【#4】2022.11上旬/書き殴り日記
久し振りに書き殴り日記を書く。
インプットばかりしていたら自分を見失いそうになる、モンエナを一日中飲まなかったらカフェインが切れたのか、頭痛がする。
最近は忙しくやっている、と思ったら今年もあと2ヶ月だと云う動画をTikTokで観て吃驚した。
今迄の人生の中で一番生き急いだ一年だった、まともに一日休んだ日が1~2日しかないくらいに毎日ルーティンのように本を読みMacBook Airに向かっていた、どんなに体調が悪くても数ページは読んで数分はキーボードを叩いた。
新しく聴いた曲は2000~3000曲、読んだ本は途中迄のも合わせると60~80冊、打ち込んだ文字数は約10万7000字だ(執筆アプリの文字数、noteとTwitterは省く)。
何年も前からこれが出来ていたら僕は今頃スーパーヒーローになってたね、でも何年も前の僕は薄っぺらいことしか言えなかったし、書けなかったと思う。
高校を卒業してからの3年間は本当に無駄だったと思うけれど、来るべき時に来るべき人に会う為の予定調和の為に必要だった空白期間なのかもしれない。
今の僕以上の僕は居ないと思うから、存在しないと思うから、今の僕になるのに必要だった材料だったと思えば、高校卒業後の3年間も無駄じゃないかもしれない。
毎日、毎日、全ては今日の為にあったんだと思うようにしている、しんどい時は酷く空っぽな気持ちになるけれど、良いことがあった時は今迄の人生を全肯定出来る。
これを書いている今も破滅思考が過ぎるけれど。
高校生の頃から本当に自分はアンビバレントな人間だと思っていたけれど、こう云うことを書けるようになった今でも愛着の問題と感情のコントロールの面に於いて両価性の問題が拭い切れない。
どこまでも僕は人間なのだなと思う、人間を抜け出せない、動物を辞められない。
爪が伸びるのとか髪が伸びるのとか、生活をしないといけないこととか、生きる為に水分を摂って食べ物を食べないといけないのが全部面倒くさい。
それでも僕は父親がこの世界の果てに遺した唯一の希望だから、自慢の子供でありたいな、と迄は言えないけれど、貴方の生は無駄では無かったと言いたい。
小学生の頃に死にかけて移植手術をして僕が生まれた時も死にかけては何度も何度も色んな臓器が壊れて、その度に手術をして60歳で亡くなる直前まで肺炎を我慢して透析(10代から)をしながら睡眠薬を飲んで、身体障害者でも健常者として生きた、僕の為に働いてくれた貴方の無理は無駄では無かったと僕は言いたい。
届いていればいいなと思いながら、僕は唯、今日もひたむき(直向き)に生きて、まだ、ようやく二十数歳。
ベボベの初恋が丁度流れてきた、中学生の頃に初めて買ったロックのアルバムがこのBase Ball Bearの初恋が収録されているベストアルバムだ。
是非聴いてみて欲しい、僕の気持ちとリンクしてるから。
来年の誕生日は火曜日だ。
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