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むせかえるような愛情『二人キリ』

「村山由佳が阿部定書くんですってよ」「ぎゃー」
という会話が某所でありました。似たような感想を持った人は私だけではあるまい。

野次馬根性丸出しの読者に対して”そういうことではない”という釘を刺すところからはじまります。そこには、誰も知らなかった阿部定を描いてみせるという村山さんの意気込みみたいなものを感じました。
全編を通じ、文中から漂ってくるのが隠しきれない血の臭いとどことない腐臭。

愛しい、そして独占したいと思った男を殺し、下腹部を切り取る。心中するわけではなく、その後の人生を淡々と送る阿部定。
ひとの想像を超えるような事件があったとき、その背景や犯人の人となりを知りたがるのは「普通の人とは違う」という事を確認したいからなのだと、そんなことを思います。
たぶん、大谷翔平の奥さんを知りたがるのも「普通の人とは違う」ことを知って、やっぱ別世界を生きるひとだもんなー みたいな気持ちになりたいからなんではないでしょうか。おっと話がそれました。

センセーショナルな報じられ方をした時期を経て、主人公(物語の聞き手)が描きたかったのは「なぜ」でしたし、主人公は唯一とも言ってよい、聞く権利のある人でした。
彼女を知る人たちを訪ね歩いて「なぜ」に迫る主人公。ただ、聴いたなかで、描き出されてくるのは通常よりも嫉妬深さと独占欲の強い女の姿でした。
このまま淡々と「やっぱり普通の人でした」となるのかしら、と思っていた終章に、ものすごい語り手が現れます。そして、そこで語られる何ものにもかえることも比べることが出来ない狂おしいほどの性愛。
血の臭いも腐臭も消えることがなかった物語は、最後、どことなく懐かしいような涼やかな風を吹かせ、その腐臭を吹き飛ばし幕を閉じます。もうね、見事としか言いようがありません。すごいものでした。

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