことを忘れていく、忘れてしまうことのおかしさを理解したまま記憶があやふやになっていくというのは、それは、すごく恐ろしくはないだろうか。忘れちゃってもいいから、できれば、おばあちゃんがあまり不安でなければいい。曖昧でいい、靄がかかったくらいの理解でいいから、あまり深く思い悩まず、ふわっと、できれば楽しい気持ちでいてくれたらと思う。

燃えるゴミの日の前の晩には夜な夜な、ぎゅうぎゅう詰めの冷蔵庫や冷凍庫を掘り返して、古いものから袋に詰める。あちこちの汚れや積もった埃も拭き取っていく。
でも、と思うのだ。私がここで暮らしていくためにはこれはやらないわけにいかないことだけれど、おばあちゃんは果たしてそれを望んでいるのだろうか?たくさん食料の詰まった冷蔵庫がすっきりとしていくことに、使い途のないたくさんの空瓶が消えてなくなることに、不安を感じはしないだろうか?大事なものを勝手に捨てられたと、思うようになってしまいはしないだろうか?いつもすこし怖い。
だけどそうしなくては私はとても暮らしてはいけないし、私がいないよりもいたほうが彼女にとっていい、多分、それは分かっている。だから、平穏を壊すような、彼女の世界に無遠慮に手を入れているような後ろめたさを感じながらも、少しずつ家をきれいにしていく。一気にすべてが変わって不安にさせてしまわないように、ちょっとずつ、でもやめないで、進めていく。

しかしですね、冷蔵庫を長く開けているとピピピピ!と警告音が鳴るし、カチコチの冷凍食品を出したり入れたりしているとこれもけっこうな音がする。一応おばあちゃんがベッドに入ってからやっているけれど、この音で起きてしまわないか、眠れなくなってしまわないか、また心配になって、翌朝平気だった?とさりげなさを装って訊く。そうしたら「えっ?ぜーんぜん!私図太いから一度眠ると起きないのよ〜」とにこにこ笑う彼女に、こちらがどれだけ救われるか。失われない明るさや健やかさって、周囲の人間にとってなんてありがたいものだろうと思う。

そう、ここにいることは別になんの強制でもなくって、私は明確に、自分がいたくてここにいる。ここでなくても、私には今の職場に通える範囲で住まうことのできる場所が他にもあって、だけど私は今の暮らしを、明らかに気に入って、けっこう楽しんでいるのだった。ひとり暮らしを愛する私が、自分でも意外なくらいに。

朝は私のほうが早く起きておばあちゃんには顔を合わせず家を出るのだけれど、まだ寒かったときには、おばあちゃんは私が起きてくるより前に一度起き出して暖房をつけてくれていた。おかげで私がリビングに入るといつも部屋は暖かかった。

私はこれまで冷凍食品をほとんど使ってこなかったんだけれど(主義でもなんでもなく、常に買い込んでしまう生鮮品の消費に追われまくっていたからです)、おばあちゃんと暮らすようになって今その貯蔵品を一生懸命消費してるところで、その多彩さとクオリティにすごくびっくりした。お惣菜って私、買っても「なんか違う…」って味に感じることが多いんだけど、冷凍食品、まじでえらいね。美味いね。人類の叡智だね。

冷凍食品を使いまくりながら、野菜を摂るためにスープだけはほとんど毎日作る。おばあちゃんにお昼に食べてもらえるように、ああこの具材はもう少し小さく切ったほうが食べやすいかなとか、そういうことを考える。朝は会わないけど通勤電車から、「今日のはじゃがいもがまだ固いかも、よくあっためてね」とかLINEを送る。すると彼女からはたいてい、「はあーい🎵」とだけ返事がくる。

夕食は、早めに帰れればいっしょに食べる。おばあちゃんはテレビが好きなので、私もいっしょにそれを見ることになる。綾瀬はるかってめちゃくちゃ可愛いな…とか、超今更なことを知る。

けっこう、愛に溢れた日々だと思う。
28歳独身春、日曜日のお昼におばあちゃんとのど自慢を眺めながら冷凍ビーフンとエビ焼売をつつく、こんなんでいいのか、と思うところもあるけれど、まあ、いいか、とも思うのだ。今だけのことだから。二度とかえらない時なのだろうから。一緒に楽しく暮らせたらいい。

…なんて言ってられるのは、おばあちゃんがなんだかんだ言ってもしっかりしていて別に私が帰らなくてもひとりでやれるし、私には他にも逃げ場があるし、なによりおばあちゃんは1階、私は2階で基本的な住み分けができているからだ。
とても快適。窓からは海も見える、古いけれども良い家に住まわせてもらって、食べるものも無限にあるし。そら最高やん。

これでもし、私の手がなければ死んでしまう、みたいな状況だったらどんなにかプレッシャーだろうと思う。私がやってるのは介護とは全然違う。ただの気楽なふたり暮らしだ。本当に、健康でいてくれるって、それだけでものすごいことだ。助かっている。

私の今度の職場は2年限定での赴任で、そのあとはどうなるか分からない。多分ここを離れるだろう、そのときおばあちゃんがどうするのか、そういうのは父も含めて考えていかなきゃいけない。だけどきっと、おばあちゃんにとっても私にとっても、今この期間は、この生活は、人生にとって大切な日々になるだろうと思う。

時々少しぼんやりしているおばあちゃんが、会話の中で何かにぱっと笑うとき、ふいにピントが合ったみたいにハッキリとした声や表情になる、本当にありきたりだけど花が咲くような、その瞬間が見たくて、私は彼女がたくさん笑ってくれるといいな、と思っている。

私のほうは、そんな春です。皆さんはどう?

水色 

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